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「知り合ったのは小学校だろ」 「私は覚えてないけどね…。 かおちゃんは小学校時代の私のこと覚えてる?」 「言わねェ」
人から「いつから料理を始めたの?」と聞かれることは、 にとっては誇らしさと同時に少しの悲しみを孕んでいたから。
「」 「かーおちゃん」 「…」 「馨」 「」
「2人の時だけな」
ウサギ好きだし。まあそれは今は亡き母上の影響もあるのだろうけれど。
実は同じ小学校だったらしいが、クラスが一緒になったことはないから、 それこそほとんど記憶に無い。 丑嶋についてはっきりと確信を持って言えるのは、柄崎と同じく中学2年。 小6で引っ越した丑嶋が、またこの町に戻って来た時からだった。 あの日が抱いた印象は、取っ付きにくそうで、強面で、 鋭い目をした刺々しい空気を背負ってる奴だった。 丑嶋馨、転校初日、まさにその夕方のこと。 は部活を休んでこの2日ほど姿をくらませていた愛猫を探しに出た。 公園の茂みに頭を突っ込んで、必死に名前を呼んだ。
「そう、なると…」 「…猫?」
は慌ててポケットに突っ込んでいた写真を取り出した。
「見た。国道沿いでぺしゃんこになってた」
国道を走るのは主に流通の大きなトラックである。 きっと揶揄われただけかもしれないという期待とは裏腹に、 どんどん涙が視界をうつろな物にしていく。 喉の奥が咽せて詰まるほど必死に走った。 けれどもやっぱり、の猫はアスファルトの上で黒いせんべいみたいに潰れていた。 の足が前に出た瞬間、後ろ手をものすごい力で引かれた。
あれだけ告げてさっさと消えたかと思っていた。 だがしかし助けられた所を見ると、どうやら違ったようだ。 けたたましいクラクションが鳴らされているのに、はせんべい猫を求めて 猛スピードのトラックにおかまい無しにぶつかって行こうとしてたのだから。
よく見れば丑嶋の手には錆だらけのボロいスコップとゴミ袋が握られていた。 つまり一度家に荷物を放って来たらしい。 あの巨大トラック群の切れ間を抜け目無く読んで、実に手際よく 少年はせんべい猫をスコップで思い切りはぎ取ると、ゴミ袋でひっつかんで戻って来た。 差し出された袋はとても軽かった。
それにまたしても丑嶋はそんなを置いて、草むらを国道沿いに進んでゆく。 5分か10分か、もしかしたら1分ほどだったのかもしれない。 丑嶋はやや離れた所から戻って来ると、不自然に赤黒くそまった、 けれども確かに先ほど見せた、なるとが写真で着けていた水色の首輪をに差し出すと、 丑嶋はさっさと歩き出した。 は急に軽やかなゴミ袋の中身に答えを見つけ、 それを抱きしめわんわん泣いた。 泣きながら帰って、泣きながら庭に小さな穴を掘った。 なんで、なんで、なると。 いつもフラッと外へ出て、必ず帰ってくるなるとが。 ボス猫のおまえが、なんで。 ごめんね、なると、ごめんね、ごめんね。
夕方、クラスメイトの千佳子が宿題を持って来てくれた。 だがその直後、また玄関の呼鈴が鳴った。 両親は仕事だし、妹はピアノの稽古に行っている。 出てみればそこには丑嶋が立っていた。
どこかの花壇で手折ったであろうゼラニウムと、あとは雑草だった。 まだ土の乾かないなるとの墓に、丑嶋は手を合わせてくれた。 も倣って、一緒に手を合わせた。
「ゼラニウムだもん」
せめて茶でも出した方が良かろうと湯を湧かし始めたところへ母親が帰って来た。
なるとを助けてくれたんだってね…本当に、本当に、 もうなんて御礼を言ったらいいのか…丑嶋くん、どうもありがとう」 「助けてないです。見つけたとき死んでたし」
そこは一応咎められたが、それでもの母親はこの少年に心の底から感謝していた。 母親から夕飯を食べて行ってくれとせがまれ、さすがに丑嶋は折れてくれた。 人がわざわざ作ってくれた食事っていうものは、なんだって美味しいものだ。 味だけの話じゃない。 特にの母親の作ってくれた料理は、すごく沁みた。 亡くなった母の味に良く似ていたから。 美味しいですと言って食べる丑嶋に、母親はとても喜んで、 残り物までタッパーに詰めて持たせた。 の父親とは、ちょうど丑嶋が帰ろうと靴を履いているときに玄関でばったりかち合った。 年期の入ったツイードの少々野暮ったいジャケットを着ていたが、 優しそうな人だと丑嶋でさえ思った。
なるともも、君のおかげで救われました」
(――なると、お前、愛されてたんだな)
「、自転車押して行きなさいね。 お母さん、志保を迎えに行っちゃうから」
ただなんとなくのんびり歩いて帰るものだと、その時は感じた。 いかつい丑嶋を母親はなぜか気に入ってしまったらしい。 食事のとき母親から散々質問されていたから、もう質問は止そうとは思った。 だが今度は丑嶋から質問が飛ばされた。
「大好き」
そもそも最初は猫を飼わせてもらえず、その代わりにとなぜかウサギを飼い与えられたのだ。 今にも崩れそうなボロ屋に丑嶋は住んでいた。 玄関を開けると酒の匂いがした。 丑嶋の祖父らしき人物は、テレビをつけたままいびきをかいて眠っている。 いつもならもったいないと消すところだが、今は却って好都合だ。 丑嶋に言われるがまま忍び足で奥の部屋へ行くと、そこには一羽の愛らしいウサギがいた。
「うん。うーたん」 「はじめまして、うーたん。 うーたんは美人さんだねえ」
「早く撫でろ」と言わんばかりである。
「ン」
ふかふかしたうーたんに、心の奥でなるとを重ねたのはほとんど無意識だった。
「おう」
長居は出来なかったが、丑嶋はまた見せると約束してくれた。 今度は玄関先で、丑嶋がを見送った。 |
猫の代わりにウサギを与えられたっていうくだりは経験談です。
20151118 呱々音
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ミニブタの代わりでしたがね…ウサギ。