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隠れ里に住まうは古より続く鬼が一族――。 少数ではあれど、彼ら家は立派な血を持った一族であった。 風間宗家と袂を分かつ形だったにせよ、それは殊静かで穏便な別離だったと聞く。 人目に付かず、ただひっそりと暮らしていけるよう、 家は一族親戚を伴い隠れ里へ隠居した。 平素、人の往来は無いのだが、それでも宗家と分家の近況の文などは細々と続いている。 近年は風間の家老と言うべき天霧がその責務を負っている。 風間千景が若くして風間家頭領となった折に一度だけ、 隠れ里の長が共と末娘を連れて、祝辞を述べに来た事があった。 後にも先にも、風間がの家の者と謁見を果たしたのはこの時一度限りである。 には四人の子息があると言う事は聞き及んでいたが、 最後と思って生んだ末の稚児こそ、念願の女鬼だったらしい。 里長は「娘の【 】でございます。ようやく授かった女鬼。 大切に育てて参ります」と丁重に頭を下げる。 その後ろにちんまりと座るまだまだ小さき女鬼は、 父に倣う形で三つ指をついて、深々と頭を垂れて見せた。 素直に零れ落ちる色素の薄い柔らかな髪が、差し込む陽の光を受けてちらちらと光る。 畏れ多いと思っているのか、はたまた小心からか。 娘は決して風間の目を視なかった。 長い睫毛に縁取られた瑠璃色の大きな瞳は、 ただうっとりと伏せられ、彼の着物の襟を見つめている。 風間は何故か無償にそれがもどかしくてならなかった事を思い出した。 自分が知る限りでも――否、おそらく歴代の女鬼にも勝るか――、あれは一際目を惹く。 今思い出してみても、当時まだ片手で足りる程の齢だと言うのに… 恐ろしい程の美貌であった。 あの娘の名は確か――。
少しばかり昔の事を思い出していただけだ」 「左様でございますか」 「――もう善い。用件を申せ」
「何」
家の隠れ里――獣すら迷い込まぬあの里には、豊かな銀資源が眠っている。 それは里が里として機能していくためのささやかな収入源だった。 決して枯渇させる事なく、これより何代先までも無事受け継がれるよう土地が与え賜うた銀の恩恵。 ――見当も付かぬが、薩摩の人間はおそらくそれを嗅ぎ付けたのだろう。 奴らは人間の中でも一際血気盛んで、戦に必要とあらばどんな手段をも厭わぬ輩。 それはこの風間が一番良く諒解っている。 かつて風間家は、薩摩に匿われて一族の血共々生き長らえたという恩義がある故に、 鬼でありながら薩摩と協力関係を結んでいる。 家が例え風間の分家だとしても、 風間としては恩を仇で返す訳にもいかぬ――。 全て承知した上で、それを利用すれば好機とばかりに隠れ里を潰そうと考えたのだろう。 ――なるほどいかにも浅ましく、私利私欲にまみれた人間らしい愚かな発想だ。
「当然だ。俺が自ら歯向かっては、風間の名に不名誉な瑕がつく」
貴様が付き従っては気紛れな道楽も興を削ぐ。 これはあくまで俺の個人的な道楽――、 風間家の頭領として赴くわけでは無いのだからな」
彼とて心のどこかで風間が隠れ里へ向かう事を望んでいた。
「下がるが善い」
険しい獣道も、苦とは思わぬ。 確かに鬼の肉体は強靭だ――だがそれでも心の臓に刃を立てられれば、死ぬ。 何の備えもしていないとは言わぬが、先の平和な隠れ里に住まう鬼は限られた少数の者たちである。 腕の立つ薩摩の攻撃を受ければ、あっという間に里は陥落するだろう。 戦う事を拒む鬼を、薩摩がわざわざ生かしておくとも考えにくい――。 むしろ残党など出そうものなら真相が風間の耳に届く事となる。 おそらく――皆、殺されるだろう。 互いに干渉しあう事を断った分家の災難とは言え、やはり気に入らない。 舌を打ち、風間の足は一層速度を増した。
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天霧にこっぴどく「いいかげんに嫁探しに本腰入れろ」
と言われ続けている最中のお話。
それでは風間千景で始めさせて頂きます。
拙い夢ではありますが、しばしお付き合い下さいませ。
20111020 呱々音