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なぜあの子がここにいる!?

なぜ…!なぜ…!!

私の困惑しきった頭の上からは、なおも容赦なくの泣き声が聞こえてくる。

「そんなに嫌だったら出ておきよこの役立たずの東洋人…!

 なんでもいいからいいかげんに今夜こそ金を作ってくるんだよ!

 さもないと酷い目にあわすからね!」

の押し殺す様な泣き声とは別に、中年女性の汚い罵声が闇を裂いた。

立て付けたガラスが粉々になる程乱暴な音を立てて、ドアは再びガシャンと閉められた。

私は酷く動揺しつつも、何とか頭上の家を目の端に入れた。

しばらく手入れのされていないであろう…剥げかけた白い柵で囲われた古い家。

そこそこに立派なのはおそらく、ひと昔前までは低いながらにも

爵位などを持ち合わせていたのだろう。

そこまで考えて、ふと私の視界に信じられない物が映り、

身体中に突き刺さるような緊張を強いられた。

頭上の白い柵の向こうに現れたのは…ああ…やはり…!

己の運命に抗えず涙を流す、の姿だった。

半年前、別れた時には長かった黒髪は、肩の上ですっかり切り落とされ、

相変わらず痩せ細っているままの身体が、可愛そうに…見るに耐えなかった。

あれだけの大金を持たせたのに…なぜ…!なぜ…!

私は思わず橋の下から出て行きそうになった。

愚かにもこの闇をするりと抜け出し、

その震える肩を抱いてやりたいなどと思ってしまったのだから…!

すっかり混乱しきった私は、の泣き声に合わせて、拳を握る事しか出来なかった。

しかし…またそこでとんでもない言葉を耳にする。

今度ばかりはその言葉は、私の心を酷く乱すには充分すぎた。

「うっ…………エリッ…ク…エリック……っ」

…―エリック…?そう言ったのか?本当に?

それはまるで、唯一の安らぎを得るための、御呪いのように…

間違いない……私の…、私の名前を―…呼んでいるのだ…!

私はもう、居ても立っても居られなかった。

闇夜の川辺から飛び出すと、一気に塀を駆け上り、

初めてと会ったときの晩へのオマージュの様に、白い柵の前に姿を現した。

まさか再び会えるとは…

情けない話だが、とても信じられない気持ちで…自分の身体が震えているのが解る。

そしてまるで、蓋をしたマグマの抑えが利かなくなって、一気に溢れ出すかの様な…

内に込み上げる熱い物を、一体どうすれば捨て去る事が出来るというのか…!

が私に気付き、それから振り返るまでのほんの数秒が、

まるでコマ送りの様に、実に鮮明に、私に刻まれていくのだった。

「……… ッ エ リ ッ ク …… ! !」

おそらく彼女は、あれ以後もずっと、凍て付く厳冬の季節を耐えていたのだろう…

待ち侘びていた春が、多かれ少なかれ…私であったのは間違いないようだ。

真っ直ぐに私の胸に飛び込んできたを見れば…それはもう確信するしかなかった。

……抱き締めた身体が、小刻みに震えているのが解った。

ああ大丈夫―…もう…大丈夫だ……。











T O P /  N E X T








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溢れるものに蓋をしておくのって、むずかしいですよ。

…振りに振ったコークのように…ね!(ちがう)

20070503 狐々音