quatre





約束どおり、出来る限りの速さで、の元へ帰ってきた。

にとってはその時間が1分であれ3日であれ、そう大差は無いのだろう、

闇に舞い戻ったのが私だと解ると、たちまち縋って、涙を流していた。

無情だがすぐに、に纏わりつく、ボロ布の様な服の背中を開けさせた。

…本当に情けない話だが、女性の肌を露出させるという、酷く無礼な行為を何度も詫びると、

全く気にしていませんから、と落ち着き払った声で返されてしまった。

ようやっと覚悟を決め、背中に視線を持っていくと…

そこに広がるのは、スベスベと滑らかな乙女の肌ではなく…

すっかり爛れて、おうとつの目立つ、紫黒い、焼け野原だった。

そう、あれは見間違えだったと何度でも思い込みたくなるような…

まるで私の……隠しているモノの様に―…。

鼻を突く液体を入れた消毒瓶を取り出すと、ピンセットに挟んだ綿に含ませ、

今夜付けられたであろう、一番新しい傷に、そっと当てた。

が微かに身体を強張らせたような気がしたが、

何も言わないので、そのまま丁寧に、傷の手当てを続けた。

隈なく消毒し、最後に大きなガーゼを、背中全体に当て、清潔な包帯で巻いてやった。

…実に手際は良く、迅速に終わったと思える。

終わった、と告げると、がまた再び、あのボロ布の様な服とも言えないものを

身体に纏おうとしたので、慌てて持ってきたモスリンの服を差し出した。

「デザインは古いが、物はいい物だ…そんな物を着る必要なんて無い」

は目を丸くして、その美しいすみれ色のドレスを、手に抱きとめた。

「…ありがとう…でも…これは…?」

背中越しに、質問が浴びせられた。

その声は、私の機嫌を伺うように聞いてきたので、

思わず溜息を吐いて、早く着るようにと手で即した。

は慌てた様で、そのドレスに袖を通し始めた。

「…母の…着ていた物だ、」

それ聞くと、急にの動きが止まった。

「そんな大事な物…!私が着るわけには…」

「いいから。着なさい」

は押し黙って、大人しくドレスを纏った。

「着方は…これで合っているのかしら…」

…大丈夫だ。それどころかとても良く似合っている。

返事の変わりに、一瞬だけ暖かな笑みを浮かべると、

すぐに私は荷物を纏め、に小袋を差し出した。

「……これは?」

「金だ」

「……どういう事ですか…?」

「君は自由なんだよ」

「何を……だって、あなたは…私を…買い取ったのでしょう?」

困惑しきったの手に、無理矢理、硬貨の入ったその袋を握らせる。

「ああ私は君を買った。だから君を手元に置こうが、手放そうが、自由だ」

それだけ言うと、無理にでも、完全なる決別を行使するため、

闇色のマントを翻し、再びパリの闇へと逃げるように、消えていった。

後の方からの泣き叫ぶような…美しく哀しい声が聞こえた。

「いやぁ…!待って…!エリック―…ッ!!」

後ろ髪を引かれる思いだった―…。

ただひとつ、自分を責めるとすれば、夜明けが近いとは言え、

若く美しい年頃の娘を、夜のパリに置き去りにするという愚行…

あと数時間、夜が明けるまで側に居てやればいいものを―…

いや良いのだ、これで良いのだ…!

あれだけの金があるのだ、遠く離れた祖国なり、親戚なりの所まで、

帰れるくらいは足りるだろう。

それにもしもこのまま一緒に居て、例え私が歩み寄ろうとも、

こんな狂気染みた男の、地下深くに広がる住処になどに、

まだ若く、ましてや純朴な少女を、側に置いておくなど…それこそ物好きだ!

どう考えたって、流石に在り得ない選択だった。

…あの時…私がもっとちゃんと、の事情を聞いていたら、違ったのかも知れないが―…。

恐れを振り払うように、私は地下へ地下へと潜って行った。











T O P /  N E X T








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冷静でいられなくなる前に、目をそむけるエリック。

20070501 狐々音