は何故あの短刀を握りしめ、血溜まりに佇み泣いていたのか――。




問おうと思えば問う事も出来よう。

がしかし、そう事を急ぐまでも無いだろう。

たった一日で滅びの道を辿らされた末裔には、今はしばしの眠りが必要だ。

それが安息の眠りである保証は何処にも無いが、

少なくとも眠りの間は僅かばかりの回復が期待できよう。


「あれはもう休んだか」


廊下に蓼科の気配を感じ、風間は鰾膠も無く呟いた。

蓼科は深々と頭を垂れてから「はい」と続けた。


「随分とお疲れのご様子でしたので、床をご用意した処、お休み遊ばしました。

 ――湯浴びの際にも、特に目立ったお怪我は無いようでございました」

「そうか」


返事の変わりに蓼科が再度三つ指をつくと、風間の隣で勤めをしていた天霧が後を続けた。


姫も休まれたのです。貴方様もどうか少しお休み下され。

 蓼科殿――頭領にも床の支度を」

「かしこまりました」


風間はあからさまに嫌そうな表情を作ったが、この程度で天霧は怯まないのもまた事実。

観念して深く息を吐く。


「……全く――面倒で敵わんな。

 天霧よ――何かあればすぐ起こせ。善いな」

「は」


真っすぐ寝室へ向かうつもりだったのだが…

途中、に充てがってやった部屋の前を通ったので、

昨夜からの一連の悲劇を思い返せば、どうにも少女の様子が気になって――。

彼は静かに襖をずらした。

天日の恩恵でふっくらと干された布団に包まれ、一定の寝息が微かに耳をくすぐる。

誘われるように近づき、そっと顔を覗き込む。

――良く寝ている――が、やはり少し泣いたか。

まなじりには微かに雫が溜まっている。

風間は無意識に手を伸ばしていた。

彼の冷たい指が少女の柔らかな肌に触れると、は身を捩り、薄らと瞼を持ち上げた。

当然ながら少女は咄嗟の出来事に驚いていた。

しばしの間、身を強張らせ、風間の瞳を凝と覗き込む――。

だが少女が次に見せた表情は、何故だか安堵の顔だった。

風間は呆れたように短く息を吐くと、囁くように忠告した。


「…――仮にも男が寝込みに立っているというのに、安堵などして見せる馬鹿が在るか」


諒解っているのかいないのか――こちらに疾しい気持ちが無い事を察しているようだ。

は小さく頷くと、白く小さな手を布団から伸ばし――風間の着物をそっと握った。

風間がたしなめる間も無く、は安堵に包まれたまま、再び眠りの縁に意識を手放す。

先刻まで赤黒かった少女の手は、こんなにも白かったのか――。

彼はぼんやりとそんな事を思った。
















一刻程しても主が床に現れぬのを怪訝に思い、蓼科はぱたぱたと廊下を走る。

すると先刻確かに閉めたはずのの部屋の襖が、微かに開いているではないか。

不審に思って中を覗き込めば――嗚呼。

蓼科は困ったように、だが母親のような顔で小さく笑うと、呆れて首を振った。

春の心地よい木漏れ日と、緑を含んだ風に、風間との髪が柔らかく揺れている。

二人は――風間は、やはりそれでも疲れていたのだ。

きちんと布団に埋まるの隣で、風間は身を横たえ寝息を立てていた。

子でもあやすようにして眠ってしまったのだろう。


「困った御当主様ですこと」


蓼科は布団を運び、そっと風間の肩に掛けてやった。

眠た気に目を閉じたまま、風間は虚ろに口を開く。


「……仕方なかろう――着物を掴まれた…まさか意識を手放すとはな…不覚だった」

「お脱ぎ遊ばしますか」

「もう善い――…このまま…寝かせろ…」

「…お休みなさいませ」


善い風が通るように――蓼科は両の襖を微かに開けると、

鬼長と姫御前に頭を垂れ、部屋を後にした。
















夕餉時になると、風間はふいに目を覚ました。

――日が沈んだか。

そう思うと同時に、夜の空気がひやりと頬を撫ぜた。

の手はまだ風間の着物を握っている。

月明かりが差し込み、少女の寝顔を神秘的に照らし出す。

長い睫毛が星のように煌めいて見えた。

それから半刻もせず、蓼科の足音が近づいて来た。


「――お目覚めですか」

「嗚呼――これはまだ眠っているがな」


蓼科の手には粥と漬け物、煮魚などが載った盆が持たれている。


「お可哀想ですが、わたくしが起こして差し上げましょう。

 お休みも大切ですが、なにか食べて頂きませんと」


蓼科に優しく名を呼ばれ、は薄らと意識を取り戻す。

慎ましくも確りと握っていた己の手を視て、慌てて手を放して身を起こした。

は己の愚かな振る舞いに狼狽して、声無く喘いで見せる。


「謝辞などいらん。

 代わりと言っては何だが――俺が此処で惰眠を貪った咎めは言ってくれるなよ」


意地の悪い笑みを残すと、なんの執着も見せず、風間はの部屋を後にした。






















 /  表題 / 


















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ちょっと短めですが、大切なお話なので。

20111020 呱々音