大学へ通うハドソン夫人の遠縁の娘が、

一人暮らしを始めるには実に中途半端な時期とも言えるタイミングで、

このベイカー街221Bの地下に間借りを始めてから半年。

すなわちその年月イコール、生活費を稼ぐため効率の良いアルバイトとして

階上のコンサルタント探偵シャーロック・ホームズの

専属家政婦業を選択した契約日数と等しいと言える。

この変人、変質者、果てはサイコパスとまで人々に言わしめるシャーロックという男は、

彼に言わせれば自分は「高機能社会病質者」であり、

周囲の認知する「変質者」とは全く別物である。

シャーロックの脳における保存容量と機能は

すべて事件を解決するのに必要な知識のみに割かれ、

人間性、生活能力、そのような事柄とはほぼ無縁と言った状態であった。

そこへ現れたのがアフガン戦争で活躍した元軍医ジョン・ワトソンである。

ルームメイトそして同僚として献身する彼の目覚しい活躍のお陰で

シャーロックの人生は少しは豊かで人間らしいものに近づいた――ようではある。

さらにそこへ現れたのがであった。

請求書の支払いに追われ主夫のような立場に頭を抱えていたジョンを

見兼ねたハドソン夫人が面倒をみてくれる時もあるが、

それは人の良い夫人の善意であって、彼女は家政婦でもなんでもない。

越してきて早々、はそこに目をつけ自ら家政婦になることを志願した。

時間の融通がいくらでも利き、移動経費も時間も節約される。

にとっては最高のアルバイト先になるに違いなかった。

シャーロックが値踏みするようにの頭の先からつま先まで睨めつけ、

気遣いの欠如したいくつかの質問や気のない指摘をしても、

彼女は何ら不愉快を感じていないようだった。

「採用」の一言が与えられた瞬間の、のとびきり愛らしい笑顔は、

さすがのシャーロックも「必要ない情報」としてすぐに忘れる事は出来なかった。

さてジョンにしてみれば涙がでるほど有難い話ではあったのだが、

このうら若いお嬢さんがこれから眼前で繰り広げられるであろう

シャーロックの悪魔のような暴挙の数々に、果たして何日…

いや何時間耐えられるかどうか――。

家事とやりくりが再び自分の仕事に戻る可能性を考慮し、

ある程度の覚悟は予めしておこうと思う。

だがそれもジョンの杞憂で終わることとなる。

類は友を呼ぶとは良く言ったものだが、

はまさしく――シャーロックと同類だった。

誤解のないよう断っておくが、には人間らしい感情も、

気の利く思いやりも、社交性も存在する。

だが本質的な部分のみ挙げるとすれば、彼女は実に風変わりで、

更に言うならシャーロックを咎めるような発言は一度足りともしないのだ。

電子レンジの中から人間の肝臓が出てこようが、

冷蔵庫に生首が入っていようが、息を飲むどころか全く動じることはない。

マントルピースの上の骸骨すらも自分の愛犬か何かのようにせっせと世話して

最後はキスまでしてやる始末である。

具体的な部屋の掃除は主に家主の居ない時間帯に済ませる配慮は欠かさないし、

夕飯は作り置きが可能な物を少し多めに作っては

日付のラベルを貼って冷凍庫の中で栄養士顔負けにコンテナ管理されている。

空腹になればいつでもどうぞと言うわけだ。

シャーロックの食に対する無頓着は表彰物だという事もすぐ察したようだし、

とにかくは勘が鋭く、万事に対して手際が良かった。

初めのうちはいつ勉強しているのかと問いたくなる事も何度かあったが、

ジョンが心配せずともは大変優秀な生徒であった。

たまにシャーロックの部屋でかち合う所を見ると、

どうやら自室や大学よりここで本を読んでいる方が捗るらしい。















「…つまらん」


シャーロックの憂鬱が極まったが最後、このセリフは容赦なく火を噴くのだ。


「つまらん…つまらん…つまらん!」


そう叫びながら彼が引き出しから拳銃を取り出すのを、ジョンは既の所で阻止した。


「…頼むからやめてくれシャーロック」


上物のYシャツを身にまとったこの天才は、事件が無ければただの問題児である。

ジョンに阻止された腹いせか反動か、

殺人事件をこよなく愛すことを高らかに公言し、平和よ去れと悪態をついた。

ソファに崩れるようにだらりと身を沈めると、

完璧に身支度を済ませたジョンをじっと睨んだ。

そんな目で見られようとも、ここまで来るとジョンも慣れたものだった。


「事件が無いのは良いことだ。さて僕はこれから社会貢献してくるよ」

「ああ…あのくらだらない診療とかいう趣味か」

「本業だ」


シャーロックはつまらなそうに目を細める。

煩わしそうにしっしと手を振ると、

それが彼なりの見送り方だと察して、ジョンはフラットを後にした。

同居人を追い出した所でシャーロックは目下の問題に着手する。

さて、このまま家に引きこもっていても脳が死滅するだけだ。

聖バーソロミュー病院へ行って死体相手に実験でもするべきか。

――だがまずコーヒーでも飲みたいところだな。

シャーロックがふいにそう思った瞬間、階下でドアの蝶番の音がし、

階段をのぼる軽い足音が聞こえてきた。

だ。しめたとばかりにシャーロックの左の口角が上がる。


「ごきげんようシャーロック」

「そのコートの下を当ててやろう。

 黒いパンツはジョンと一緒に買い物へ出た時に購入したユニクロ、

 アルバイト代で奮発したアニエスベーのボウタイブラウス、

 先日TOPSHOPのバーゲンで買ったと見せびらかしていたジャケット、

 髪の毛で隠れているが耳にはいつも着けている

 祖母から譲り受けたお気に入りのティファニーのヴィンテージピアス。

 で、君がそれらを隠すように着ているのが

 冬の始めに叔母がプレゼントしてくれたバーバリーのコート」


生きていくための無駄な知識は一切要らないと豪語しているシャーロックの

この上なく無駄な推理が的中したのは、

いつどこで何を買ったか、購入した物の話でハドソン夫人と盛り上がっていたのを

どこかで記憶していたからだろう。

だがどんなに見事に中てた所で、気も紛れないのは確かだった。


「…暇なのね」


はコートを脱ぐと一人がけの空いたソファにバッグと一緒に置いた。

そそくさとキッチンへ向かい手際よくコーヒーを淹れると、

死んだ魚のように所在を失いつつある元来綺麗な探偵の目を覗きこんで微笑んだ。


「はい。朝食よ」


彼は諦めたように身体を起こし、朝食と称されたコーヒーに口をつけると、

想像していたものよりはるかに美味しく感じたせいか、

いくらか機嫌も回復したようだった。


「暇してるだけなら遠慮はしないわ。

 そのままソファに座ってて。学校行く前に掃除機かけたいの」


はその細い手首に着けていたゴムで長い髪を無造作に結い上げた。

シャーロックは一瞬強く躍動した己の鼓動に狼狽えつつ、

まるでとてつもなくおぞましい物を見たかのごとく息を飲んだ。

だが彼女の白すぎる項から目が離せずにいる事もまた奇妙な事実だった。

そんなシャーロックの心中を知ってか知らずか、

キッチンの隅に下げてある自前のエプロンを掛けると、

窓を開け、テキパキと埃を落とし、掃除機を掛けてゆく。

実に慣れたものだ。

シャーロックは埃から身を守るように長いソファの上で身を縮めて丸くなっていた。

それがどんな主張であるにせよ、はふて寝する子供のようだと思った。

掃除機特有の轟音が鳴り止むと、シャーロックはちらりと背後を確認し、

敵が去ったことに安堵するかのごとく大きく伸びをすると、

そのまま身体を仰向けに変えて天井を仰いだ。

だが相変わらず生気は下火だ。


「掃除機が苦手なのね」

「ああ、大嫌いだ。うるさい。でかい。邪魔だ。忌々しくて仕方がない」


エプロンを外した彼女が、先ほどと逆の順序で纏めていた髪を下ろし、

手櫛で髪を梳かすと、今度は清潔感のある甘いシロップのような香りが鼻腔を刺激した。

シャーロックはそんなの香りを、やはり只々怖ろしいと思った。


「……くそう」

「?」

「いや。何も」


マントルピースの上に飾られた鏡で今一度化粧と髪型を確認すると、

コートを羽織って……そこでふと思い出す。

おもむろに机の上の小箱へ手を伸ばし、ニコチンパッチを1枚取り出せば、

視界の端でそれを見ていたシャーロックの左手が差し出される。

はこれにも慣れた様子で、シャツの袖をめくり

不健康に白い下腕の内側にニコチンパッチを貼り直してやった。

シャーロックにしてみれば、こうして彼女の触れた部分だけが妙に熱を持つのが

いつだって気に入らないのだが――だからといって不愉快とも判別しにくい。

はキャメル色のバッグを肩に掛けると、その妙に綺麗な顔に微笑みを浮かべ

「いってきます」と言ってシャーロックの頬にキスをした。

窓の外から聞こえるドアの開閉の音を遠巻きに聞きながら、

あっという間に居なくなった家政婦のことを思ってシャーロックは叫んだ。


「これだから平和は嫌いなんだ!」
















午後の授業を全て終えたが校門を出た瞬間、

異変に気付き思わず目を疑った。

門前に止まっている一台のタクシー。

その中にはつまらなそうな顔をしたシャーロック乗っていた。

思わず駆け寄ると、シャーロックは首を傾げ、乗るように指示をした。

が乗り込むとタクシーは予め行き先を決めていたかのように動き出す。

シャーロックの手には実に不似合い極まりない、綺麗な花束が持たれている。

彼女の疑問が口を吐く前に、シャーロックが先手を打つように話しだした。


「ジョンはサラと一緒だから夕飯はいらないだろう」


その瞬間の携帯がピリリと鳴る。

受信ボックスには「夕食はいらなくなりました」と簡潔に書かれたメールが一通。

ジョンからだった。シャーロックは雄弁に続ける。


「僕だけのために君が夕飯を作る必要もないだろう。だから店を予約した」

「一人分?」

「そんな訳あるか。二人分だよ。

 予約した19時まであと2時間以上あるから――“君の用事”も済むだろう」


彼はと一度も目を合わさずにそう言ったのだが、

彼女が自分の方を熱心に見つめていることにはしっかりと気づいていた。

もちろん今、がどんなに泣き出しそうな顔をしているかも――。

はシャーロックの横顔から目を逸らすと、彼と同じように窓の外を眺めた。

ぼんやりと過ぎてゆく光の洪水を見て、はやはり冬が好きだなと思った。


「…いつから気づいていたの?」


――誰にも言ったことなどないはずなのに。

の母親は彼女が14歳の時に亡くなった。事故だった。

父親は英国でもトップのシェア率を誇る貿易会社を継いだ。

海外出張が多いから、は父親に愛されながらも、

いつしか1人の立派な大人のように生きなくては立ち行かなかった。

そして昨年、父親は再婚。

継母には7歳の連れ子が居て、にもそれはよく懐いたが、

新しい家族の中に自分の居場所は見つけられなかった。

大学進学を理由に家を出て、

はようやく数年ぶりに自分らしさを取り戻せたような気がしていた。

――と、ここまではおそらくハドソン夫人が吹聴したものと思われる。

だがしかし、が腑に落ちないのは

シャーロックの言った“君の用事”という部分に関してだった。

言ってしまえばこれは週に1、2回続けている母親の墓参りのことなのだが、

これに関してはハドソン夫人には墓参りをしていることすら伝えていないし、

行く曜日も決めていない。


、簡単なことだ。

 君の目が赤い日は、必ずヒールには柔らかい土が付いている」

「辛いことがあって公園で泣いていただけかもしれないわ?」


シャーロックは愉快しそうに笑うと、

ようやくを見つめてはっきりと言った。


「だとしても、僕の推理は当たっていただろう?

 ――ここ3日はずっと雨が降っていたから、

 君がもしその靴で墓参りに行くとしたら今日だ」


はシャーロックの澄み切った瞳を見つめながら、

哀しそうに微笑んで、口をつぐんだ。







に付き添うようにして、2人は日没間際の静寂に包まれた墓地を歩いた。

信じられないことに彼はまるで墓石の下で死の眠りを営む

彼女の母親を労るような仕草で、手に持っていた花束をそっと石碑の前に置いた。

母親の死から7年が経つ。

その事実を嫌というほど受け止めているからこそ、

はここへ来ると唯一無二の母に甘えたい気持ちになるのだった。

熱を持った涙が自然と溢れ、柔らかな頬を落ちてゆく。

奇妙なものでも観察するように、シャーロックはの横顔を見つめていた。

だからが自分の胸に縋り付いてきた時、

咄嗟に何が起こったのか全く理解できなかった。

だがしかし――この腕は実に反射的に、を抱きしめていた。

力が入りすぎているかもしれない。

突き放すわけにもいかないから、拘束を緩めてやる。

これは自分にとって一体どういう意味を持つ行為なんだ――。

めまぐるしい葛藤と疑問が彼の頭を駆け巡り、期待と恐怖で心拍数も上昇してゆく。

だが腕の中に収まるの肩が小さく震えているうちは、

この行為を止めたくない――とは思った。
















シャーロックが予約したその店は

メイフェア地区の一等地にある最高級レストランだった。

あまりにも予想外の出来事に、先ほどまでの厳かな気持ちもどこへやら。

は入り口に佇み顔をしかめる。


「……もっとちゃんとした格好をして来れば良かった」

「君も僕も普段からフォーマルなものを好んで着ているから問題はない」

「なんでこんな店予約したの」


シャーロックは眉間に深く皺を刻み、訝しげに首を傾げる。


「おかしいな……もっと喜ぶものだと思ったんだが」


はシャーロックの顔を睨み返したが、それももう限界だった。

満面の笑みを湛えると、恥ずかしそうに首を振った。


「私の負け。とっても素敵よ。すごく嬉しい。夢みたい」


こういう店に入った時、男は自然とエスコートを買って出るものだが、

やんわりと腕を曲げたシャーロックの仕草があまりにも優雅で、

は彼の腕に身を任せながら、育ちの良さを感じずにはいられなかった。

テーブルに着くや否や、マネージャーらしき紳士が恭しくもてなしの言葉を述べ

「手厚く持て成すよう賜っております。何なりとお申し付け下さい」

と言って頭を垂れた。

呆気に取られているのために、シャーロックの注釈が入る。


「以前ここのオーナーと娘を助けてやった。

 ロンドンでも有数の大地主たちが絡んだ事件だった。

 ――が、長くなるから大まかな事は省く。

 ようは僕のおかげで、彼らはこの店を失わずに済んだわけだ」

「じゃあ…もうここへは何度も?」


シャーロックは目を逸らして、読み取れない表情をした。


「…人を連れて来たのは初めてだ」

「…友達が、」

「ああいないからな。

 連れが骸骨だって構いやしないが、ここはどう考えたって男と来る店じゃない」


しばし見つめ合って、弾かれたように笑い出す。

美味しい食事にワインも少々。

にとって、本当に素晴らしい一時だった。

店を出る時、シャーロックはクロークから返されたコートをに着せてやった。


「ねえシャーロックどうしちゃったの?なんで今日はこんなに気が利くの?」

「さあね。答えはそのうち解るんじゃないか?」


――どうも何かを企んでいる。

態度からして良からぬ事という訳ではなさそうだが、

あとから請求書を叩きつけられるのだけは勘弁願いたい。もちろん冗談だ。

店の前に着けているタクシーに足早に乗り込む。

今宵の素敵なディナーのせいだろう、

色づく街のネオンがまるで宝石みたいにキラキラと輝いて見えた。

2人の間に漂う空気は満ち足りて穏やかで、

ベイカー街で車を下りるまで一言も言葉を交わさなかった。

だが時折互いの横顔を盗み見ては、目線が交わらぬよう再び景色を追うのだった。







「上で紅茶を飲んでもいい?」


玄関先で別れることも出来たが、

はもう少しだけシャーロックの側に居たいと感じたから、

自分の部屋へ戻ることはしなかった。


「ご自由に」


許可も出たことだ。昼間そうしたのと同じように、

はコートを脱ぎ椅子へ置こうと――したが、

ちょっとした違和感を感じてコートのポケットに手を入れる。

小さくて固いそれは彼女の掌にすっぽりと収まるサイズで、

は訳もわからず恐る恐るそれを取り出した。

――それは小さくて、綺麗で、リボンの掛かった――プレゼントだった。

同じようにコートを脱ぎながら、シャーロックはに背を向けたまま誇らしげに言った。


「どうだ僕の仕掛けたサプライズは。

 ちょっとあからさまだった事は認めよう。

 だが君も案外楽しんでいたようだし、僕としても…、

 ――っておい。どうした。。また泣いてるぞ」

「あの…っ、わた…わた、し、」


小箱の中身は小さな誕生石の着いたネックレスだった。

は溢れだす涙をブラウスの袖で必死に拭いながら、

濡れた声でなんとか言葉を絞り出そうと努めている。

どうにも見ていられなかった。

シャーロックはうんざりと盛大な溜息を吐くと、

呆れたように目を回して、両手を広げた。


「ほら、来い。

 ――僕がこうすれば君は泣き止むんだろう?」


帰る場所を見つけた子供のように、はシャーロックの胸に縋り付いた。

彼の腕が背を、肩を、抱きしめる。

落ち着く――だが心拍数は跳ね上がって、身体の内側をうるさく引っ掻いている。

呼吸を整えて、心からの言葉を伝えなくてはいけない。


「シャーロックは、あのレストランに人を連れて行ったの初めてって言ってたけど、

 私は、ママのお墓に誰かを連れて行ったの、初めてだった。

 それに、男の人とあんな風にディナーをしたのも初めてだったし、

 パパ以外の男性から、こうしてプレゼントを貰ったのも、初めて。

 ほんとに、ほんとに嬉しかった。

 なんて言葉で感謝を伝えたらいいかわからないくらい、

 ――あなたへの気持ちでいっぱいよ」

が泣こうが感謝しようが、今日あった事は事実だし、

 君が思い出として美化することは自由だが、

 事実以上のことは増えもしなければ消えもしない。

 その理由が僕の退屈凌ぎであったとしても、だ」


はくすくすと笑った。


「ええ。あなたの退屈凌ぎで十分。

 今はそんな言葉よりも事実の方がよっぽど素敵」


彼は拘束を緩め、の顔を恐る恐るのぞき込んだ。

自分のしでかした事実の本当の意味を悟り、自分自身で狼狽えていた。


「…男女の仲というのは本当におぞましいものだな」

「同感ね」

「愚かな幻想に過ぎん。自分に腹が立つよ」

「私もよ。あなたが生身の女に興味を持つなんて未だに信じられないわ」

「いや。興味はない」


シャーロックは断固とした口調でそう言い放つ。


「だが愛でることは出来る」


啄むように唇に触れる。離れたと思えば、今度は情熱的に塞がれる。

味をしめた――未知の感覚に能が痺れる。

甘く官能的な麻酔が体中に注がれる。

すべての細胞が相手を求めて暴れている。

己の欲望に自制が効かなくなる事を恐れたシャーロックは、

突き放すようにから身体を剥がした。

いきなりの事だったが、はそんな態度を咎めることはしなかった。

お互いに乱れた呼吸を整えることで精一杯だったが、

彼はソファに腰を下ろすと前かがみになり、指先を合わせて口元に充てた。


「……紅茶を淹れてくれ」

「……喜んで」


少しでも落ち着くようにとが無意識に選んだ茶葉はアールグレイだった。

気付け薬代わりには持って来いである。

おそらく絶対に食べないであろうビスケットも何枚かトレイに乗せる。

静まり返った部屋には食器が微かにぶつかり合う音のみが響いていた。

一定の距離を保つように、互いに一人がけのソファに座り、熱い紅茶を無言で啜る。

シャーロックは普段この時間なら絶対に口にしないビスケットを口に頬張ると、

煽るように紅茶を飲み干し、聞き取れないくらい小さな声で言った。



「…誕生日おめでとう」

































next


















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「興味がなくとも愛でることは出来る」とか言っちゃう

シャーロックがあまりにもきもかわいいもんだから、

ついつい走り書き…お粗末さまでした。

にしてもこのあとなかなか進展しなさそうな2人です。

20120721 呱々音