ジェイミー・スチュワートは素晴らしい名家の出だった。

彼の両親は、社交界と戦場に華々しく名を連ねてきた先祖代々の君主たちに恥じぬ

自尊心と思いやりを、愛する息子の心にしっかりと植えつけて育てた。

己への厳しさは女手ひとつで家を守ってきた祖母から学んだ。

だから彼が英国きっての名門イートン・カレッジへ進学して間もなく、

ジェームズ・ニコルズと友好を持ったとて、なんら不思議はなかった。

ニコルズは知り合った当初こそ痩せのチビだったが、

入学して2年もすればぐんぐん天に向かって伸び、

ついにスチュワートの背を越してしまった。

スチュワートとて決して背は低くない。むしろ背は高い。

まるで互いの身長を競うようにして伸びていったのだ。

ふたりはすぐに、どんなことでも打ち明け合う親友となった。

ニコルズの目には、人を尊ぶ誠実さと心の優しさが滲んでいる。

それはスチュワートとはまた別種の優しさだ。

だからこそ、ふたりの間には足りぬ部分を補い合っている自信があった。















カリキュラムの中には馬術のクラスがあり、

名家の健全たる子息である彼らは騎乗の資格を有した上級生に達すると、

当然のようにその授業を好んだ。

馬術クラスを指導する大佐は、かつてこの学校で学んでいた大先輩である。

彼の鬼のように厳しい“しごき”に耐えた者だけが、自分の世話する馬を与えられ、

なおかつ最初の“しごき”が嘘のように

晴れやかでのびのびした有意義な授業を請うことが出来た。

それを経験した先輩たちは、この通過儀礼を“洗礼”と呼ぶ。

なぜこんなふるいにかけるような真似が必要かと言えば、それは一重に馬のためだと言う。

大佐はボーア、マフディーと続けざまに戦争へ出陣したにも関わらず、

愛馬と共に生きて英国に戻った言わば英雄に違いなかった。

彼に言わせれば馬と心が通じてこその騎兵である。

それには生活の中心を馬に向けることが肝心だと強く説いた。

馬の世話は騎乗を許された生徒たちの当番制で、

任されたものは例えどんな理由があろうとも、その日は1日じゅう馬のことを考える。

朝早く起床し、まず新鮮な餌と水をやり、丁寧にブラッシングしてやる。

そうする間にどこか具合の悪いところがないかを観察するのだ。

それが終わると厩の横に併設されている小さな柵の中を5、6周させて軽い運動をさせる。

あとは授業の合間を縫っては足繁く厩へ通い、

餌をやったり、観察したり、散歩に連れ出したり、接し方は各々で違う。

時にはどうしても馬に嘗められる者もいたが、大概はその生徒に対して大佐の一喝が入り、

反省を露わに根気よく馬への礼儀を尽くすことで問題は解決した。

そして夜は寮長の許可を得て厩へ赴き、新鮮な水を与え、一日の汚れを藁やブラシで落として、

蹄鉄の泥を拭って、乾いた藁を敷き詰め床を整えてやる。

最後にしっかりと毛布をかけてやる――ここまですべて、

騎乗するものが命を共にする馬にしてやるべき当然の仕事だと、大佐は譲らなかった。

この仕事を疎かにしなかった者のみが、優雅な狩りから戦場で役立つものまで

ありとあらゆる実践的な馬術を教わることが許された。

スチュワートとニコルズは言わずもがな、この馬術クラスのトップを競い合っていた。

肩を並べども仲の良い彼らを真似るように、ふたりが世話する愛馬たちもまた仲が良かった。

大佐は密かにそれが誇らしかった。

だから自慢の教え子たちが立派な成績を修めて卒業する時、

大佐は個人的に彼らを呼び止めてある提案をした。


「君たちは馬が好きか」


スチュワートとニコルズは顔を見合わせると、

まったく問題外の質問だと言わんばかりに首を振った。


「もちろんですよ」

「今更確かめる必要も無いことです」


それを聞くと大佐は生真面目なまなざしをキラリと輝かせ、悪戯っぽく口の端を上げた。


「だとすれば君らは授業内で教わった程度の馬術ではもう満足できんだろう。

 違うか?私はそうだった」


その一瞬、大佐はまるで子供のように見えた。

スチュワートは尋ねる。


「では――どうやってその欲を満たしたのですか。

 私たちは大学へ行っても馬に乗り続けようと思っています」


ニコルズは首をかしげた。


「先生にはなにかお考えがあるのですね?」

「週末ごとにとは言わない。長い休みの間だけでも結構。

 だがもし君らが騎兵や馬術を学びたいと望むのなら、

 卒業してからも私の家へ通いなさい。

 本格的に手ほどきをしよう」
















ロンドンの端、ヘアフィールドの邸宅に家の屋敷は在った。

大学入学までの休暇を使って、スチュワートとニコルズはさっそく大佐の手ほどきを受けに訪れた。

家は広大な土地を保有し、それらはすべて馬のために存在している。


「我が一族は代々の騎兵一家なのだ。

 クリミア戦争では祖父は惨憺たる痛手を被った騎兵大隊を率いて、

 一矢も二矢も報いたそうだ。

 私の父はあのアフガン戦争の英雄だ。

 ふたりとも生きて帰っては来なかったが、祖父も父も私の誇りだ」


客間で紅茶を一杯出されたあと、長い廊下を案内され、

着替えを済ませたら厩へ来るようにと残して大佐は姿を消した。

着替えのために用意された部屋には馬の絵画や馬具が飾ってあり、

カウチの脚は馬蹄を模してあった。

ふたりが厩へ出向くと大佐はすでに馬具を改めている真っ最中だった。

厩には7頭の馬が居て、どれも皆手入れの行き届いた見事な駿馬である。

馬の世話役にはヘンリーという老年の男と、彼の息子ジョー。

そしてもちろん大佐自身も、2頭の愛馬を中心に自ら馬の世話をしていると言う。

大佐は厩の端から順にスチュワートとニコルズ、

それぞれのためにいくつかの馬と相性を観察し見立ててくれた。

スチュワートの見初めた馬はイヴリンという名の牝馬で、

見事な黒い毛並みを持つとても美しい馬だった。

大佐はイヴリンのことを「気難しい女性だから、自分の恋人だと思って接しろ」と忠告した。

とは言えその脅しが功を奏し、あるいはスチュワートの真面目さに

今までの主人であった大佐の面影を感じ取ったのか、

イヴリンは新しい乗り手をいたく気に入ったようだった。

首を軽く叩き、耳の後ろをかいてやると、

イヴリンは嬉しそうに鼻面をスチュワートに押し付けて甘えて見せた。


「先生。どうやらジェイミーとイヴリンは心が通じたようです。

 僕はこの優しい目をしたぶち馬がいい。名前はなんと言うんです」

「ウィックフィールド。

 どちらも君たちを気に入ったようだ。

 さあ始めよう。まずは軽く走ってみようじゃないか」


背にまたがり青々と広がる芝生の上を軽やかに駆け抜けて、林へと続く緑道へ反れる。

そうやって散歩を楽しみながら、人間と馬は互いの相性を改めて確かめ合っていた。

するとどこからともなく、軽快な馬の足音が微かに聞こえてくるではないか。

スチュワートとニコルズは顔を見合わせる。

だが見当たらない――ニコルズが大佐の方を盗み見ると、なにか企むような微笑みを浮かべている。

足音が近くなる――木と木の間で影が跳ねるように揺れる。

――居た!

そう思った時には数十メートル先の道無き道を颯爽と駆けてゆく一頭の馬がいるではないか。

その馬はほんの少し身体が小さめで、同じように小柄な誰かを乗せていた。

あっという間に居なくなったそれを夢か幻と疑っても不思議はないだろう。

ニコルズが愉快そうに問う。


「あれは――子供?」

。私の一番上の娘だ」


大佐は困ったように笑った。

黙り込んでいたスチュワートがやっと口を開く。


「さすが先生のお嬢さんだ。

 私たちも負けてはいられないな――行こうイヴリン。

 ジェームズ、先に厩に着いた方が勝ちだ。いいな?」

「もちろんだ」


その他愛ない青年たちの競争心を、大佐は咎めたりはしなかった。

赴くままに走り出す若い馬たちを見送ると、

息の合った速度で優雅に地を蹴り邸宅へ向かって走りだした。



































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原作のスチュワートとニコルズ。

そしてトップソーンとジョーイの友情に敬意を込めて。

20121119 呱々音