sept





見世物テントで、檻を壊し、……その檻に入っていた少女と別れてから、

半年が経っていた。

そう半年も…!

あの日を境に、私の胸中には、この原因不明の騒がしさが、巣食うようになった。

生来の感情の起伏の激しさに加え、こんな有様なのだから…!

ジュールなどは、私と顔を合わせる度に、一層怯えるようになっていた。

おまけに、スコアも設計図も何もかもが、どこか落ち着きの無い中途半端な出来ときたら…。

癇癪を起しては、その度に自分に絶望し、もうこの様な事はこりごりだ…。

確実に、私に何かを植え付けていったを思い出しては逆恨みしてみるのだが…

ちっともマシには成らず、落ち着きの無い生活に、限界が差し掛かっていた。

あれはまさにその時だった。







 * * *





私はここ最近では珍しく、久々に落ち着いた気持ちで満たされていた。

半年も経つのだ…そろそろ忘れただろう…などと、自分に皮肉を浴びせてみるのだ。

季節は1年のうちでも、最も黄金に輝く季節―…

朽ちてゆく時の移り気を観れば、私の心も満たされるだろう。

秋のパリ歩きは、私にしては珍しく好んだ行為だった。

最も日中堂々と歩くほど、大胆な事はしないが…

ともかくすっかり太陽は消え、夜が訪れる頃に、

私はパリの闇夜に紛れていった。







人ひとりの人生のうちで、1度か2度は、富んだ時代の影に…

つまりは、恐慌の波に遭遇する事があるだろう。

貧困に苦しむ者は、更なる危機を強いられ、

上流社会の人間ですら、パンとワインを求めてイライラし始めるのだ。

世間はまさに、その兆候が見受けられはじめていた。

時代の陰りが、少しずつ、パリの街を侵食しているのを感じた。

この先3ヶ月で元に戻るか、はたまた現状は悪化し、パリが貧困に喘ぐのかは

総ては、気紛れな国家の肩に掛かっているのだ。

吉と出ようが凶と出ようが、私にとっては、それは「警告」という合図でしかなかった。

社会の恐慌と共にやってくるのは、異端な者への異常なまでの刈り取りだ。

…さて、しばらくは外出はしない方がいいだろう。

この散策を終えたらば、また地下へ地下へと潜り、世間がどう転ぶのかを…待つとしよう。

そんな事を、ぼんやりと考えながら、片手間に歩いていると、

気が付けば足は勝手に、あのセーヌの川岸あたりへ伸びていた。

まるであの時の情景を掘り起こすようかのように。

全く…馬鹿馬鹿しい…。

橋の上では、艶かしい色の服を纏った娼婦が、誰彼構わず一晩を誘っていた。

"パンを一かけくれたら、あたいの部屋へ連れてってあげる"

愛を…含まずとも、肉体の悦びという甘垂れた、人間の下らない幻は、

私の人生には存在しないのだ。

大金が欲しい女でも、砂糖菓子が欲しい女でも、それを与えてやったところで、

女は皆一様に私を拒むのだろう。

愚かな事を考える自分自身への恐怖、そして絶望的な諦めが込み上げる。

そんな事とは決別するのだと、重く冷たい蓋を被せて抑圧するのだった。

避けるように橋を通り過ぎると、久々に町の外れまで来ている事に気付いた。

セーヌの左岸だ―…

静寂の中を、秋風だけが行き来し、パリに息衝く人々の暮らしという物を、

今更、改めて感じた気がした。

川沿いの家々からは、ひとつまたひとつと蝋燭が消えていくのが見える。

そのまま川の流れに逆らって歩いていくと、何本目かの橋を潜るとき、

競り上がった川沿いの民家の塀は、私の倍くらいの高さまでになっているのが解った。

世俗的だが確かな作りをした塀や岩を、ふんふんと言いながら観察していると、

突然、頭上の家の方から、ガシャンという大きな音がした。

私はびっくりして、すぐに闇に身を潜めた。

…―ドアの音か…。

もう随分いい時間になっているが、些細な夫婦喧嘩でも始めたのだろう…

やれやれ…すっかり白けてしまった、などと本当に呑気な事を考えていた。

もう夜遊びは終わりにして、闇伝いに家路に着こうとした…その時。

先程の大きな音がした家の方からだった。

それは辛そうにむせび泣く声―…。

私は耳を疑った。

絶対にあってはならない、これは幻聴だと思った。

しかし…真意を見極めようとすればするほど、

疑いは確信へと変わっていく。

ああ…何という事だ…。

忘れもしない…この声…。

…聞こえてくるその泣き声は、紛れも無く、あののものだったのだ…。











T O P /  N E X T








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闇夜でせっせと感情をめぐらす…

ひとりで一喜一憂するのが得意そうですね、ファンチョム。

20070502 狐々音