trente-deux





なぜそんな事に考え至ったのか…自分でもよく解らなかった。

無責任な言い方かもしれないが、とても本能的な意識、

つまり直感に近かったのかもしれない。

とにかく私はその直感を信じ込み、涙をぼろぼろと零しながらエリックの胸に縋った。

激しく泣きじゃくる私に向かって、エリックは努めて冷静に振る舞った。

なだめるように、あやすように――辛抱強く諭す。


「落ち着いて。この傷は、がこの時代に来てから出来たものだ。

 が一枚鏡の落盤事故に巻き込まれた“後の話”なんだよ。

 だからそれだけでは――“君が消えてしまう理由”にはならない」


ああそうだ、その通りだ。

それでも私の頑な不安は一向に拭われる事はなかった。

私の瞳は痛ましい雨を降らし続ける。

護るように結ばれたエリックの腕が、この身をいっそう強く抱きしめる。

痺れを切らせたかのように、エリックは強引に私の唇を塞いでしまって、

あの日から今まで、彼がずっと労り続けてきた私の身体に溺れた。

涙に濡れたおぼろげな目に、眉間に皺を刻んだ、苦しげなエリックの表情が映った。

エリックも同じように――不安、なのだ。








 * * *






の身体は、ここしばらくの苦行のせいで、更に痩せ細ってしまっていた。

にも関わらず、私は欲のままに彼女の身体に己の欲を打ち付けた。

この醜態を咎める事もせず、彼女は私の下で愛撫に応え、

つかの間の情事の中で、彼女は自分の身体を虐め抜くかのごとく、

柄にも無く、何度も何度も私を煽り続けた。








消えてしまうかもしれないという不安に苛まれたは、

レッスンを受ける事を止める、と言った。

私とて痛みの雨に打たれ苦しむに、無理にこのレッスンを強いた人間では無いから、

彼女の意志が止めると言うのなら、私は喜んでそうしなさいと返す。

確かに、背中の忌まわしい火傷の跡が消えていくのは、実に好ましい事である。

しかし――その代償にしては、これはあまりにも壮絶な対価と言えよう。


「……それで構わないよ」

「ありがとう…」


互いの肌を更に深く合わせるように、そっとそっと抱きしめた。















 * * *













このままレッスンを続けていけば


この背の傷は、きっと奇麗に消える事だろう。


感覚的に言わせてもらえば


私が鏡と向き合う時、傷は激しくうずくと共に、


あの水銀の向こうへ吸い込まれていくような気がするのだ。


事実、こうして――このケロイドは消えてゆく。


私の身を圧し潰し、そしてこの時代、この世界へ連れてきた――鏡。


お前は私に何を伝えたがっているの――?


私の存在すべてを吸い込んでしまうそうな――お前の存在が、怖いの――。












T O P /  N E X T








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欲に忠実です、うちのエリックは生粋のフランス人ですから。ええ。

本当動かない夢です。

そこはもうなんか諦めてくださ(ry

20100124 呱々音