vingt-six





自分の本当に望む物を曝け出した時、その意図が相手に完璧に伝わる事はほぼ皆無だろう。

そういった類に関して何か特別な能力があるだとか…特殊な事例を除けば、だが。

しかし特別といっても、それはそんなに世で珍しい事でも無い。

何かお互いに共通する物が多ければ多い程、その確率は高くなる。

そう―…共通する物―…。

では。一方の相手がそれを無視し続けていたら?いつまでも気付かないふりをしていたら…?

本能の啓示に従う事を拒み続けていたら―…それはもう、

お互いの間に特別な事は起こらないという事になってしまう…。

…―そんなのは、嫌よ―

私はこの先を望んでいるのだ!

ああエリック…。貴方はどうして―…、どうしていつまでも―…、

「…解らないフリを…するのね」

黒い地下の世界には、緊張した空気と沈黙が張り詰めていた。

質問を浴びたエリックの表情は、思いもよらなかったと言わんばかりに強張り引き攣っている。

それはそうなのだ。

きっと彼は今日まで無理矢理にそれを在り得ない事と思い込み、否定しようと努めて来たのだから―…。

だから驚くほど真っ直ぐに彼を見つめている私の視線が、エリックを戸惑わせているのは事実だった。

でも…もう後戻りは出来ないのだから。

つい数秒前まで味わっていた甘美な口付けの先を、私は待っているのだ。

けれども…―もし彼に拒まれれば………―きっと私は悲しくて死んでしまう―…。

ギシギシと耳障りな音が聞こえる位に固まったエリックの顔は、真青だった。

そんな悲しい現実を直視出来なくなった私は、思わず目を伏せる。

するとそれを敏感に察知したエリックが、酷く苛立たしげに捲くし立てた。

「ッお前は…私に一体何を望んでいるんだ…ッ」

「―ッ」

嗚呼…、喉が痞える―…!

手負いの獣は巣穴へと逃げる―…、ふいに過ぎった言葉を理解する間も無く、

耐えられなくなった私は一刻も早くここから離れなくてはと勢い良く席を立った。

しかしエリックに物凄い力で腕を掴まれてしまう。

易々と逃がして貰えそうも無いのは…火を見るより明らかだった。

逃げ帰ることも、かと言って振り返る出来ずに私は小刻みに震えていた。

エリックはきっとそんな私の状態を敏感に感じ取ったのだろう。

とても信じられない位に色気を含んだ声が、背後から漏れて耳を熱くさせる。

「………――――どうなっても…知らないぞ、」

感じたことの無い感覚が、みるみる内に自分を支配していくような錯覚を起こす。

逃げる素振りを止めたのを目にすると、エリックはその上質な身体全てを完璧に使い、

私の肌の上をなぞるように背後から抱き締めた。

首筋の後ろに彼の唇が宛がわれ、そのまま耳元へ移動し、ぞっとする程甘美に囁く。

「………もう、戻れないな。…、」

彼はその声で私を支配する。

私の五感は彼に浸食されるのだ。

目を硬く閉ざし、耳から身体中に染み込んでいくその言葉に立ちくらみそうになる。

「……ねえ、エリック…―知ってた?」

「……何を…?」

「…………―私の肌に触れて良いのは―…貴方だけなの」

さぞ衝撃的な言葉を聞いたのだろう。

エリックは一瞬凍りつき、仮面の奥をゆらゆらと揺らしたが―…

もう私達の間には何の障害も躊躇いも存在してはいなかった。

拘束されたまま背後を振り向けば、食らい付くように唇を奪われ、返すように貪る。

吸い付き、なぞり、互いを味わう―…何度も、何度も。

―名残惜しそうに唇が離れる。

エリックはいとも簡単に私を抱きかかえると、今宵初めて闇の王の安息の個室へと私を運び入れた。

互いに見つめ合う視線が、くすぐったい様な気がした。

彼の寝台は美しい装飾で溢れ、豪華な赤いシーツが鮮やかに目に映り込む。

そのシーツに丁寧に身を沈められて、私は心の奥で何度も思い描いていた歓喜の瞬間に、

ようやく辿り着く事が出来るのだと知った。

吐く息も、瞳も、身体も全て―…エリックに触れられるのを唯々待ち望んでいた。

エリックがベットの縁に腰掛け、横たわる私を覗き込む。

「………、君は本当に―…」

「…―お願い。さっきの…続きを…、」

二人の未熟な恋人達の間に聳え立ってた理性ある障害は、最早崩壊したに等しいだろう。

私の口から熱っぽく漏れた願い事を聞き取ると、彼はすぐさま私の唇に噛み付き掛かり、

そして徐々に私の身体の上に、自らの体重を乗せていった。

情熱的な口付けとは裏腹に、繊細な壊れ物を気遣うような被さり方だった。

しかしその身体の下に私がすっぽり包み込まれると、女性だからといって

人間はそう易々と潰れないのだとようやく理解したようだった。

私は一生懸命に彼の首に腕を回し、呼吸するのも忘れて彼の唇を追う。

―今宵、私と彼はひとつとなれるのだ―

歓喜の涙が毀れ落ちるほど、私は彼を愛している。











T O P /  N E X T








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にぶちんな恋人達、頑張れ。

20080427 狐々音