完璧な管理の下、セブルスは定期的に

リーマスのために薬を煎じる事が日課となっていた。

毎回これでもかと眉間に嫌悪を浮かべ、憎しみの一滴までも

大鍋の中に溶かし入れんばかりの形相。

傍から見たら絶対に劇薬を煎じているようにしか見えないだろう。

しかし手だけは厳格で几帳面な仕事を完璧にこなしている。

セブルスにとって、私は本当に優秀な助手として重宝しているらしい。

呻く様にちょっと呟くだけで、聞き返される事もなく欲しい薬や材料が

彼の意図する状態で手際よく用意される。

なるほど―確かに私は随分便利な助手のようだ。

何も示唆されずとも、薬を作っているセブルスが

次に望む事が何なのか私には解るし、

例え逆に私が薬を作ったとしても、セブルスは何も言わずに

私が欲しい材料を用意してくれるだろう。


「この『脱狼薬』砂糖を入れたら効果がなくなるって

 リーマスが嘆いていたわ」

「あの甘党にはさぞ辛かろう」

「意地悪ね」

「―我輩は事実を言ったまでだが?」


そして煙を上げるゴブレットを片手に

足しげくリーマスの部屋へと通うのだ。

―あのセブルスが!









 * * *









シリウス・ブラックが場内に入り込み

太ったレディの肖像画を切り裂いた晩は、

リーマスが―狼になる日だった。

シリウスの事も、リーマスの事も気が気じゃない―…酷く落ち着かない夜だった。

生徒を大広間に集め、教師は校内をくまなく捜索する。

真夜中少し冷える廊下をセブルスと一緒に大股で歩く。


「……あの馬鹿!

 塔に入れて貰えないからって"レディ"を切り裂くなんて。良い迷惑だわ」


睨みの帝王スネイプよろしく、滅多に見る事が出来ない私の眉間寄せを見たセブルスは、

目を見開いて私を凝視したが、ふっと口を歪めると勝ち誇ったようにせせら笑った。


「おやおや、高貴なもちゃんと出来るのではないか」

「何を?」

「悪態だ」


廊下の突き当たりでセブルスと道が分かれる。


「これじゃシリウス・ブラックの折角良かった頭が、他の愚か者と同じ様に、

 アズカバンですっかり腐ってしまったとしか思えないじゃない。

 どうせ脱獄の偉業を成し遂げるのなら、

 もっと頭を使って完璧にやって頂きたいものだわ」

「同感ですな」


私達はお互いに肩を怒らせながら、閑散としてしまった城内を闊歩した。

遠吠えがひとつ、夜空に響いた気がした。









 * * *









さて半年を費やす『仮死の薬』の生成も滞りなく進んでいた。

初回の激励が効いたのか、皆非常に慎重になり愚かな真似はしなかった。

そして自然と、グリフィンドール生に縋られる役割を

私が受け持つようになった。

そう決めた訳でもないし、もちろんスリザリン生の面倒も見ているのだが、

どうしてたってセブルスを苦手とする人間の方が

多いのだから仕方が無い。

大量の乾燥バジルの香りが教室中に充満している授業の日、

授業中だと言うのに一羽のアオバズクが

地下牢教室の扉を忙しなく引っ掻いた。

私の指示で一箇所に集めて並べた鍋をそのままに、

教室の入り口でバサバサと羽を動かし、

落ち着かない梟から一通の便りを外してやった。

受け取った手紙の宛はもちろんセブルス・スネイプと書かれている。

『仮死の薬』の今日の分の作業が終わったので、

残った時間で『混乱薬』を作れとセブルスは黒板を指していた。


「始め」


言い放ったのと同じタイミングで、彼に手紙を差し出す。

神経質な手付きで手紙を開封するのを確認したので、

私は生徒の方へ戻ろうとしたのだが、

すぐに後ろから手紙で肩を叩かれた。


「…何て書いてあったの」


セブルスはその手紙を無言で私の胸に押し付けると、

マントを翻し、前の教卓に大鍋を用意し始めた。

不審に思いながら何が書かれていたのかを確かめる。




(………)




呑気な脳には、一瞬にして弾かれた様な伝達が走った。

意識するまでもなく私はてきぱきと教室を歩き回って

薬品棚や保管棚から必要な材料を取り出した。

それらを手際よく大きな教卓の上に所狭しと並べて、

セブルスを一瞥した。

セブルスも目の端で私を見る。



そして始める。



セブルスが手を出すのと同時に完璧な位置とタイミングで、

淀みなく瓶やら皿やらを手渡し、そして受け取る。

真鍮の掻き混ぜ棒、陶器のさじ…銀のナイフとて同じだった。

渡して受け取り、また渡す。

必要なら横から材料を足す。

彼が身を翻すなら鍋を掻き混ぜるのを代わる。

セブルスが鍋から目線もくれず、生徒へ苛立たしげな叱咤を吐き捨てる。


「我輩はいつ作業を見届けて欲しいと頼んだかね?

 諸君らの怠惰な作業ぶりを、

 我輩が見ていないとでも思ったのならそれは大きな間違いだ。

 提出までせいぜいあと30分。

 よそ見をしている暇があるのなら、さっさと手を動かすのだ!」


そう言っている間にも、セブルスの手元は忙しなく調合を詰めていた。


「ハリー、鍋が噴いているわ。気をつけて」


私は蜻蛉の羽根を粉末にしながら、やはり顔も上げずに注意を与えた。

生徒達はまるで信じられないと言わんばかりに

目を口を大きく開いたまましばらく固まり、

セブルスと私の、目にも留まらぬ早業を凝視していた。

徐々に自分達の本来すべき事を思い出すと、

慌てて作業の続きに取り掛かった。

そしてこの際、ハーマイオニーがネビルの薬に注意を払っているのには、

お互いに目を瞑る事を暗黙の了解とした。



ともあれ、教師2人を含め教室中の人間が薬作りに躍起になったのは事実で、

提出時間になるとセブルスは私に鍋を任せ、

生徒達から完成した薬を入れた小瓶を回収した。

セブルスはネビルの小瓶の中に、

綺麗な薄紫色の完璧な液体が収められているのを見て、

明らかに唇を捲れ上がらせたが、ネビルを睨むだけ睨むと、

何も言わずそれを提出品として受け取った。

回収が済むと適当な理由でスリザリンに加点をし、

普段より5分早く授業を終了した。

彼が踵を返しまた鍋へと戻る頃には、

こちらの薬も完璧に仕上がっていた。

誇らしげに何か言ってやろうと思ったその時、

ぞろぞろと帰っていく生徒の中からハリーたちの声が微かに聞こえた。


「見た!?ねえ見た!?スネイプと先生のあの完璧なやりとり…!」

(……ロン、先生を呼び捨てするのは頂けないわね)

「一体何がどうなったら無言で会話が出来るんだ?」

「あれじゃあまるで夫婦だわ!」

(………夫婦!)


喧騒はすぐに去り、静かになった教室では夫婦と呼ばれた二人が

お互い石の様に硬直したまま立ち尽くしていた。

無言で見開いた目を見合わせる。

そして瞬間噴出す。


「っ!ちょっと!ね、恋人を通り越して―夫婦ですって…!」


私は笑いすぎで今にも地面に転がりそうだった。

セブルスも顔を背けて小刻みに震えている。


「…―っ」

「良い大人には、想像も、つかない、発想ね」


涙を拭いながら途切れ途切れの息のまま言った。


「…うふふ、あーあ…笑ったわねー…。っと、忘れちゃ駄目だったわ、」


肝心の完成した薬を慌てて柄杓で掬い上げ、ゴブレットに注いで差し出した。


「―はい。急いで持っていってあげて―――、リーマスに」


セブルスは呼吸を整えると、ゴブレットを持って大股で教室を出て行った。

























#10
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さんはシリウスが"犬"だって知っています。

セブルスの手前、言えませんが…でも知っています(笑)

200806020 狐々音