季節は確実にクリスマスに向かって流れていった。


「ああ嬉しい!まともなクリスマスなんて久しぶり!」


我輩に打ち明けない5年間の事を言っているのだと察すれば、

の生徒に負けんばかりの浮かれっぷりを咎める気にはならなかった。

しょっちゅう我輩の部屋で

魔法仕掛けのサンタクロースとトナカイを飛ばして遊んでいる始末だ。


「…―貴様はいくつになるのだ」

「33」


空中を泳ぎ回るサンタクロースとトナカイをそのままに、

と我輩は向き合って、積み上げられた宿題の採点をしていた。

クリスマス休暇に入る前までに返却しなければならない。

インクの瓶は既に今夜1本目を空けてしまった。

日付が変わる直前、ようやく全ての添削を終えると、

杖を一振りし、採点済みの羊皮紙をクラスごとに分けて棚に保管した。

目頭を押さえ深く溜息をつく。

が奥の部屋からココアを両手に持ってきた。


「お疲れ様」


たったそれだけの事なのにの嬉しそうな笑顔を見ると、

昔から我輩の疲労は軽くなる―…人にはまず言えないが。


「…―『仮死の薬』ももう半分終わったのね」


感慨深げにが微笑む。


「さぞ懐かしかろう?我輩に感謝したまえ」

「あら。私の"ご帰還"を待ってらしたのはどこのどなた?」


愉快だと言わんばかりに声を弾ませて皮肉を垂れる。


「―左様。と私が7年も掛けて生み出した薬なのだ。

 貴様以外の人間と作る馬鹿が何処にいる」

「何処にもいないわね」

「我々にしか作れまい」


その通りなのだ。

ここまで薬品作りを完璧にこなせると、

信用を置ける人物はこの世に彼女以外存在しないのだ。

出会ったときからそう感じていたら、

まんまと恋心まで奪われてしまったが―…。

おそらくそれに関しては、も同じ言い分を吐くのだろう。


「……懐かしいわね。私達、本当に多くの時間を共有していたのね…」


が我輩の机の引き出しを開けると、羊皮紙の束を取り出した。

思い出を反芻するように、その古めかしい羊皮紙の束を丁寧に捲っては目を細める。

小さな文字と流線型の美しい文字がびっしりと書かれた羊皮紙の束の一番上には、

飾り文字で『仮死の薬 セブルス・スネイプと』と書かれていた。

この学び舎で共に過ごした時間を裏付けるように、

何よりも確かな"結果"が既にこの頃から私達の間には存在していたのだ。


「…―我輩は冬が来るたびに思い出した」


…―17年前の冬の朝――初めて触れた唇―…。


「―が居ない冬の朝は――…………自分の心が折れるかと思った」


忌々しくも愛しげに吐き出してやった。

理由も知れない、教えてすら貰えないもどかしさ、

打ち明けられない辛さ、

すべて消え失せてしまえば良いと心底思った。




「なぜ…なぜ我輩の前から消えた、」




聞いてはならぬという事は解っている。

たった今、この瞬間、交わした約束を自ら裏切ったのは百も承知だった。

我慢の無い奴だと嘲ればいいし、失望して貰っても構わなかった。


「危険な目にでも遭って、

 を失うかもしれない不安の渦中に、

 我輩を独り残して―――それで満足か?」


両手で包み込んでいる飲みかけのココアが、

肩の震えに合わせて揺れてた。

浅ましい悪態だというのは解っていた。

は何も言わないつもりなのだろうかと視線を上げると、

美しいモスグリーンの瞳は見開かれ宙を彷徨い、

そこからぼろぼろと大粒の雨垂れを流していた。



――これ以上は、堪らなかった。



石の様に固まり、微かにわな付く小さな手から、

辛うじて持たれていたココアを奪うと、机の上に投げやりに置いた。

腕を掴むと、引き摺るように強制的に寝室へと引っ張っていった。

抵抗少ななを寝台に突き放し、我輩の顔には惜しげもなく苦痛が滲んでいた。

当てつけるように唇に噛み付いてやった。

抗われると思ったの細い腕は、ゆるゆると我輩の顔を包み込んだ。

涙の味のキスが舌と脳を確実に痺れさせていく。

我々が纏っている物は、まるで醜悪な拘束着の様に感じられ、

唇を離すと、身体から引き剥がすように自分の服を脱いだ。

の目がはたと止まった。


「…っね…セブ、」


返事の代わりに優しく手を差し出し、頬をそっと撫でてやる。

彼女の気持ちが少しでも落ち着くように助けてやる。


「……何だ…?」

「っあ、のね?私はね、」


彼女の儚い涙はそれでも止めどなく溢れ出す。

唇を噛締めて辛抱強く聞く。


「…ああ」


抱き締めて欲しいと言わんばかりにが両腕を差し出したので、

彼女を胸の中にしっかり抱き締めて、そっと起こしてやる。

まるで大切な我が子を確かめるように、の手が何度も何度も

我輩の後頭部を優しく愛撫し、包み込んていた。


「っ、消し、たかったの」


首の後ろを更にぎゅうと強く抱き締められた。


「…何を―消したかった?」

「ッ―の左腕、闇の印―、消したかった」





――――何を―――言っている―?

頭が―――――――――――真っ白だ。





「っ私がセブルスの烙印を消してあげたかった」


苦しげに吐き出し、の呼吸は嗚咽と相俟って乱れに乱れていた。

我に返り、抱き締めていた身を離しての顔を見る。

泣き腫れた瞼はまるでこの世を拒絶するように固く瞑られ、

呼吸は苦しそうに喘いでいた。


「落ち着け、、落ち着くのだ―――解った。解ったから―…、」


今度は彼女に代わって、小さな頭を抱いてやった。

肩を抱き寄せ辛抱強く摩り、また頭を撫でてやる―。

どれほど時間が過ぎたのか皆目検討も付かなかった。

ようやくの呼吸が少しましになった事に胸を撫で下ろすと、

慰めるように―本当に単純な―キスをしてやった。


「………――そんなに我輩が大切か?」


幼い様子でこくんと頷いた。


「好き」


更に搾り出すように告げる。


「セブルスを愛してる」


ぽろぽろと溢れる涙は、今夜は収まらないのだと悟った。

再びきつく拘束し、離してなるものかと白い肌に噛み付いた。

舐め取り、音を立て、身体を絡め――…それこそ蛇の様に―。

熱っぽい行為の最中でさえ、

は我輩の左腕をしっかりと抱き締めて、

――絶対に離そうとはしなかった。




















腕に縋りつき、泣き疲れた子供ように、

はそのまま束の間の夢へと堕ちていった。

――改めて懐中で眠る恋人の偉大さを知る。

蛇の道を選んだ人間が当然の代償として刻み込んだ印が、

自覚していたより、遥かに残酷な仕打ちとして愛しい女を苦しめ、

挙句が終わりの見えない暗中を彷徨わせていたとは―。

(――情けなくて反吐が出る――)

解決法など見つからないと解っていても、

必ず打開策は存在するのだと信じ歩き続けたのだろう。

(…人一人に与えられる愛情がこれ程の物だと、

生きている間に実感できる人間がどれ位いるのだろうか―…)

眠れるはずもなく、代わりにの小さな身体を抱き締めることで、

平穏と休息を得ようとした。

直に夜は明けるだろう。




















我輩の身支度がある程度済む頃になっても、

は一向に起きる気配が無かった。

少し可愛そうな気がしたが安息を中断すべく、

隣に腰掛け、頭の丸みを撫でる。

何度か名前を呼んでやると、

虚ろに目を瞬かせ、少し赤みが差した瞳で我輩を見た。


「朝だ―…、起きれるか?」

「…ん、キスしてくれたら大丈夫」


いつもの調子で微笑んだので、少し安堵した。

強請られるまま唇を捧げてやる。

は満足気に頬を緩ませると、ゆっくりと身を起こし、

まだ何処となく覚束ない足取りで浴室へと消えていった。

少し離れた場所から、水音と石鹸の香りが鼻を掠めた。

また一つ、二人だけの秘め事が増えたのだと口元で笑う。


そしてきっと――彼女の心の傷はまだ癒えない。

























#14
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好きな人の腕の中だけが彼女の弱くなれる場所。

200806023 狐々音