「丑嶋くん、本当はもうちょっと隠しておきたかったんじゃないかな」


が化粧室に立った隙に、戊亥がフォローを入れる。

柄崎の面倒くさい酒に巻き込まれながら、

高田もその言葉で何かを察したようだった。


「やっぱり…守るためですよね」

「……女ってのは、弱味になるからな…」


柄崎がぼそりと呟く。


「クソォ…だから余計にショックなんだよ。

 俺たちのこと、もうちょっと信用してくれたっていいじゃねェか…」

「だから今日呼ばれたんだと思うよ」


がハンカチで手を拭きながら戻って来た。


「どういう意味だよ」

「だからね。

 かおちゃんなら、一生隠しておくことだって出来ただろうってこと」

「なるほど…」


高田にはなぜかスッと納得がいった。


「っていうかさっきの“あの一言”ってなンすかぁ〜。

 さんが駄目なら柄崎さん教えてくださィよォ〜」


マサルは譲らない。

は諦めたように眉間を押さえた。

柄崎はやけくそだと言わんばかりに開き直った調子で声を張り上げる。


「中学3年の時よ!に向かって社長が言ったんだわ!

 “料理上手くなって出直してこい!”ってな!」

「ちげェよバカ!

 “料理上手くなったら嫁にもらってやるよ”だろォが!」


逆に一字一句違わず記憶力を披露した加納に、は感心してしまった。


「なンすかそれェエ〜〜〜!本当に丑嶋社長が!?言ったんすか!?」

「なんで全部覚えてるの、加納」

「あれは男心に響いた」


恥ずかしいなんてもんじゃない。


「で?さんいつ嫁にいくンすか」


マサルがニヤニヤと身を乗り出す。

加納と高田がマサルの頭を叩く。

はそれを見て笑った。

丑嶋がに嘘をつくとは思えない。

だが。

少年の他愛も無い一言をアテにするほど子供ではない。

裏と表の人間が身を固めるというのは、とんでもない大博打だ。


「とにかく…かおちゃんのその言葉に、私は救われたんだよね。

 両親と妹が事故で亡くなってさ、頭の中真っ白。

 なにか拠り所がないと、こいつ駄目になるって…

 かおちゃんには解ってたんだと思う」

さん…」


マサルを責める気には全くならなかった。

問題は柄崎のうんこ野郎である。


「ホラね!?だからこの話したくないンだよ柄崎お前ってやつは!」


丑嶋姐さんよろしく、に「責任取って飲め!」と出された芋焼酎を、

シャイ!だのヘイ!だの、謎の気合いと共に一気に飲み下した柄崎の表情は、

どこか切なそうに見えた。





   ・ ・ ・



翌日の昼、初めてカウカウファイナンスに寄った。

今までは「絶対に来るな」と言う暗黙のルールがあった。

それが昨日、飲み会から帰って面と向かって聞いてみたら、

丑嶋は「まあ良いんじゃね」と緩い返事を返して来たのだった。

であれば。

一度見ておくのもいいんじゃないか、とは心を決めた。

もちろんただの客として来ました…という体だろうけれど。

昨日同席しなかった小百合が、まるで客のように丁寧に中に紹介してくれたものだから、

はほんのちょっとスパイのような気分になった。


「小百合、社長の彼女だぞそいつ」

「え!」


さゆりの表情がパッと華やいだ。


「さゆりさん、はじめまして。“柄崎さんの幼馴染み”のです」


柄崎が舌打ちをしたのが聞こえたが、二日酔いなのか全くキレがない。


「皆さん、昨夜はお世話になりました。

 お昼なんで、皆さんにお弁当作ってきましたよ」


が大きな袋を掲げて丑嶋を見つめる。


「っし。飯にすっぞ」


丑嶋が承知したので、テーブルの上に広げてゆく。

乗らない物もあったので、予備の折り畳み机も出した。


さんすーーーーげーーーーー!」

「マサル、耳元で叫ばない!」


高田が紙皿と割箸を配る。

ところ狭しと並べられた色とりどりの料理は、コース料理顔負けの味ながら、

洋食和食とどちらも食べやすい物ばかりだった。


「ンーーーマーーーーーー!!!」

「マサル静かに食えコラぁ!頭に響くンだよ!」


あたた…と顔を青くする柄崎も、おにぎりを齧ることにしたようだ。


さん、これめちゃくちゃ美味しいです」

「高田さんって紳士ですよね。

 物腰柔らかいっていうか、女性が安心する感じ」


マサルが口いっぱいに頬張った唐揚げをごくりと飲み干して笑う。


「高田さんは元ホストなンすよ」


は笑いながら、紙皿に適当に盛りつけて、丑嶋に渡した。


「はい、かおちゃんの」

「おう」


(チクショウ…)

柄崎は心の中で悪態を吐く。

二日酔いで、頭の中では煩いマサルの声がこだまするし、ズキズキ痛みが走る。

そんな柄崎でさえ、塩の利いた握り飯を食むと、美味い…と思った。

が料理を広げた瞬間、すぐに気付いた。

丑嶋の好物の隣には、ちゃんと加納や柄崎の好物も入れられていた。

(優しいところは何年経っても変わらねェンだな…)

静かに箸を伸ばして、今度は口いっぱいに好物を押し込んだ。

懐かしい味がした。












屋上の柵に寄りかかりながら、アイスコーヒーを飲む。


「ねえ。かおちゃん」

「あ?」

「私に告白って、してくれたんだっけ」

「したろーが」

「全然覚えてないンだわ」

「うーたん」

「うーたん?」

「見せたろ」

「え?なにそれ婚約指輪的な?」


丑嶋は一服吐き出しながら、遠くの景色を見つめていた。


「うーたんを人に見せたのは、が初めてだ」


笑っていたの鼻の奥が、つん、と痛んだ。

丑嶋が大好きだった母親の形見。

うーたんと名付けたウサギは、まだ母親が生きていた、

丑嶋の一番幸せだった頃の思い出の象徴なのだ。

丑嶋は初代うーたんを番いにし、子孫をどんどん増やして、

どの子にも惜しみない愛情を注いでいることを。

は知っていた。

それだけが、丑嶋と亡き母親を繋ぐ、唯一の絆なのだ。


「……私、午後は深大寺に御墓参りに行ってくるよ」


は大きく伸びをすると、アイスコーヒーを飲みながら、出口に向かって歩き出した。



良く通る声、好きな声。

肩越しに振り返る。丑嶋はこちらを見ない。


「ありがとな」


は微笑んで、事務所を後にした。













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深大寺の動物霊園のことですね。

20151118 呱々音