犯行現場に出向いたものの、予めコナー警部に言われていた通り

プロファイル以上の収穫は特に出なかった。

そうなれば次にすることは、一番最近の被害者から順に、

彼女たちの住んでいたアパートを見て回る。

当然ながら、被害者たちの趣味は十人十色で、

一人暮らしのニューヨーカーらしく、

皆思いのままに自分のための空間を飾りつけ演出していた。

3件目の訪問の時点で、ホッチナーとモーガンは

ひとつの共通点を見出していた。

「ホッチ、見てくれ。この家にもある」

「――MoMAの図録か」


ニューヨーク近代美術館――通称“MoMA”

観光客のみならず、ニューヨーカーなら

誰でも一度は足を運ぶであろうモダンアートの殿堂だ。


「これが新たな共通点かもしれないな」

「…――ガルシア、調べて欲しい。

 ちょっと難しいお願いなんだけどさ。

 被害者女性たちにMoMAに関する共通点がないか探ってくれないか」































解剖を終えて青ざめた遺体と対面した時、

リードは何か嫌な印象を受けた。

死体に対する嫌悪ではない。

その正体がなんなのかさえ測りかねて、

すぐさまその感覚は目から入る新しく確かな情報に流され、

個人的な感情の奥へと格納された。

検死官は中年の女性だった。

「手で首を締めてるわ。

 爪が食い込んだ痕が無いから手袋をしてたんでしょうね」
















市警察へ戻ると、遺族の話を聞く人手が足りていなかったので、

ロッシとリードはその作業を手伝うことにした。

家族だけでなく、親しかった友人にも話を聞いて

必要な情報の緒を探ってゆく。

何しろ被害者は8人、さらに今晩も犯行が行われる。

何人かに話を聞き終えた時、は異変に気づいた。

隣の部屋で他の遺族に話を聞いていたプレインティスも、

その異変に顔を曇らせて、を呼んだ。


「なんか変だと思わない?」

「解ってる。デヴィッドとスペンサーも呼ぼう」


大部屋のデスクで遺族に話を聞いてるリードを呼びに行く。


「すみませんスタンバーグさん。

 少し休憩なさってください――コーヒーはいかがですか?」


女性警官に引き継いでコーヒーを持っていくように頼むと、

リードはするりと席を外す。JJもロッシを呼んできた。


「被害者には全員、恋人がいないの」

「そのようだな」


ロッシも同意を示して頷いた。


「おかしいと思わない?

 女性たちのライフスタイルを聞くかぎり、

 皆充実したニューヨーカーよ。それに一人暮らし。

 そんな女性たちに恋人がいないなんて」

「だが、単に恋人がいない女性をターゲットにしているとも思えないな。

 犯人は一定の条件を満たす女性のリストを作っている。

 すでに殺害された8人も含めて

 仮に20人の候補がいたとしよう。

 もし仮に犯人の趣向を満たす条件に

 恋人が居ないことが含まれていたとしても、

 これだけ多くの女性に同じ条件を維持させるのはほとんど不可能だ。

 犯行日のランチタイムに恋人が出来たって不思議じゃないんだからな。

 そこまで細かく対象者を絞っていたら、

 被害者候補たち全員の生活をひとりで見張り続けるのは不可能だ」

「じゃあ共犯者がいるってこと?」


リードがきっぱりと言い切る。


「それは考えにくいと思う。

 この犯人は妄想型のナルシスト。

 自尊心が強くて少しのミスでも許せない質だから、

 誰かに計画を手伝わせることはまずないんじゃないかな。

 それに、首を絞められた痕を見る限り、

 絞め方からして少なくとも女性を殺した犯人は同一人物」


考えるように黙り込んでいたが口を開く。


「――遺族への質問を変えるのよ」


淡白で、感情の読み取れない滔々とした声だった。
















「やっぱり――被害者の女性たちは、

 過去にレイプされた経験があるかもしれません」


ホッチナーの表情が微かに険しくなる。


「――確証は取れたのか?」


プレンティスが答える。


「8人全員は無理でしたが、うち2人は。

 両親ではなく友人の方から。それも言うのをかなり渋ってた」


JJが首を振る。


「ただでさえ発覚しにくい事件だから。

 被害者たちは誰にも打ち明けず心に秘めていたのかも」

「その経験のせいで、被害者たちは男性と付き合うことに

 強い抵抗を持っていたのかもしれない」


だとすれば、恋人のいない女性を狙ったわけではなく、

過去に苦痛を味わった女性を意図的に狙って、

更なる恐怖で支配しようとしたことになる。

だが今回はその行為の果てに待つのは死で、

犯人はその手と肉体に

被害者から失われていく熱を感じて快感を味わっているのだ。

今宵の犯行まで8時間を切っている。

警察署内も時間と共にピリピリしていく。

モーガンの携帯電話が着信を告げる。


「よう、セクシー。スピーカーにするぞ。

 頼むから何か解ったって言ってくれよな」


ガルシアからの報告が始まる。


『クレジットカードや口座、電話の履歴など

 色々調べたんですが共通点はヒットせず。

 でもさっきホッチから頼まれた、

 MoMAに関する共通点――これはビンゴ。

 被害者はいずれもMoMAの年間パスポートを持ってた。

 で、から受けた、被害者たちは

 過去にレイプされてたかもしれないっていう信じられない報告と、

 セクシー天才分析官のハイセンスな勘を信じて、

 違うパターンで検索をかけてみたら――またまたビンゴ。

 なんと被害者の女性たちは全員、

 過去にIDの再発行を申請してた』

「紛失って訳じゃなさそうだな」

「盗まれたんだ」


リードがそう言いながら、の方に目を向けると、

先ほど目にしてきた被害者の遺体のことを思い出した。

嫌な気分だ――なぜかの顔色も悪い気がする。

プレンティスが続ける。


「もしそれが記念品だったとして、今回犯人が

 新たなIDを奪っていかなかったのはどういうことなのかしら」


モーガンが憎々しげに吐き捨てる。


「すでに一度盗ってるからな。

 二度目がIDとは限らない。

 被害者の顔を見て自尊心を満たすタイプなら、

 今回は写真や映像だったかもしれない」

『はいはい皆さんちょっとお待ちくださいね〜。

 残念ながらガルシアの魔法はまだ終わってません。

 ニューヨーク市内で起こった

 レイプ&IDを盗んだ前科者をクロス検索したところ、

 3人がヒット。うち1人はすでに死亡していて、

 もう1人はアリゾナに越してる。

 クレジットカードと口座の引き落とし履歴から、

 そいつがアリゾナを出たっていう形跡はなし。

 最後に残った悪い奴はマイク・コーネル。

 5年間服役して、2年前に釈放されてる。

 でもこいつの経歴って面白い。

 あのパーソンズ美術大学を出てる。

 …芸術家ってこと?』


プレンティスがぐるりと目を回す。


「まさかこれが芸術の一貫なんてキモい事件じゃないわよね?」

『一応試しに絞ってみるね〜。

 過去7年間、

 ニューヨーク市内でIDの再発行を申請した20代〜30代の女性。

 現在もニューヨークで一人暮らし。

 これでクロス検索!――したいところだけど、

 でもまだこれじゃあ足りないから、

 ここで我らがモーガン&ホッチの見つけてきた

 MoMAの年間パスポート購入者ってスパイスを加えて

 更に検索すると!――はい!出ました!

 ……97人――?ああもう!嘘でしょ!?

 みんなID無くし過ぎ!』


が肩をすくめる。


「ザ・ニューヨークって感じ」


97人全員に、過去のレイプ被害の有無を確認している暇はない。

こうしている間にも刻一刻と犯行時刻が近づいているのだ。


『あーもう悔しい!絶対なにかヒットさせてやる!

 …ええとそれから…コーネルの資料と現住所は、

 1分前にそっちに送っておきましたとさ』

「サンキュー、ガルシア。今見てるよ」


液晶に映しだされた顔写真を睨みながら、

はこわばった声で言った。


「私――こいつのこと知ってるかもしれない」


ホッチナーが眉をひそめ怪訝そうにを見つめる。


「…どういう意味だ」


伏せた目からは感情は読み取れない。

は虚空を見据え、暗い記憶を反芻し始める。


「学生時代のことよ。

 夏休暇で実家に戻って来てたとき。

 あれは…ああ――そうだMoMA――。

 …――MoMAに行った帰りだった。

 …きっとあいつは私を付けてたのね。

 ナイフで脅されて――汚い路地裏だった。

 やつは顔を隠してた。

 だから私を襲った犯人がコーネルなのかは解らない。

 ――私はIDを取られた」


ホッチナーは痛ましげに顔を歪めて悲痛な声を出した。


「どうして――だってお前は――…っ!

 …――いや…いい――すまなかった。

 それよりもヒューバートは――その事を知っているのか?」


は首を振る。


「言ってないわ――誰にも言ってない」


彼は何かを言いかけたが、喉まで出かけた言葉は飲み込まれた。

ホッチナーにとって、は妹のような存在だ。

お互いに忙しくて会える頻度はほとんど無くなってはいたが、

がBAUに加わったことで、またこうして気にかけてやれる。

そう思ってた。

だが――。

人には秘密があるものだ。

――隠し立てするつもりがなくとも、

言う機会を逃したものを人は秘密と呼ぶのかもしれない。

プレンティスがの肩をそっと撫でる。


「ここで待ってていいよ?」


は口端を釣り上げると、困ったように笑ってみせた。


「私がそんな聞き分けの良い子に見える?」


ロッシの激励が飛ぶ。


「そうと決まればさっさとこの糞野郎を捕まえに行くぞ」



































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どうしてもややこしい事になって、

会話が多くなっちゃって…ごめんなさい。

20120717 呱々音