vingt-quatre





私は、改めてエリックの美に対する執着…つまりはへの執着を目の当たりにした。

そこから取り除く事が出来ず、溢れ出る二人の深い繋がり―愛―は…

身の内から溢れ過ぎるあまり、まるで形としてはっきりとこの目に見える様だった。

信頼、尊敬、いいやそれ以上の―…そんな瞳でエリックを見つめる

そしてその瞳に、存在に、総てに夢中で恋をしているのかと思う程、愛しげにを見つめるエリック。

私は口の端を緩め、頃合いを見計らってひとつ提案をした。

「…、貴女さえ良ければ、稽古場でレッスンをしましょう。

 貴女は踊れる人なのに、ブランクがある様だから。ちゃんとレッスンすべきだわ」

思わず熱心にそう口にしていた。

自分ではもう随分落ち着いたつもりでいたが、矢張りあの興奮は

こんな短時間で覚める程度の物では無かったようだ。

それを聞いたエリックも、同意する様に続けた。

「…マダムが奨めてくれている」

「…ああエリック……、私…本当に、私、踊っても良いの?」

信じられないのだろう。

眉を垂らし、溢れる期待に胸を押さえる仕草がとても愛らしかった。

「…君さえ望めば、私は止める様な事はしないよ」

なんとも―…エリックの口から相手を容認する言葉が聞けた事に、私は内心驚いていた。

勿論、彼に優しい一面が少なからずある事も…解ってはいるのだが…。

だからといって、実際にそういう一面に遭遇する機会があるのかと聞かれたら、

それは接触が少ない分だけ、同じように滅多に無い出来事なのだ。

の絶対神は彼女からの信頼を、またひとつ得た様だ。

エリックは、今にも抱きつかんばかりのを尻目に、すっかり自分を取り戻し、

ひとつひとつの動きがとても優雅ないつもの彼が、そこに立っていた。

エリックは私達に背を向けると、殻の様に脱ぎ捨てられていた舞台上のドレスを拾いに戻った。

その美しいドレスを腕に掬い上げると、同じようにピアノの上の自分のマントと革手袋を手に取り、

軽やかにこちらに舞い戻ってきた。

「…さあ、風邪を引いてはいけない」

そう言って―彼の好みそうなデザインの―ドレスをに渡した。

は微笑みこくんと頷くと、素早くドレスを纏った。

私は頼まれるまでもなく、のドレスの背中を止めてやった。

すっかり平常と化したとエリックは、私の方を向くと、改めてお辞儀をした。

「ありがとうございました、マダム・ジリー。お稽古、とても楽しみにしておりますわ」

私はふっと自分の頬が綻ぶのが解った。

「私の方こそ…素敵な物を見せて頂いたわ、。ありがとう」

は面を上げて、にっこりと笑うと、再度ありがとうございますと言った。

エリックがに手を差し出し、このパリで一番深い巣窟に戻って行こうと誘う。

私は今夜の別れに、ひとつ付け足した。

「ああそれから…、私と居る時は…もっと楽になさい。

 そんなに改まっていては、疲れてしまうわよ?」

すくりと笑って見せれば、も同じように微笑み返し、ありがとう、と言った。

黒い影が、白く闇に浮かぶを匿うように包み込む。

確かに実態が在るのに―…幻の様な二人は、静かに闇に消えていった。





 * * *





一夜の華々しい奇跡が起こったステージの照明を完全に消し去ると、

私は自室に戻り、もう何度目かの溜息を吐いた。

…―興奮が冷め遣らぬせいだ―…。

ふとテーブルを見ると、客用のティーカップがふたつ、飲み掛けの紅茶は冷たくなっていた。

先刻幻の様に消えていった二人が、確かにこの部屋に来たという痕跡を見つめながら、

私の思考はもう自然ととのレッスンの事を考えていた。

(今思えば…私のトゥ・シューズを熱心に見ていたものね…)

私は教え子のバレリーナ達に抱く母心とは…また少し違った感情をに抱いていた。

そう…実の娘―メグ―の様な、どこか守ってやりたくなる愛しさ―…。

嗚呼…あの背中の痛々しい跡の事が気に掛かって仕方が無い…。

私はクロゼットを開け、古いが大切に取ってある品々を漁り、

若いバレリーナ時代に羽織っていたカシュクールを、引っ張り出した。

カシュクールを羽織っていれば、はあの傷を気にして踊らなくても済むだろう。

(エリックに頼んで…渡してもらいましょう…)

幼い子供のように、期待に胸を躍らせている自分が、可笑しかった。

寝具に着替え、シーツに沈む頃になっても…私の遭遇した、今宵の素晴らしいアリアは耳に残り、

美しいバレエは、網膜から消えることは無かった。











T O P /  N E X T








★::::★::::★::::★::::★

マダム・ジリー視点で。

エリックが好きそうなデザインとのマダムのご感想ですが、

夫婦(違)は似るって言うから、好みも似るんでしょうね。

カシュクールはボレロみたいな…レッスン着の事です。

なんかそろそろエリックの熱を爆発させてやりたい頃です。

しばらくはヒロインの壁が立ちはだかっていそうです。

20071202 狐々音