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ティーテーブル。 囲うように配置された最高級のソファー。 四面に向き合って座り、三つ巴ならぬ四つ巴と言ったところか。 緊張した面持ちで白いソファに品よく座るは、 本当に――人形のようだった。 最後に現れたシャーロックの姿を見つけると、 ジョンの顔には微かに安堵の色が浮かんだが、 それもすぐさま失せ、客間は張り詰めた空気に満たされる。 自己顕示欲の塊とも言えるこの探偵が、口火を切らぬわけがない。 だがそれももちろんモリアーティはお見通しで、 彼はまるで促すようにシャーロックの言葉を待っていた。
そもそもルールが変わったと聞いている。 ゲーム自体が無効になったはずだが?」
「そうか。ならお言葉に甘えて失礼する。 行こうジョン」
は反射的に立ち上がる。 もちろん、そう簡単にはいかなかった。 モリアーティは恐ろしく冷たい声で静止する。
彼女らしくない――ジョンは思った。 ジョンの知るは、何事にも臆することなく、冷静で、 ましてや動揺など見せない聡明な女性だ。 だが今眼前に佇むは、すっかり怯え、打ちひしがれ、 自分の足で立つことすらままならないで、必死に助けを求めている。 モリアーティは最後通告を突きつけるかのように淡々と続けた。
すべてはに選ばせる――誰が、彼女の、処女を奪うか」 「馬鹿げてる」
モリアーティはの背後に立った。
この子は、景品なんだよ。良く出来た玩具といっしょだ。 ハーイ、シャーロック。私!アナタのお人形よ!」
ついにシャーロックもモリアーティに正面から対峙した。 その表情は冷静そのものではあったが、 モリアーティにはあと少しこの男をつつくだけで 小さな動揺がこぼれ落ちるのも時間の問題だと手に取るように解っていた。 もちろんシャーロックは感情に任せて殴りかかるような男ではない、 ―はずだが―その内心に沸き立ったのは、彼が人知れず持ち得た“感情”そのものだった。 モリアーティは寓話の語り手のように立ち振舞った。
道は3本に分かれています――1本目の道は“アイリーン” 彼女はこの世で一番美しい女王様でした。 しかしその正体は悪い魔女だったのです。 悪行を暴かれた女王様は国を追われ、 今では村の人間に追われて生活しています。 ですが本当はとても慈悲深く、永い孤独がそうさせたのでした。 女王様は可愛い子猫が何よりも大好きでした」
民に望まれ王位を継ぎ、大きな国を意のままに統べる王様がいました。 彼は頭もよく、人気者でしたが、ある大切なものをずっと探していました。 幼い頃に生き別れた妹です。 王様は妹を愛していました」
そう言わんばかりの表情でモリアーティは続ける。
彼はわがままでひけらかすのが大好きな王子様でした。 国民はすっかり飽き飽きして、彼に王位を継がせませんでした。 鼻つまみ者となった王子様は黒い森へ追われ、 すれ違った魔女の忠告も聞かず、森の奥へ奥へと突き進んでいきます。 そしてその最期は――、」
の目をしっかりと見据えながら。
――大丈夫だと、言わんばかりに。 は躊躇いを振り切るように、苦しげに荒い呼吸を繰り返した。
「人はいずれ死ぬ」 「っ、そういう意味じゃ」 「そういう意味じゃないことくらい解る」
――ええ、そう。それでいいわ。 わがままな王子様が覚悟を決めたのなら。 きっと子猫は――。
さあ――、選びなさい」
彼女に仕切らせる気など更々無いのだ。
「なぜそこまで彼女の純潔にこだわる」 「加わった以上、無垢なままではいさせない。 も――そして君もだ」
ジョンが必死の思いで割って入る。
再会を喜ぶ兄妹ごっこは終わりだ。 重要なのは、子猫がどの飼い主を選ぶか――違うか?」 「いや違わない」
信じられないと言わんばかりに睨もうが、食いかかろうが、 彼らがそんなもの気にしないことくらい頭の片隅で解っていた。 だがジョンはそれでも何一つ納得がいかずに、くそう、と吐き捨てた。
「どうかな」 「聞く必要もない」
「私…」
シャーロックの目を見つめたは、まるで助けを求めるみたいに顔を歪める。 彼女はシャーロックの名を――呼ばなかった。 無言でモリアーティの手を取った。 彼の胸に額を押し付けて静かに泣いている。 文字通りこの世のすべての煩わしさから庇護を求めて兄に縋る妹のように――。 それは形としてはひどい裏切りだった。
「ああ――“お家”へ帰ろう」
シャーロックはを見つめる。
ああ――女王様のルーム代は僕が払っておくよ。 それから、忠告しておこう。 さっさとロンドンを出たほうが身のためだ――。 そして“君ら”も、」
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20120927 呱々音
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