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エリック―…!!

ああエリック…!エリック…!!

自分の涙で喉が詰まるかと思った…!

私が柵の向こうの闇の方を振り向くと、物音ひとつ立てずに…彼はそこに立っていた…

私の耳は…音ではなく、確かに"気配"を感じたのだ。

もしかしたらば至って人間的に、彼のムスクの匂いを嗅ぎ取ったのかもしれないし、

本当は…彼の駆け上がる音を聞いたのかもしれない。

だけどそれがどんな落ち度だと…?

ああ…!信じられない…!

だって唯一の支えを、希望を、今ようやっと再び目に入れる事が出来たのだから…!

心の大切な囲いの中で、エリックを想わない日はなかったのだ。

親に逸れた子供の様に、私は無我夢中で彼にしがみ付いた。

どうかもう私を置いていかないで…

私を…ひとりにしないで…!





 * * *





白い囲いの施された、寂れた庭園―…

そこで咽び泣いていた少女は、私を見つけた瞬間に、

それを立派な泣き声に変え…その小さな肩を震わせた。

私の胸に飛び込んできたは、息をするのも忘れ、必死に私の名前を連呼するのだ。

ああ…なんという事だ―…

彼女の待ち侘びていた春とは、こうも私にとって都合の良い夢なのか…?

私のベストをしっかりと掴んで、顔を埋めて…こんなに泣いて…。

気付けば私は、抑えられずに溢れてしまった泉の勢いに逆らえず、

小さな彼女をすっぽりと包み込むように、自分の腕で抱き締めていた。

確かに伝わる熱に、私まで涙が溢れそうになる。

この行為がどんな愚行かと、理性的に考えるより先に、

身体が衝動的な思いを遂げようと必死だったのだ。

どれほどの時間、この腕に彼女を拘束しているのかも解らぬ程に

私は…惚けているのだ…。

官能的な溜息が口を突く―……

…まさか!

その失態に気付いたのは、確実に己の身に…原始的だが…

それはそれは酷く情熱的な火を、感じた時だった。

私はまるで、初めての物事に、怯え逃げる子供の様に、

情けなさも省みず、強引にの華奢な肩をしっかり掴んで突き放した。

…―私は…なんて浅ましい事を―!!







 * * *





無我夢中で彼のベストを掴んで、泣きじゃくっていたらば…

…エリックが私を抱き締めた…!

強い力で私を抱き寄せて、我が子に再会する親のように、

安堵の溜息…のような物を、私に囁くのだ…。

信じられないと想った瞬間に、既に私は体中の力が抜け、

常に緊張状態に曝されていた神経が、一気に緩み、

先程までとは違う…とても熱っぽい涙が溢れた。

肺の隅々までが、彼で満たされていくのを感じる…。

しかし次の瞬間、突然エリックは私から顔を背け、自らの体から私を引き剥がしたのだ。

…ああ!きっと私は、何か彼の気を害する、とてもまずい事をしでかしてしまったのだ…!

直感的にそう悟ると、みるみるうちに冷たい恐怖が体を駆け抜けるのが解った。

彼はその長い手をいっぱいに突っ張らせて、私を遠くへ遠ざけようとしている。

肩に食い込むエリックの細い指が、どうにか私を離せずにいるだけで…

どうしよう…!

また置いていかれるかもしれないという恐怖と、困惑に苛まれ、

私はどうしたって彼に気を直して貰う他ない…

ただでさえこんなみっともない姿の娘が、

幻想的な魅力を全身に纏った階級高い紳士に

とてもはしたない事に…いきなり抱きついたのだから…!

ああエリック…ごめんなさい…!







 * * *





これ以上は無理だった…!

思わず顔を背けてしまった。

仮面を着けていると自覚していても、こんなみっともない私を…!!

とてもじゃないが、のそのガラス玉の様な目を真っ直ぐ見られなかった。

突如として蘇ってくる、自分の原始的な欲望に、憤慨の言葉を浴びせ罵り、

平静になる事に全神経を集中させた。

ようやく頭が冷え始めた頃に、とてつもない力で彼女の肩を掴んでいる事に気付き、

慌てての顔を盗み見ると、涙目の状態のまま、酷く困惑し、青褪めていた。

やはり…!当然だ!!

仮に慕っていたとて、素性も知れない男にいきなり身ごと拘束されたのだから…!

少なくとも淑女に対して取るべき行動では…決して無い。

なんという愚行!なんという凡愚!

自分に激しい怒りを覚え、喉がヒリヒリと燃えるのを感じた。

頭の片隅で、彼女の信頼を裏切ったという事実が膨らもうとしている。

あああ…!さてどんな言葉で自分を罵り、なじり倒してやろうか…!!

再度、燃えるような目でを覗き見た時だ―…。

その朱色の唇が、恐れ震えながら紡ぎだした言葉に…耳を疑った…。

「わたし……自分ばっかり舞い上がって…抱きついたりして…

 貴方の気分を悪くする様な事をしてしまって…ごめんなさい!どうか許して…!

 お願いですからどうか…!どうかもう…私をおいていかないで下さい…!」


・・・・・・・・・・・


の言った言葉が、全く理解できずに、私はぽかんと口をあけ、

先程までの自分への一切の怒りやら憎しみやらを…

すっかりどこかへ忘れてしまった。

「おねがいです…お願いですから………エリック……」

彼女はまた、元の咽び泣く少女に戻ってしまった。

腕と頭を力なく垂れ、ただ只管、待っているのだ―。

…私からの審判を―…。

「そうじゃない、」

私はとにかく、その間違った認識を否定する言葉を発していた。

は正しい回答を、縋るような目で待っていた。

しかし…これ以上説明するには、

あまりにも―私自身が―情けなさ過ぎた。

話題を逸らすように、切り出した。

「………、聞きたい事は…山ほどあるのだが、」

チラリと明るい方を見た。

「……ここでは拙いからね。場所を変えよう」

は我に返ったように、私と同じように邸宅の方を確認すると、

あの橋の下へ―…と呟いて、軒下に掛けてあった、

闇では雑巾か何かにしか見えないそれを…

…ショールを…巻いて、静かに庭を後にした。











T O P /  N E X T








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パッションな再会が目標でしたのに…

でしたのに…(トーンダウン)

浅ましいとか言ってますが、

ある意味本質的だよ…ね!(目反らし)

…彼女気付いてないみたいだし…ほ

すいません解らない方は結構です(次の話題へ)

20070509 狐々音