かくも多くの事件が起こる1年であった。

ポッターが入学してきてから明らかに恒例と言ったところだったが――。

腑に落ちない事があまりにも多すぎる幕引きとなった。

良しと言える事と言えば、半年かけて作らせた『仮死の薬』

―つまり1年間で2つのグループに作らせたのだが―が、

思いの他なかなかの出来で修められたことだろうか。

あるいは唯一の平穏と呼ぶべき女性と、四六時中時間を共に出来たことだろうか。

しかし。

この女性がまた困ったもので、

我輩を差し置いて、あの憎むべき相手―シリウス・ブラック―と

どうやら涙の再会と友情、そして逃亡まで手助けしたと言うのだから―。


「―――虫唾が走る」

「あら?私は別にどう思われようが構わないけど?」






あの晩と二人でルーピンの部屋に薬を届けに行くと、

奴の姿は無く、代わりにポッターから回収し損ねた地図が、

叫びの屋敷へと誘っていた。

暴れ柳の下で見つけた透明マントに隠れ、一心不乱にドアを開けた時、

目の前には我輩が憎む人間が一同に介していた。

逃亡中のブラック、父親を殺されたと罵るポッター…、

そして思っていたとおり、ブラックと導き合わせたのであろうルーピン。

今にもルーピンに杖を向けんとした我輩を、

が必死に止めた。

懇願されるまま様子を伺い、聞き耳を立てているうちに、

はただ冷静に状況を理解し、

ルーピンの馬鹿らしい作り話をすんなりと受け入れている様だった。

自分とあまりにも正反対の状態の人間を見て、腹が立たないわけが無い。

ましてや我輩はこの状況に、何にも勝る積年の憎しみと、

気が狂わんばかりの苛立ちを覚えていた。

気付いたときには、我輩はマントを脱ぎ捨て、

杖をピタリとルーピンの背中に向けていた。

我輩の狂気と復讐は、何より忌々しいあの3人組の拙い呪文によって

無残にも打ち砕かれた。

のみならず、目を覚ました時には、

額を何か固い物に打ち据えた様な酷い痛みが走り、

何故だか以外の全員が気絶し、負傷していた。

我輩とは一言も口をきかず、倒れた者たちを担架で城へと連れて行った。

―ただ我輩が憎しみを露に奥歯を噛締めながら、

ブラックを縛り上げさるぐつわを噛ませていた時、

は意地悪く笑いながらブラックに向かって


「パッディーフッティー、それくらい我慢なさい。

 あなたセブルスに死ぬほど怨まれてるんだから」


と言い捨てたが―。

あの忌々しい悪党が無実だと言うに足りると信じている数少ない愚か者の1人が

よりによってとは――、

あまりにもらしすぎてここまで来ると全く笑えない。

それどころか我輩の名誉は深く傷つけられ、信用もマーリン勲一等も

遥か彼方へ消え失せたのだ。

腹の中が煮えくり返るついでに、我輩はルーピンの正体が人狼だと生徒に告げた。






「…軽蔑するがいい」


気付くと我輩はにそう呟いていた。

しかしは何を?とでも言いた気に首を傾げて肩を竦めた。


「私がこれで良いと感じていても?」

「……どういう意味だ?」


良く解らない観光雑誌のような胡散臭い本を閉じると、が続けた。


「リーマスだって別にセブルスを恨んで無いわ?

 そりゃ悔しいとは感じているでしょうけれど…。

 このまま『闇の魔術に対する防衛術』を、運良く、続け果せるより、

 仮にも一応…友人、であるうちに、自分から辞める方が良いのよ」


そう告げるの顔にはそれでも少し切ない物があった。


「…―それにシリウスも。

 バックビークと一緒に、無事に隠れているみたいだしね」


はもう何度も開いたであろう、

犬の手形の押されている手紙を見て目を細めた。


「…………あの馬鹿犬は、我輩の意識が無い隙に、

 貴様を口説いたりはしなかっただろうな?」


手当たりしだいにトランクに荷物を詰め込みながら憎々しげに聞いた。


「あら。もちろん口説かれたわ。だってあれがシリウスの挨拶ですもの」

「ッ…の犬め、」

「犬ね」


がよそ行きの旅行用のローブを羽織りながら席を立った。

必要な物を入れたトランクは廊下に出しておけば、

あとはしもべ妖精が運ぶだろう。

夏休暇入りを果たしたため、城内は閑散と静まり返りっていた。

夏の痛いくらいの眩しい日差しが窓から差込み、

所々を強いコントラストで照らしている。

我輩とは腕を組みながら校長室へと向かった。


「ハニーバタージェラート」


がそう唱えると、ガーゴイルが退き、校長室への扉が開かれた。


「お入り」


普段となんら変わらない穏やかな調子でダンブルドアの声がした。


「失礼します」

「おおようやく来たのう。二人を待っとったんじゃ。、特に君じゃな」


ダンブルドアは嬉し気に声を弾ませて言った。


「私―…ですか?何でしょう?」


は少し首を傾げる素振りを見せた。

ダンブルドアは我輩とに丁寧に椅子を勧めると、

自分も向かい合うように腰掛けた。


、久しく過ごしたホグワーツでの1年はどうじゃった?

 もちろん色々な事があったが―…それもまたにとっては、

 非常に懐かしいものじゃったろうに」


その言葉に一瞬我輩の顔が引き攣ったのも―、

恐らくこの人は見逃さなかったはずだ。

は1年を反芻するような大切そうな口調で笑った。


「はい。本当に―…、とても素晴らしい1年でした。

 独りでは経験出来ない、多くの事を思い出させてくれましたし、

 私は色々な人たちから新たに教わりもしました」


ダンブルドアは満足そうに笑うと、何度も頷いた。


「よし、よし、大いに結構じゃ。

 さてもしさえ良ければ、来年度もホグワーツの先生として、

 ここに残ってはくれんかのう」


半月の眼鏡から覗く目をキラキラと輝かせながら、をじっと見つめていた。


「え……あの―――――、私…」


は戸惑いながら我輩の顔を見た。

事も無げに肩を竦めてやった。


「…………ダンブルドア先生、ありがとうございます。

 ぜひお受けさせて下さい。父も喜びます」


は喜びに頬を染め、嬉しそうにダンブルドアと握手を交わした。


「宜しい!

 ――では、二人を見送るとしようかのう。

 せっかくの休暇旅行じゃ。

 わしに引き止められたせいで、列車に乗り遅れてもつまらんじゃろう」


席を立つとが聞いた。


「先生、お土産はお菓子で宜しかったですか?」

「おお!嬉しいのう。結構、結構、素晴らしいお土産じゃ」


がにこりと微笑んで部屋を後にした。

それに続こうとするダンブルドアを、我輩は一瞬引き止めた。


「―ダンブルドア校長、」

「なんじゃ、セブルス」


すっと、頭を下げた。


「―ありがとうございます」


ダンブルドアは優しく肩を叩くと、頷きながら言った。


「良いんじゃ。この決断がすべてのためになるとわしは確信しておる」


我輩はもう何も言わず、ひとつ頷くと、ダンブルドアと一緒に校長室を後にした。











「気をつけていってくるんじゃよ」


門のところで待ち構えていた馬車に乗り込み、

は見送りに付き添ったダンブルドアが見えなくまで、手を振り続けていた。


「…――二人で夏休暇を過ごすなんて初めてね」

「休暇と呼べる物になるかどうかは、

 旅先での我々の過ごし方に、全て掛かっている気がするが?」


理由は簡単―。

トランクにはお互い、ありとあらゆる実験器具と本が詰め込まれているのだ。

は苦笑した。


「一生治らない職業病ね」

「全くだ」


薬指に小さなダイヤモンドの輝く左手を握ってやる。


「…ね、セブルスも。休暇中くらい構わないでしょう?」


この確信的な強請り方に、抗えない自分に思わず自嘲してしまった。

きっちりと一番上まで留めてあるボタンを外すと、

服の下に厳かに隠していたチェーンを首から取り外す。

チェーンには自分の指の太さと同じ、銀の輪がぶら下がっている。

するりと抜き取ると、小さなの手に握らせた。


「着けてくれ」


はそっと我輩の左手を包み込むと、

慣れない手つきで丁寧に指輪を嵌めた。

そして銀に光る薬指にそっと口付けると、幸せそうに微笑んだ。


「…―きっと素敵な旅になるわ」

「……が一緒なら、我輩にとっては何処だって安息の地だ」


醜悪な物が刻まれたこの左手が、思いの込められた指輪ひとつで、

神聖な物へと生まれ変わらせてくれる気がした。

この恋人の笑顔が少しでも長い間続くよう、務めなければ。

少なくとも空白の5年間の償い位は、しっかりとさせて頂こう。

刻んでしまった黒い過去だけは―…足掻いても拭い去ることが出来ないのだから―…。

をこの腕で包み込む。


「…―もう我輩の傍から片時も離れるな。

 その様な愚考は我輩が許さん」


そっと小さな顎を捕えると、互いの唇を重ね、愛の言葉を囁いた。





―…我輩は貴様が、心底愛しい」

















F I N .











#19
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200806024 狐々音