あの初夏の日から…更に2年後の話をしよう――。

















庭の大樹の下には、テーブルと椅子。

リネンを掛けた机上にはティーセット、汗をかくレモネードの瓶。

銀器の三段トレイに焼き菓子、陶器の皿に盛られたターキッシュデライト――。




その脇に、籐の白いゆりかごを置いて――、

は花かごいっぱいに集めたシロツメクサを繋ぎ合わせていた。


何とはなしに…邸宅の方を振り返る。

丁度――来たような気がしたから。


彼女の目が当たり前のように見つけたのは、

風に銀髪を遊ばせて、こちらに向かって歩いてくる…最愛の人の姿。

イグニスはに気が付くと、微笑んで手を振った。

彼はそれでも何処と無く慎重に――そう…その腕の中に大切なものを、抱えているから…。

別段強い風が吹いている訳でも無いのに、彼は一歩一歩足許を確かめるように気を使いながら、

ようやく木陰のお茶会に辿り着いた。

彼は挨拶代わりに、の唇にひとつキスを落とすと…

ここまで大切に運んできた、大切な―…赤ん坊の頬にも、そっと口づけを落とした。

柔らかな薔薇色の頬、ミルクの香り――本当に危うい、小さな小さな存在――。

そんな幼気な生き物は、安心しきったようにイグニスの腕に抱かれて、健やかな寝息を立てている。

イグニスの腕で眠る小さな天使を見て、はこの上なく幸せそうに微笑みかけた。

慈しむように、そっと和毛を撫でてやると、赤ん坊は応えるように少しだけ身を捩った。




「…ゆりかごに入れてあげる?」


「ああ―…少し惜しい気もするが…安息の眠りを妨げる訳には、いかぬからな」




イグニスは寝息を立てる我が子に、心底愛おしそうに微笑むと、

慎重な手付きでゆりかごに寝かせてやった。




「…よく眠っている」




子供が生まれてからというもの、イグニスは1日の大半を子供を抱いて過ごす。

最初は未知との遭遇に戸惑いこそすれ――今ではすっかりぞっこんで、子供にだけは滅法弱い。

書斎で仕事をするときでさえ抱いていたがるし、食事とて同じだった。

それでも…親馬鹿の一言で片付けてしまうには…それはあまりにも愛おしい変化で――。




「ねえこの子、きっと私と一緒にいるより、イグニスといる時間の方が多いわ?」



が悪戯っぽく言うと、イグニスはわざと拗ねた口調でふざけた。



「良いではないか。この子はついこの間まで、のお腹の中でいつも一緒にいたのだぞ?

 私はやっと二人の仲間に入れて貰ったんだよ」




なあ、という言葉は愛娘に向かって囁かれていた。

は幸福に胸を満たされて、そうだったわね、とはにかんだ。

イグニスはゆりかごを覗き込むの顔を見つめると、

その白く輝く頬に、そっと手を添えた。

従うようにがイグニスを見つめ返すと、彼はとても誠実な面差しをしていた。




。……ありがとう」




は瞳を揺らした。

その言葉が一瞬のうちに心に染み渡ってゆくのが解るから…。

ああ――愛しい人――。

は精一杯応えるように、頬に添えられている大きな温もりに手を当てると、

泣きそうな顔で笑って見せた。

その体温を味わうように、そっと目を閉じて――。




瞼に触れたそれに――そっと唇を奪われる――。











はゆりかごに、先刻繋ぎ合わせたシロツメクサの冠を入れてやった。




「お母様がお父様から頂いた…素晴らしい幸せのおすそわけよ」




そして薔薇色の頬にキスをひとつ落とす…。














噎せ返るほど鮮やかな深緑色の幸せが――ずっとこの子に続いていきますようにと――。


























Thank you so much.





















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『Summer』/久石譲

『ラブラドール』/Chara

20090808 呱々音