「知り合ったのは小学校だろ」

「私は覚えてないけどね…。

 かおちゃんは小学校時代の私のこと覚えてる?」

「言わねェ」


は丑嶋の腕に頭を預けて、今日あったことを話した。

人から「いつから料理を始めたの?」と聞かれることは、

にとっては誇らしさと同時に少しの悲しみを孕んでいたから。


「…丑嶋くん」

「かーおちゃん」

「…」

「馨」


は身体を起こし、丑嶋の顔を覗き込んだ。


「やっぱ、馨って呼ばれたほうが嬉しいんだ?」

「2人の時だけな」


誰も知らないことだが、意外とロマンチックな一面があるのだ。

ウサギ好きだし。まあそれは今は亡き母上の影響もあるのだろうけれど。














そもそも付き合ってたんだっけ。






は丑嶋が大好きだった。

実は同じ小学校だったらしいが、クラスが一緒になったことはないから、

それこそほとんど記憶に無い。

丑嶋についてはっきりと確信を持って言えるのは、柄崎と同じく中学2年。

小6で引っ越した丑嶋が、またこの町に戻って来た時からだった。

あの日が抱いた印象は、取っ付きにくそうで、強面で、

鋭い目をした刺々しい空気を背負ってる奴だった。

丑嶋馨、転校初日、まさにその夕方のこと。

は部活を休んでこの2日ほど姿をくらませていた愛猫を探しに出た。

公園の茂みに頭を突っ込んで、必死に名前を呼んだ。


「なると〜、なるとォ〜」


茂みからボスッと顔を上げると、目の前にはあの転校生が訝しげに立っていた。


「あ…えっと…うし…じまかおる…くん」


制服だから、帰宅途中だ。


「――なると」

「そう、なると…」

「…猫?」


丑嶋は低い声で聞いた。

は慌ててポケットに突っ込んでいた写真を取り出した。


「うん、この猫…丑嶋くん、どこかで、」

「見た。国道沿いでぺしゃんこになってた」


は走り出していた。

国道を走るのは主に流通の大きなトラックである。

きっと揶揄われただけかもしれないという期待とは裏腹に、

どんどん涙が視界をうつろな物にしていく。

喉の奥が咽せて詰まるほど必死に走った。

けれどもやっぱり、の猫はアスファルトの上で黒いせんべいみたいに潰れていた。

の足が前に出た瞬間、後ろ手をものすごい力で引かれた。


「死にてェのかよ」


丑嶋だった。

あれだけ告げてさっさと消えたかと思っていた。

だがしかし助けられた所を見ると、どうやら違ったようだ。

けたたましいクラクションが鳴らされているのに、はせんべい猫を求めて

猛スピードのトラックにおかまい無しにぶつかって行こうとしてたのだから。


「邪魔だからそこいろ」


呆然と立ち尽くしたまま丑嶋を見ていることしかできなかった。

よく見れば丑嶋の手には錆だらけのボロいスコップとゴミ袋が握られていた。

つまり一度家に荷物を放って来たらしい。

あの巨大トラック群の切れ間を抜け目無く読んで、実に手際よく

少年はせんべい猫をスコップで思い切りはぎ取ると、ゴミ袋でひっつかんで戻って来た。

差し出された袋はとても軽かった。


「…これ、本当になるとかな」


自分の手に抱くそれが、果たしてなんなのかも受け入れがたい状況だった。

それにまたしても丑嶋はそんなを置いて、草むらを国道沿いに進んでゆく。

5分か10分か、もしかしたら1分ほどだったのかもしれない。

丑嶋はやや離れた所から戻って来ると、不自然に赤黒くそまった、

けれども確かに先ほど見せた、なるとが写真で着けていた水色の首輪をに差し出すと、

丑嶋はさっさと歩き出した。

は急に軽やかなゴミ袋の中身に答えを見つけ、

それを抱きしめわんわん泣いた。

泣きながら帰って、泣きながら庭に小さな穴を掘った。

なんで、なんで、なると。

いつもフラッと外へ出て、必ず帰ってくるなるとが。

ボス猫のおまえが、なんで。

ごめんね、なると、ごめんね、ごめんね。





翌日は泣きはらした目に加え、とんでもない頭痛で、は学校をサボった。

夕方、クラスメイトの千佳子が宿題を持って来てくれた。

だがその直後、また玄関の呼鈴が鳴った。

両親は仕事だし、妹はピアノの稽古に行っている。

出てみればそこには丑嶋が立っていた。


「なるとに」


丑嶋の手には、花束らしきものが握られていた。

どこかの花壇で手折ったであろうゼラニウムと、あとは雑草だった。

まだ土の乾かないなるとの墓に、丑嶋は手を合わせてくれた。

も倣って、一緒に手を合わせた。


「手がくせェ」

「ゼラニウムだもん」


家にあげ手を洗わせてやったが、帰ろうとする丑嶋を無理矢理引き止めて、

せめて茶でも出した方が良かろうと湯を湧かし始めたところへ母親が帰って来た。


「あなた丑嶋くんね?

 なるとを助けてくれたんだってね…本当に、本当に、

 もうなんて御礼を言ったらいいのか…丑嶋くん、どうもありがとう」

「助けてないです。見つけたとき死んでたし」


聞けば大分無茶な真似をして轢かれた猫を回収したのだと言うし、

そこは一応咎められたが、それでもの母親はこの少年に心の底から感謝していた。

母親から夕飯を食べて行ってくれとせがまれ、さすがに丑嶋は折れてくれた。

人がわざわざ作ってくれた食事っていうものは、なんだって美味しいものだ。

味だけの話じゃない。

特にの母親の作ってくれた料理は、すごく沁みた。

亡くなった母の味に良く似ていたから。

美味しいですと言って食べる丑嶋に、母親はとても喜んで、

残り物までタッパーに詰めて持たせた。

の父親とは、ちょうど丑嶋が帰ろうと靴を履いているときに玄関でばったりかち合った。

年期の入ったツイードの少々野暮ったいジャケットを着ていたが、

優しそうな人だと丑嶋でさえ思った。


「もう帰っちゃうのか。丑嶋くん。なるとのこと、本当にありがとう。

 なるともも、君のおかげで救われました」


やわらかい声が少し震えていた。

(――なると、お前、愛されてたんだな)


「あたし、丑嶋くんそこまで送ってくる」

、自転車押して行きなさいね。

 お母さん、志保を迎えに行っちゃうから」


自転車で2ケツしようとも思わなかった。

ただなんとなくのんびり歩いて帰るものだと、その時は感じた。

いかつい丑嶋を母親はなぜか気に入ってしまったらしい。

食事のとき母親から散々質問されていたから、もう質問は止そうとは思った。

だが今度は丑嶋から質問が飛ばされた。


ウサギ好き?」

「大好き」


すぐには答えにくいであろうその質問に、光の速さで答えてやった。

そもそも最初は猫を飼わせてもらえず、その代わりにとなぜかウサギを飼い与えられたのだ。

今にも崩れそうなボロ屋に丑嶋は住んでいた。

玄関を開けると酒の匂いがした。

丑嶋の祖父らしき人物は、テレビをつけたままいびきをかいて眠っている。

いつもならもったいないと消すところだが、今は却って好都合だ。

丑嶋に言われるがまま忍び足で奥の部屋へ行くと、そこには一羽の愛らしいウサギがいた。


「丑嶋くんのウサギ?」

「うん。うーたん」

「はじめまして、うーたん。

 うーたんは美人さんだねえ」


そっと指を差し出すと、噛まれるどころか頭をぐっと寄せて

「早く撫でろ」と言わんばかりである。


「抱いてもいい?」

「ン」


ウサギを大切に腕に抱えて、怖くないようにお尻をそっと持ち上げてやる。

ふかふかしたうーたんに、心の奥でなるとを重ねたのはほとんど無意識だった。


「ウサギのぽろぽろウンチってかわいいよね」

「おう」


はいつの間にか丑嶋の笑顔に気が付いた。

長居は出来なかったが、丑嶋はまた見せると約束してくれた。

今度は玄関先で、丑嶋がを見送った。













next


















―――――――――――――――――

猫の代わりにウサギを与えられたっていうくだりは経験談です。
ミニブタの代わりでしたがね…ウサギ。

20151118 呱々音