中学3年生の冬の初めに、両親と妹が亡くなった。

交通事故だった。

面倒見の良い伯母が、を引き取ってくれたのは幸いだった。

母に似て、明るく、物をハッキリという女性だった。

伯母はに、公立の中でも偏差値の高い高校を提案した。

「何事にも挑戦する姿勢が大切」というのが伯母の口癖だった。

伯母はそこそこ名の通った日本画家だった。

このご時世、絵で食べて行けるのだから、それは大した物だった。

はそこで、改めて美術というものに触れた。

伯母と2人きりで暮らしていく上で、それは生活の一部だった。

が学費の高い美術大学に通えたのは、

初孫が生まれたと同時に祖父が始めた学資保険のおかげだった。

だがそこに甘えないのがの強みだった。

死ぬ気で勉強して、特待生として入学した。

新宿に出れば、いつでも丑嶋に会えた。

伯母は丑嶋のことを「面白い子」と言ってよく話を聞きたがる。

闇金を始めた危ない子という説明をしても、そんな風に返すのだから、

やはり個性的な人間同士は、選択したものが違うだけで

根本的には似ているのかもしれない、とは思った。

数年前に丑嶋に言われた“一言”の効果もあって、

本格的な料理に取り組むことも増えた。

洋食は伯母に、和食は祖母に教わって、あとは自己流だったが、

たまに丑嶋の家に行って、一緒に手料理を食べた。

学費の生前贈与と称して祖父から更に頼もしい援助を受けたは、

すぐに留学することを決めた。

伯母はの背中を押してくれた。

そうなって欲しいとどこかで望んでいたようだった。

年に一度は必ず海外旅行に連れて行ってくれたのは、

が広い世界に興味を持つようにと願いを込めてのことだったのだろう。

この頃ようやく一線を越え、丑嶋と結ばれた。

誰かと身体の関係を持ったこと自体、もちろんは初めてだった。

――以来、日本と海外を行ったり来たりする人生が続いている。

習慣というか、肉体の一部にそのサイクルが埋め込まれてしまったのだろう。

丑嶋が正式に事業として会社を起こしたとき、改めて忠告された。


「俺と関わるってことは、地獄を見るってことだ。

 なるべくお前はそうやって、世界を飛び回ってた方が安全だ」


半月行って、半月帰って。

不定期な時もあるし、長くかかる場合もある。

ある程度してから、気付いたことがある。

丑嶋は一度だけ、の母親の料理を「母さんの味に似てる」と言ったことがあった。

の母親はそれ以来「週に一度、食べにいらっしゃい」と丑嶋を持て成した。

もその頃からちょっとずつ台所を手伝うようになっていた。

もっと早く気付くべきだった。

丑嶋はある意味、2度も母親を亡くしてしまったのかもしれない。

きっと辛かっただろう。

今でも丑嶋とは柄崎のおばさんが大好きだ。

戊亥のおばさんも。

まるで我が子のように、迎え、可愛がってくれる。

同情なんかじゃない。

それが解る強さを、丑嶋との母親たちは植え付けてくれたのだ。

だから2人は惹かれ合うのかもしれない。

とても似たモノを持っているのに、互いに全く違う世界に生きている。

仮面を着け、武装して、社会を生きる。

それを取り外す安息の場所が相手の腕に中ならば、

人生は何も間違った方向には行かないとは思う。




初めてカウカウファイナンスの人たちと晩酌をしてから、何度かフライトを熟し、

クリスマスは過ぎたが、年末ギリギリには帰国した。

忘年会に合流しろと言われていた。

丑嶋が珍しく空港に迎えに来ていた。

こういう《恋人のような》一面を見せられると、何度でも恋してしまう想いがする。

車の中ではほとんど言葉を交わさなかった。

話したいことはいくらでもあるが、丑嶋が運転をする姿を見たり、

外の音に耳を傾けたり、窓の外を眺めて、今自分が“どこ”に居るのか実感するのが好きだ。

丑嶋の愛車ハマーH2がは大好きだった。

四角くてごつい車が好きなのを知っていたのか、あるいは好みが似てくるのか…。

がメルセデスGクラスを買いたいのだと言う度、意外と食いついてくれる。

(仮に買ったとしても、どうせ留守中に乗ってもらうことになるのだし)

荷物は基本的に空港から送ってしまうのだが、迎えが来たこともあり助かった。

重たいスーツケースを易々と持ち上げて運ぶ丑嶋を見るのも好きだ。

はスーツケースを丑嶋に任せて、郵便受けに向かった。

案の定、手紙がたくさん来ている。

持って来た紙袋に適当に入れてゆく。

不要なダイレクトメール用のゴミ箱は設置してあるが、

は必ず自宅でシュレッダーにかけてから棄てる。

何の気なしに、気になる一通が目に留まった。

よく知っている字だった。

住所も切手も貼っていない。

の胸は高鳴った。

ちょっと過ぎてしまったが、丑嶋からのクリスマスカードだった。

可愛らしいカードの小さなスペースに、

一言「おかえり。」と書いてあった。

は思わず微笑んだ。

エレベーターに飛び乗って、自宅のフロアで降りてから、1フロア分を駆け上る。

丑嶋の背中に飛びついて、猫のように甘える。


「家に着くまで馨の好きなとこ探すゲームしてたんだけどね、

 いっぱい有りすぎてよくわかんなくなっちゃった」


丑嶋は「フーン」と鼻を鳴らした。

の手にクリスマスカードがしっかりと握られていたので、丑嶋は口の端を上げた。


「俺もしてたわ」


腕が伸びて来たかと思えば、いとも簡単に丑嶋に抱えられ、は首に抱きついた。


「大好き大好きだーいすきだよ、馨」


応えるように、ぎゅう、と力強く抱きしめられる。

息も出来ないくらい、きつく。


「――タクシー来るまで10分ある」


返事の代わりに頬にキスを落としてやれば、また再び、言葉は必要なくなるから。













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丑嶋の基準は母さんって気がします。
と関係を持ったのが割と成長してからっていうのも、
母親が丑嶋を妊娠した年齢、とか。なんか。そんなイメージで。

20151118 呱々音