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は何故あの短刀を握りしめ、血溜まりに佇み泣いていたのか――。
がしかし、そう事を急ぐまでも無いだろう。 たった一日で滅びの道を辿らされた末裔には、今はしばしの眠りが必要だ。 それが安息の眠りである保証は何処にも無いが、 少なくとも眠りの間は僅かばかりの回復が期待できよう。
蓼科は深々と頭を垂れてから「はい」と続けた。
――湯浴びの際にも、特に目立ったお怪我は無いようでございました」 「そうか」
蓼科殿――頭領にも床の支度を」 「かしこまりました」
観念して深く息を吐く。
天霧よ――何かあればすぐ起こせ。善いな」 「は」
途中、に充てがってやった部屋の前を通ったので、 昨夜からの一連の悲劇を思い返せば、どうにも少女の様子が気になって――。 彼は静かに襖をずらした。 天日の恩恵でふっくらと干された布団に包まれ、一定の寝息が微かに耳をくすぐる。 誘われるように近づき、そっと顔を覗き込む。 ――良く寝ている――が、やはり少し泣いたか。 まなじりには微かに雫が溜まっている。 風間は無意識に手を伸ばしていた。 彼の冷たい指が少女の柔らかな肌に触れると、は身を捩り、薄らと瞼を持ち上げた。 当然ながら少女は咄嗟の出来事に驚いていた。 しばしの間、身を強張らせ、風間の瞳を凝と覗き込む――。 だが少女が次に見せた表情は、何故だか安堵の顔だった。 風間は呆れたように短く息を吐くと、囁くように忠告した。
は小さく頷くと、白く小さな手を布団から伸ばし――風間の着物をそっと握った。 風間がたしなめる間も無く、は安堵に包まれたまま、再び眠りの縁に意識を手放す。 先刻まで赤黒かった少女の手は、こんなにも白かったのか――。 彼はぼんやりとそんな事を思った。
すると先刻確かに閉めたはずのの部屋の襖が、微かに開いているではないか。 不審に思って中を覗き込めば――嗚呼。 蓼科は困ったように、だが母親のような顔で小さく笑うと、呆れて首を振った。 春の心地よい木漏れ日と、緑を含んだ風に、風間との髪が柔らかく揺れている。 二人は――風間は、やはりそれでも疲れていたのだ。 きちんと布団に埋まるの隣で、風間は身を横たえ寝息を立てていた。 子でもあやすようにして眠ってしまったのだろう。
眠た気に目を閉じたまま、風間は虚ろに口を開く。
「お脱ぎ遊ばしますか」 「もう善い――…このまま…寝かせろ…」 「…お休みなさいませ」
鬼長と姫御前に頭を垂れ、部屋を後にした。
――日が沈んだか。 そう思うと同時に、夜の空気がひやりと頬を撫ぜた。 の手はまだ風間の着物を握っている。 月明かりが差し込み、少女の寝顔を神秘的に照らし出す。 長い睫毛が星のように煌めいて見えた。 それから半刻もせず、蓼科の足音が近づいて来た。
「嗚呼――これはまだ眠っているがな」
お休みも大切ですが、なにか食べて頂きませんと」
慎ましくも確りと握っていた己の手を視て、慌てて手を放して身を起こした。 は己の愚かな振る舞いに狼狽して、声無く喘いで見せる。
代わりと言っては何だが――俺が此処で惰眠を貪った咎めは言ってくれるなよ」
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ちょっと短めですが、大切なお話なので。
20111020 呱々音