本が、好きだった。

私が物心付いた時には既に、随分と変わった―ある意味特殊な―環境に自分が生まれた事は容易に知れた。

もしかしたら当初の幼子にしては、人より少しだけ頭の回転や…理解が早かっただけかもしれない。

書斎、広間、居間、玄関―…家中に鎮座するそれたち。

父はよくそれらを「物言わぬ語り草」と呼び愉しそうに教えてくれた。

とにかく私の生まれた家は、古びた埃の香を帯る「物言わぬ語り草」に囲まれて居たのだ。

「物言わぬ語り草」―…俗に言う、本、という存在に対しての父なりの個人的な解釈だったのだと思う。























生家は所々が煉瓦作りだが、ほぼ木造の建物で、煉瓦以外の部分は大抵白いペンキで塗られていた。

屋敷と言うに相応しい家は、裏手に所謂サンルウム兼温室が添え建てられている。

西洋植物の世話が好きな母の為に、父がわざわざ増築させた物らしかった。

それはとても立派な物で、一寸した噴水などもあしらってあった。

しかし―…そもそも世間様から"屋敷"などと云う大層な呼ばれ方をする所以がまだ他にもあった。

父は、自分の敷地内に、私立の図書館を建てた人でもあったのだ。

母屋と隣接するその建物は、愛する本を収蔵するには理想的な構造で設計建築されていた。

日の光は最小限、かつ、湿気黴などとは一切無縁の環境。

計算された明り取りの窓からの限られた採光は、貸し借り用受付の机の上のみに降り注ぐ―…。

父はこの私設の図書館を『私立草園圖書館』と名付けた。

それは偉大なる要の「物言わぬ語り草」―本と、草花を愛する母への敬意を込めての命名だったらしい。

私が生まれたとき既に父は随分と歳を重ねていた。

父は歳の離れた愛妻に日頃から「良くを生んでくれた」と日本男児らしからぬ女性賛辞をしていた。

家に居るときは、書斎に篭るか本を片手に食堂に下りて来るか…或いは自ら図書館の整備をしている。

父は大変風変わりな人だった。

しかし父は幼い私が母を求めてよっぽど愚図ら無い限りは、目線を本に釘付けにしたまんま、

いつも私を傍に置き、本にまみれた敷地の中を連れて回った。

そこは私も私で好事家のひとり娘。

字面を追っているにも関わらず優しい声で楽しい話をしてくれる、父と本が大好きだった。

元々父の収集癖は趣味で、本業は医療・宗教研究者上がりの政治家だった。

しかし本人は何を勘違いしたか…いつの間にか政治家などは知識を与え議場を助けるお役目程度の物で、

それこそ本と家族と美味しい御飯を食べるための収入手段位にしか思っておらず、

父の趣味は本業を飲み込む形で、図書館まで造ってしまったのだった。

なんとも奇天烈で瘋癲な男性なのだ。

そんな御身分故、公務か私用かも解らぬ海外出張なども多く見受けられた。

…―傍目に見てそんな仕事ぶりを非難されないのが不思議なくらいだ。

もっと呆れたことに、母も私もそんな父を深く信用し慕っていたので、生活上何ら問題等はなかった。

何とも落ち着きの無い父も私が中学へ上がる頃には「ちょっと飽きてしまってね」と云って政治の職を離れた。

本国含め、世界各国の大学で―何の分野だかも皆目検討も付かないが―教鞭を執っている。

本の虫も其処まで辿り着けば随分と穏やかになった物で、曰く後世のために知識を与えてやりたいと云っていた。





さて、草園圖書館の書物は…思春期の少女を楽しませる本などは取り揃えてはいない。

案外早い時期から、私は自宅の図書館よりも公の図書館を利用する様になっていた。

そこには子供の読む本もあれば絵の綺麗な本も、空想物語も、翻訳された本も…沢山置いてあるからだ。

そうやって通うようになって解った事なのだが、どうやら私を取り囲み育んでくれた父の本達は、

相当特種な分野に秀でた…偏った文献が多かった様だった。

言語も疎らながら、一般の者が読み解ける本などでは到底無かったのだ。

私が育った其処も大変魅力的ではあったが…まあ子供が読む物では無いというのが普通常識論である。

促されるまでもなく、私は足しげく区立図書館へ通い―…唯夢中で文学に溺れた。

そして時同じくして、私は今春女学校へと進学した。

勉学に勤しんだ帰りは、家に帰るのと同じ様に当たり前の日課として図書館へと通い詰めるのだ。

可愛らしい友人達は「さんは御勉強熱心でいらっしゃるのね」と微笑むが、

これは単なる―…実父譲りの道楽だ。

本来、下校途中の寄り道などは以ての外である。

しかし図書館だけはその例に漏れ、お咎めなど及ばない貴重な存在だったのだ。

最初は彼女達も"寄り道"という一寸蠱惑的な響きに乗せられ、私の日課に付いて来たのだが、

最近では滅法連れも減り、幾ら文学が好きな少女たちも流石に毎日同じ場所へ通うのは理解し難い様だった。

かといってほんの一部差別的な目は有れど、別段悪い行いでも無いので友人達は気の向いた日は、

私の隣で微笑ましいお喋りをしに付いて来てくれたりもするのだ。

その様な時私は本を閉じ、ちゃんと彼女達の目をみてお喋りに興じる。

―いつも駅前で見かける殿方が居てね?
―背丈はどれくらい?
―何処の駅で降りられるのかしら。
―目が合って笑ったのよ。
―お幾つなのかしら。

そんな日も、私は大いに好きだった。

そしてお喋りの無い独り沈黙の日も…同じ様に、好きだった。

図書館に通い始めて―…私には密かに気に掛かる事が出来た。

それは…私の読む本読む本、閲覧カアドにいつも明記されている名前―…"中禅寺秋彦"

―ほぼ凡ての本と云っても構わないだろうか―

図書館に毎日来ていると、大抵は常連的に此処へ通う人間も覚えるのだが…果て、名前だけでは検討も付かない。

ましてやこの大きい図書館で、私と同じ時間帯に訪れる人物なのかも怪しいものだ。

その人の名前は、分野に偏らず、割と満遍なく書物の閲覧記録に綴られている。

"中禅寺秋彦"―…"中禅寺"……あまり見かけない名字、司書に聞けば大凡解るのだろうか。

頭の片隅に段々と見知らぬ人の名が気に掛かる―しかしそれはぼんやりとした興味に過ぎず、

日々視覚から流れ込んでくる新しい文字の羅列に寄って、ふと蘇ってはまた脳の片隅へと押し戻すのだった。













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お相手が出てこなくてごめんなさい。

草園圖書館(くさぞのとしょかん)とお読みくださいましね。

20080601 狐々音