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数日後、丑嶋が入院した。 柄崎を筆頭に、丑嶋の態度が気に入らないと言ってリンチを受けたのだ。 C組の男子はそれに関して、竹本以外誰も逆らわなかった。 強要されたルールに従うより他無いからだ。 学校ではさすがに誰も彼もが気が抜けないのだろう。 は柄崎と幼稚園からの腐れ縁で古いし、何は無くともまず その柄崎の母親がちゃんのことが大好きなのである。 だが、中学に入ってからの柄崎は変わった。 噛み付いたところで、話なんかまともに聞くことさえしない。 それが気まずいのか後ろめたいのか、柄崎もを見つけると顔を背けるようになった。 だがひどいことをされたことは一度もなかった。 今朝、担任から丑嶋の入院を知らされ、は心から心配になり、動揺した。
は丑嶋のことが気に掛かり、ぼんやりと話を聞いていたが、 会話が軽卒さを帯びてきたことに気が付いた。
黙っていられなかった。
丑嶋くんは超優しいよ」 「はあ?ちょっと、あんた頭大丈夫?寝てんの?」 「、今の冗談きっついよー」 「なるとがね」
元を辿れば小学校時代からの友人である。 軽口を叩いて居ても、一瞬「なると」と言う名に親しみが湧いた。 みんなで公園で遊んでいる時、子猫を拾ったのだ。 だがどの家も飼わせてもらえず、 最後の最後での母親が飼っても良いと折れてくれたのだった。 なるとの由来は、腹を空かせた子猫にやれるものはないかと、 それぞれこっそり冷蔵庫から失敬した食べ物のうちに入っていたのだ。 あの薄く切られた渦巻きを、美味しそうにガツガツたくさん食べた。 だからみんなで「なると」と名付けたのだ。
丑嶋くんが見つけてくれたんだよ。 国道で車に轢かれて、おせんべみたいにぺしゃんこになってた。 わたし、すごい、どうしていいのかわかんなくって、 フラフラしてたら丑嶋くん、トラックの前に出てさ、 なるとを、私のところに連れて来てくれた。 首輪まで探してくれたんだよ。 なるとのお墓にお花…持って来てくれて、」
なるとの墓に手を合わせて。 少し高く盛ってあった土は、大分落ち着いたように沈み始め、表面は乾いていた。 牛乳瓶に刺したガーベラは、そろそろ水を取り替えてやった方が良いなと思った。 翌日の土曜日、は丑嶋の病室に見舞いに行った。 当の本人が入院生活に飽き飽きするであろうことは容易に想像できたから、 はマンガとDSを持って行った。 読まないだろうと思ったが、一応本も持って行くことにした。 病院の花屋に寄って、出掛けに父親のくれた小遣いで小さなアレンジメントを買った。
「」
各々うとうとやったり、イヤホンを片耳につっこんでテレビを見たり…、 包帯やら絆創膏やら、体中にそれらを着けた丑嶋がとても痛々しく見えた。 これ見よがしにするつもりはなかったから、特に何も言わず、 ベッド脇のテーブルに花籠を置いた。
「あんまり嬉しい状況じゃないけどね」 「まあな」
丑嶋からタイトルも見えないように置いた。
「お前暇なんだな」 「そうなのかな」 「なあ。頼んでも良いか」
「ああ」
あの飲んだくれの祖父は土曜は毎週くだらないギャンブル仲間とつるんで、 いつも遅くまで帰ってこないと言う。 はそれこそものの30秒で実に素早くうーたんの救出をやってのけたと思う。 うさぎの世話道具は持ち帰れなかったが、 の持ち帰ったうさぎのゲージを見た母親が、ホームセンターに連れて行ってくれたので、 ペレットとチモシーを買った。 は翌日も丑嶋の見舞いに行った。 ウサギの報告をすると、いくらか顔を明るくしたようだった。 よりも母親によく懐いて甘えていると言うと、 特に思い当たる節があるようで「そうか…」とほんの少し遠い目をした。
あの部屋を見ればわかる。女性の気配はどこにもない。 ただどこか細やかな生活感は、きっとこの丑嶋によるものだろう。
丑嶋くんはきっと、お母様に似てるんだろうなぁ」
すぐ退院できるだろうとのことだ。 月曜日。 登校してみるや否や、千佳子たちが青ざめた顔で を人気の無い階段の踊り場まで連れて行った。
なると、投げられた。鰐戸三蔵に投げられたんだよ」
鰐戸が手に水色の首輪をした雉トラの猫を引っ掴んで国道を歩いていたのを、 千佳子の彼氏が見ていたのだ。 結局その日、果たして何をしたか、学校にいたのか、にはほとんど記憶は無かった。 ただ早く丑嶋に会いたかった。 放課後、真っ直ぐ病院へ向かって、丑嶋のベッド脇で顔を真っ赤にして泣いた。
なるとは国道なんて、ぜったい、ぜったい行かないもん」
きつく問いつめられたが、丑嶋の表情を見れば今すぐにでも病院を抜け出しかねない気がした。 そのままはベッドの縁に突っ伏したまま眠ってしまった。 面会時間が終わるギリギリまで、そうして放っておいてやることにした。
どうも聞くところに寄れば、焼き入れ歓迎会の仕返しにお礼参りをして、 リンチに加担した奴らに片っ端から報復しているのだと言う。 更には、大きな転機があった。 柄崎はプライドをかなぐり捨て、丑嶋に助けを仰いだのだ。 加納は鰐戸3兄弟からの呼び出しを故意に無視したと思われ、連れて行かれてしまった。 そうでない事を知る丑嶋に、加納の無実を証言してほしいと言うのだ。 丑嶋は諾と答えた。 だがそれには更に上の答えが含まれていた。 殺るか殺られるか。 丑嶋には常に覚悟があった。 大切なウサギは竹本に見てもらうことにした。 迷ったが、に頼めば心配するだろうし、何より察しが良い。 は行かせまいとするだろう。 無視したり、嘘を吐くことは、なぜかあまりしたくなかった。 震え上がる柄崎と共に、丑嶋は鰐戸三蔵に高い喧嘩を売りに行く。 丑嶋は殺されるくらいなら、相手を殺す気でいた。 この歳の頃にはもうすでに半端な態度では生きられない男だった。 計らずもそれは、の猫を殺した犯人であったことを、丑嶋は後で知る事になる。
少年鑑別所に収監されたときも、柄崎、加納、戊亥に協力を求めたのはだった。 孫に全く興味を示さない丑嶋の祖父を、ほとんど《力づく》で説得して、 面会とまでは言わないから、4人が掴ませた小金を入金だけさせに行った。 仮にもし彼らが成人であっても、家族でなければ面会や差し入れは叶わない。 祖父があまりにもブツブツ言うもんだから、 切手を買う金もないんじゃテメエの孫が困るだろうがと柄崎が言うと、 祖父は口汚く何かをわめきながら唾をまき散らした。
ウサギを預かっていた竹本も一緒だった。 はこの日ばかりは最後まで泣くまいと決めていた。 泣くなら帰って、例えば独りで風呂場で泣くとか、 ベッドでしくしくやりながら丑嶋が戻って来た事を実感するとか… まあドラマティクに考えがちとは言え、 中学生の女子にしてはいじらしい事を考えていたのだ。 柄崎、加納、竹本と、順々に別れ、丑嶋とは並んで歩いていた。 俯いて歩くが丑嶋の視界の端から消えたが、 彼にとっては別段不思議なことには思えなかった。 足を止めて、振り返る。 は、泣いていた。 必死に泣くまいとしているのだろうが、無駄な抵抗にしか思えない。 丑嶋に手を引かれ、初めて手を繋いで歩いた。
「うん」 「よかったぁ…うしじまくん、」 「うん」 「おかえり」 「もう泣くな。」
意識した事もなかった心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
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チビ嶋くんはお金がないから入院中テレビカードは買えないと思うんです。
20151118 呱々音
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そもそも買おうとも思わないかも。
少年鑑別所もそうで、やっぱり入所時の現金や親御さんからの入金されたお金で
便箋など中で必要なものを買うそうです。