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それからは電光石火のごとく、私たちの友情は深まっていった。 放課後の図書館へ足しげく通い互いの情報を交換しあった。 休みの日はあの庭の木の下で、の手製の握り飯を食らうのが 私たちのささやかな楽しみになっていた。 確かに複雑な時代ではあった。 男女の間に理解が得られるほど、私たちは大人でも無かったし、かといって子供でも無い。 家柄も立派で品行方正なが、私たちの登場により どこの馬の骨とも解らない男どもによって素行が悪くなったなどと 謂われの無い泥を被る前に、中禅寺は抜け目無く手を打った。
実は常々、父も皆さんをお呼びするようにと申していたのです」 「館長が――それは光栄だ」 「はい。父もきっと喜びますわ」
芝生の上に大の字になって寝ころんで、ねむうい、と叫んで大きな鳶色の目を容赦なくこすった。 はくすくすと笑いながら、礼ちゃんも家にいらして下さいね、と言った。
「はいそうです」 「そんなのはすごくオモシロそうじゃないか。駄目と言われても僕は行く」
先輩のような人をお父上に謁見させるのは心臓に悪いよ」
「皆さんにしてみたら、おそらく私の父の方がよっぽど心臓に悪い人間ですもの」
初夏の日差しが降り注ぐ中、私たちは草園図書館の扉を叩いた。 正確には叩いたのではなく呼鈴を鳴らしたのだが。 樫製の立派な扉を開け出迎えてくれたのは、と面立ちの似た美しいご婦人だった。 透けてしまいそうな肌に思わず見惚れる。 とそう歳も違わないように思う。姉君だろうか。
「初めまして。私は榎木津礼二郎です」
私は一瞬あっけに取られたが、涼しげな二人に取り残されぬよう必死に後に続いた。
しかし婦人は嫌な表情ひとつ浮かべず、にこりと微笑んだ。
まだこの屋敷を訪ねて10分と経っていないのに、 私はすでに玄関に佇んで居ることで精一杯だった。 緊張する――美しい存在の前で私のこればかりはもうどうしようもなかった。 榎木津が一瞬、軽蔑するような目で私を見下ろし、 棒のように立ち尽くす私の背中を容赦無く叩いた。
「そうだね関君!お言葉に甘えよう」
――不本意ながら、榎木津のおかげで手足は動くようになった。 私たちは奥の間へと通された。 家柄だけで言うのならば、屋敷の広さも含め家政婦の一人でも居ても良さそうなのだが、 そういった類の人間の介入は無いらしかった。 日本においての西洋建築という物は、どうしてもちぐはぐな印象を受けがちなのだが、 この屋敷は今まで見たどんな建築よりも異国の雰囲気を醸し出しているように感じた。 あの東京駅かそれ以上――私は建築の知識など持ち合わせてはいなし、 海の向こうなど行った事も無いが、だからこそ西洋の規則に則った造りなのではないかと思った。 しかしながら装飾は品よく控えめで、調度品も木目を大切にした物ばかりである。 居間――リビングというのか――の正面にはガラス張りの開放的な温室庭園が設えられている。 見たこともない西洋植物が青々と茂り、今朝方まいたと思しき細かな水滴が 日光に応えるように眩しく輝いている。 この精錬な家は、から受ける印象にどこか似ていた。 あまり見回すのも失礼だと解っていても、私はだらしなく口を開け、 せわしなく顔を左右に動かし続けた。
もう間もなく降りて参りますわ――ああ、」
紺瑠璃のワンピースの白い丸襟が妙に煌々と光って見える。 懐っこい様子でこちらへやってきた。 母君は困ったように笑う。
「いえ、奥様。そう呼ぶようにと私からお嬢さんにわがままを言ったのです。 こちらこそとんだご無礼を。どうかお許し下さい」
母君は親しみをもって接して下さるのはとても有り難い事ですわ、と それ以上咎めるような素振りは見せなかった。 その時、の少し後から、灰色の髪と立派な髭を生やした人物が部屋に入ってきた。 この人物こそこの私立草園圖書館の館長――の父君だ。 夏物のチョッキとスラックス、長袖シャツの袖はくるくると丸めていた。 眼鏡を頭の上に乗せて、片手には小さな本を持っていた。気取った様子も無いのに、 妙にそんな格好が似合ってしまう、痩身の、いわゆる――紳士である。 再び私の身は緊張を覚えた。 中禅寺と榎木津の顔をちらりと伺うが、予想通り別段取り乱す様子もなく、 精悍な顔つきで姿勢を正していた。 愛娘が粗暴な輩を――ましてや交際している訳でもないのに――招き入れた報いとして、 何か不穏な小言のひとつでも飛んでくるような気がして、私の緊張は絶頂を迎えていた。 しかし――予想に反して父君は子供のように無邪気な笑顔で笑うと、
座って座って、と上機嫌でクッションの利いた長椅子をすすめた。
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またもやご無沙汰の更新です…。
すごい頻度ですね、もしも楽しみにして下さっている方がいましたら、
本当に!毎度!すみません!!
そして…久々なのに…秋彦と絡みが少ない…!
20100210 呱々音
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