校長室を後にすると、その足でそのままホグワーツの敷地内を出て『姿現し』をした。

夏休暇中という事もあって、横丁は多少賑わっているのだろうと思っていたが、

思えば店が活動し始めるにはまだ少し早い時間だった。

通りの店は各々、窓ガラスの掃除をしたり、商品を店先に並べたりして

開店の準備をしている所だった。

ノクターン横丁まで行く少し手前の、太陽の光を避けるように背にして佇む、

大きいくせにひっそりと建っている店を目指して進む。

ほんの十数年前まで、その店の裏手に聳えるあまりにも大きい屋敷には、

代々家の人間が暮らしていた。

本来屋敷の住人に相応しいはずの、この由緒正しき家の人間は、

家柄を盾に政界に名乗りを上げるような真似はせず、

何を思ったか小さな薬問屋を開き、

時が流れるまま、確実に財産を肥やしていったのだ。

この代の主人とその一人娘は、賢さか愚かさかは別にして、

「大きな家は手入れが面倒だ」という理由で屋敷を売り払い、

改めて増築した現在のこの店舗兼住居で

悠々自適の生活を営み…今に至る。

―店舗と同じ様に、どこもかしこも黒い屋敷は、今も姿と住人を変え、

ダイアゴン横丁とノクターン横丁を、隔てるようにして建っている―


さて店の入り口には、少しはがれ掛けた金文字で

"薬問屋 月夜の猫"

と書かれた、黒木の看板が掲げられている。

他の店と同じ様に、まだ開店時間には幾分か早い事は、先刻承知だった。

凡そ店内で、仕入れた品の選り分けでもしているだろうと踏んで、

"しばし待て"の札が掛かった扉を開く。



入店を知らせる鈴の音、乾燥した草の匂い、古びたラベルの貼られた沢山の瓶―…

雑然と、しかし規則的に整理された、溢れかえる薬品の山の先へ目を走らせる。














彼女は、居た。









陶磁器人形のそれのように、現実味の無い純白の肌。

蜂蜜のように琥珀に透ける、見事な金糸。

ゆるゆると流れるように垂れる柔らかな巻き髪。

黒糖色の長い睫毛に縁取られた、大きなモスグリーンの瞳。

衰えるとか老けるとか言う言葉とは無縁の生き物。

少し―、痩せたようだった。









開店前の訪問者を見て驚いたように顔を上げたが、

我輩と目が合うと、嬉しいような困ったような、複雑な笑顔を作った。

案の定カウンター脇に座り、籠を膝に抱え、紅花の棘を選り抜いている最中だった。

再会の第一声は、とても慎重に紡ぎだしてやろうと考えた。


「これはこれは―…随分とお早いお着きですなあ、教授」


皮肉を込めて、口端を上げる。


「あらそんな!スネイプ教授こそ、まさかこんなにお早い時間に、

 わざわざ訪ねて来て下さるだなんて、あたくし、思ってもおりませんでしたわ!」


今度はが目を離さず、少し悪戯っぽく口端を上げて、にやっとした。


睨み合う沈黙が数秒。


しかしお互い顔を反らすと、は堪え切れずに声を上げて笑い出した。

(我輩も口元に手を当てて、不覚にも少し緩んだ顔を整えなくてはならなかった)


「ふふふ、ごめんなさい、だって相変わらずだったから、つい。

 …セブルス。わざわざ来てくれて本当にありがとう。とっても嬉しいわ」


膝に乗せていた籠と安全手袋をカウンターに置くと、白く細い手が差し出された。


「ああ。お父上に手紙を頂いたのだ」


差し出された手を握り、再会を喜ぶ気持ちを返した。


「あら…―それで私の新しい梟を貸してくれって頼んだのね?」


言いながら少し呆れたようにが振り返ると、

手紙を送った張本人であるこの店の店主が、

仕入れたばかりの薬草の木箱を両手に抱えて、すまなさそうに立っていた。


「いや、本当に、済まなかったねセブルス。

 あのように非常識な時間に出した手紙だと言うのに…、

 ただ一刻も早く君にお知らせたくてね。私も君が掛け付けてくれて非常に嬉しいよ」

「いえ。お知らせ下さった事、感謝しておりますぞ」


少し頭を垂れた。


「…―さ。どうせまだ朝食も摂ってないんでしょう?

 セブルスも一緒にいかが?」


言われて初めて、自分のあの起床からの摂取量を思い出す。

それどころではなかったにせよ、紅茶一杯とは甚だ淋しいものである。


「…ではお言葉に甘えさせて頂こう」










何度も招かれた事のあるこの店の2階は、階段を上るとすぐに広間がある。

店内と店外の黒っぽい風体からは想像出来ない程、

すっきりと清々しい花の描かれた水色の壁紙が眩しい位だった。

しかし家具や柱は全て黒いので、浮かれすぎていない様が我輩を落ち着かせる。

調度品はどれも年代、品質ともに文句の着け難い一級品で揃えられ、

それを目にする度、この主人が莫大な財産を持ち合わせた

由緒ある血筋の人間だという事を思い出させる。

運べる物は金のトレイに乗せてが運び、それ以外のカップやポットたちは

魔法に先導され、大きな円卓にぴたっと着地した。

ここに座った3人の少し遅い朝食が、

昨夜が、いかに遅い時間に、この家に帰ってきたのかを物語っていた。


「……元気そうね。本当に久しぶり、」


席に着きようやく一息ついたようで、柔和な表情でがぽつりと呟いた。

間髪入れずに積もりに積もった数々が、我輩の口を突いた。


「…全く、久しいにも程があるな。最後に会ったのは5年前だ。

 どこの世界に置手紙1枚で5年も姿を晦ますやつがいるのだ?」


オートミールを口へ投げやりに運んだ。


「ごめんなさい」


は反省の色を浮かべつつも、苦笑しながらトーストを齧った。


「大方研究の虫に突き動かされたのだろうが―…。

 お父上や店の事もあるのだ。決して賢明とは言えぬな」

「ねえ…?手紙は届いてた?」


(おそらく定期的に届くあの諸外国の葉書の事だろう)


「もし貴様が言っているのが…あの名前だけしか書いて遣さない葉書のことならば、

 ―さよう、確かに受け取った。

 だが我輩にはあれが"手紙"と呼ぶに相応しい代物だとは到底思えないが?」

「いいのよ。受け取ってくれたならいいの」


微笑んだ彼女の顔に、なぜか我々の知り得ない苦労の影が見えた気がした。

この女は困った事に、尋常ではないレベルの、閉心術と開心術を心得ている。

―それこそダンブルドアや闇の帝王と肩を並べるような―…

つまりちょっとした興味本意によって、本心を覗く事など、決して許されない。

彼女の姿を確認してもなお、胸中には、少しの不安と少しの安堵が、入り乱れていた。

しかしまたこうして再会出来た事に、とりあえず胸を撫で下ろす。

呆れてはいたが正直に顔が綻び、最後は大きな溜息ひとつで許してやることにした。


「…どうも貴様は周囲の人間に心配を掛ける天才らしい」

「あら、ありがとう。

 ……飲む?」


空になったカップに、が紅茶を注ごうとしたので、注ぎ易いようにカップを前に差し出す。


「……どうして急に消えた」

「置手紙に残したでしょう?調べたいことがあったの」

「どこにいた」

「色んなところ」

「成果はあったのか」

「……一番知りたい事は解らないまま。それ以外はとても興味深い事だらけね」

「せっせと本は出していたようだが」

「然るべき研究費を頂くためにね」

「…―戻ったきっかけは」

「シリウス・ブラックの脱獄」


この家の黒い愛猫が、口も挟まず黙って話を聞いている

気の利いた店主の膝に飛び乗った。


「…………まあ良い。

 今回を訪ねたのは、頼まれて欲しい事があったからなのだが、」

「私に出来ることなら喜んで」


妙にそこだけはっきりと聞こえたような気がした。

昔から真っ直ぐで凛とした女性だったが、

放浪から帰って更に磨きが掛かったのかもしれない。


「魔法薬学の授業で6ヶ月を要する薬を作りたい。

 繊細すぎる作業ゆえに、信頼の置ける優秀な人材の"ご帰還"をずっと待っていたのだ。

 の有り余る知識と経験を、早々に活かしてやれるまたと無い機会だと思うのだが、

 …どうかね?」


一定の調子で言い終えると、の反応を伺うように口端を吊り上げたっぷりと睨めつける。

の目線はゆらゆらと揺れる紅茶の水面を見ていたが、

そういった我輩の態度にはとっくに慣れきっているため、

意に介する様子などは微塵も無かった。

我輩とてそんな事は重々承知で取る態度である。

それにここの店主は、我輩とが親しい仲だと知れているからこそ、

両者の悪態に、無闇矢鱈に口を挟んで咎めたりはしないのだ。

とにかく今、彼女の脳が活発に何かを考えている事は、確かである。

静かに朝食を摂っていた店主が、喉を鳴らす猫を撫でながら微笑んだ。


「素晴らしく在り難いお話だね。

 店は手も足りているし、ぜひ娘をホグワーツへ回そうじゃないか。

 、隠さなくて良いんだよ。お前もそうしたいんだろう?

 安心しなさい。私もこの店も大丈夫だ」


無表情で考えていたの顔が父親にそう促された事によって、嬉しそうに笑う。

彼女が一瞬何を悩んでいたのかは想像に難くない。

(……5年も放っておいたのだ。お父上の身の上を心配したのだろう)

迷いの無い口調でははっきりと言った。


「そのお話、お受けしますわ」


我輩はわが意を得たとばかりに喉の奥で笑った。

素晴らしい。上々だ。


「―頼みましたぞ。教授」























#01
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傍から見たら腹の探り合いみたいな会話だと良い。

それで所々愛が滲み出てれば良い…な。

200806019 狐々音