アベニューAの薄汚れたアパートに踏み込まれ、

後ろ手に手錠を掛けられた時も、

コーネルは動揺しながらもの顔を見つめ続けていた。

その姿を見たリードは、コーネルの視界を遮るように、

無意識に彼女の前に立ちふさがった。

取調室に入れられたコーネルには、ナルシストの傾向は見られても、

今回のような緻密な計画性はまるで感じられない。

家宅捜索の結果、被害者たちのIDも発見されなかった。

マジックミラー越しにロッシ、リード、は犯人を観察し続けた。

リードはコーネルの資料を熱心に読み込んでいる。


「でも――おかしいな」


ロッシがリードを促す。


「何を見つけた天才少年」

「この資料を見ると、コーネルは確かに

 今回の犯人とタイプは似てるんです。

 だけど肝心な部分はまったく違う。

 7年前、コーネルが逮捕されるまでの経過を見ると、

 最初は軽度の猥褻な行為に始まり、次の段階がレイプ。

 IDを持ち帰るようになったのはこの時期からだ思います。

 でも彼が今まで女性の首を絞めた事件はありません。

 殺人に繋がるリスクは回避している。

 捕まる直前にはそれだけでは満たされなくなっていて、

 レイプする前に被害者の手首を縛り、

 薬を飲ませたりはしてるけど」

「長く楽しむためか」

「普通コーネルのように、

 犯行を重ねるうちにエスカレートしていくものだけど、

 今回の犯人は一定のルールを守って

 その妄想の範囲を出ていないんです。

 まるで思い出を何度も反芻するみたいに――」

「私――7って数字がどうしても気に掛かる。

 私がレイプされたのが7年前。

 今回の事件は犯行が一時的に7日間止まって――。

 ああそうだ…ねえリード――これも気になってたんだけど、

 コーネルがレイプとIDの窃盗でしょっ引かれた時、

 やつの所持品からは、

 犯行直後に暴行してた女性のIDしか見つかってないのよね?」

「――みたいだね。

 警察が押収してたら持ち主に連絡が行くはずだし、

 この資料にも載ってない」


はガルシアに魔法の杖を振ってもらうために電話を取り出す。


「Hi, ペネロープ」

――大丈夫?』

「全然平気よ。

 それよりちょっとペネロープ嬢に調べて欲しいことがあるのよね」

『お安い御用よ、私のお姫様』


ガルシアの声のトーンが快活さを取り戻す。

そんな些細なことでも、彼女の明るさは、

の心に再びポジティブの存在を思い出させてくれる。


「今回の被害者たちのIDが転売された記録がないか調べて。

 ついでに私のIDの行方もよろしく」

『オッケー待ってて。

 光の早さで調べてすぐ折り返すから』


取り調べに臨んでいたモーガンとホッチナーが険しい表情で部屋を後にする。


「あいつは腐りきってるけど犯人じゃない」

「だが奴はまだ何かを隠している」


マジックミラーの向こうで手錠を掛けられたコーネルが、

じっとを見つめている。

コーネルからこちらが見えるはずは無いと頭の中では理解している。

だが、少なくともコーネルの態度を観る限り、

おそらく彼はの身になにが起こったを知っている。


「…――私が取り調べに行くのは反対?」


自分がすこぶる冷静だと伝えるため、

は敢えて多数決を採るような素振りで質問した。

真っ先にモーガンが食いかかる。


「駄目だ。が行ってもあいつを喜ばせるだけだ。

 お前を脅してそれ見て楽しむんだぞ」


ホッチナーの表情が曇る。


「俺も反対だ。リスクが大きすぎる」

「…――でも犯人じゃないかも」


リードがぽつりと呟く。


「そうなのよ。

 7年前私を襲った犯人がコーネルとは限らない」

「でも奴はなにか知ってる」


ロッシはそう言うと、促すようにホッチナーを見やる。

一刻も早く犯人を見つけなければ、また罪のない女性が殺される。

ホッチナーは自分が同行することを条件に、

の取り調べを許可した。







   ・ ・ ・







『ああリード。

 に掛けたんだけど繋がらなかったから』

「取り調べ中――は大丈夫だよ、ホッチも一緒だから」

『とりあえずの盗まれたIDに絞って検索してみたの。

 それさえ見つかれば芋づるのはずだから。

 でもネット上にはその情報は落ちてなかった』

「闇のマーケットサイトとか無いの?」


ガルシアが唸る。


『もちろんあるにはあるんだけど、

 こういうのってどんなに上手くネットに載せても

 足がつくリスクの方が大きいの。

 だから基本的な売り方って今も昔もそう変わらないんだよねえ。

 古典的な手売りが主流』







   ・ ・ ・







が取調室に現れた途端、コーネルの表情が微かに変わった。

値踏みするように舐め回すように見つめられる。

ホッチナーにはそれが不愉快でならなかった。

がコーネルに向かい合って座ると、彼は早速口を開いた。


「――あんたを知ってる。ファム・ファタールだ。

 だが名前を知らないんだよ――教えてくれないか」

「私のIDを盗ったのはあなた?」

「盗ってたら名前を知ってる」


目を逸らさぬように意識して、慎重に尋問を続ける。


「いくつか質問に答えてくれたら私の名前を教えるわ」

「ああ――あんたになら協力するよ」

「ありがとう、コーネル」

「どういたしまして」


コーネルは憎らしげに吐き捨てた。


「だって俺は昔からあいつが大嫌いで、

 憎くて憎くて仕方がないんだからさ」







   ・ ・ ・







『でもちょっと面白いもの見つけちゃった。

 面白いっていうかキモいものだけど。

 さっき遺体が発見されたときの写真を見てて、

 今回の犯人って、手口も計画も整然とはしてるんだんだけど、

 どこかドラマティックで芸術的だなって思ったの。

 言いたかないけど、こういうのって作品としてはウケがいいから』


リードが思い出したように続ける。


「そういえば――も機内で似たようなこと言ってた」







   ・ ・ ・







「…あなたは犯人と知り合いなのね」


コーネルは笑い出した。


「俺たちはパーソンズの美術学部に通ってた。

 知り合った時から鼻持ちならない男だったが、

 なぜだか奴とは趣味が合う。

 卒業後はふたりしてニューヨークに残って

 安いアパートをシェアしながら作品を描いた。

 衝動は奴が持って生まれた才能だ。

 でもまだ――少なくともあんたを犯した時は、

 あいつはまだ正気だった。

 だがどうだ。

 …何年かして、あいつの描いた“ある作品”が

 ものすごい高額で売れた。

 大金を持った途端、奴は完全に覚醒しちまった。

 アベニューA界隈のレイプ魔たちに、

 被害者のIDを持ってきたら高値で買うと言って回ってさ。

 奴はそのリストを”題材候補”って呼んでたよ。

 なぜならあいつを成功させた“ある作品”っていうのは――」







   ・ ・ ・







『――で、ここは芸術の発信地ニューヨークだから、

 試しに美女の首絞めっていう題材で検索をかけてみたの。

 そしたらなんと、』







   ・ ・ ・







「“恍惚の娘”っていう首を絞められた女の絵だ。

 題材にした女を、あいつはファム・ファタールって呼んだ。

 それで奴はあんたの写真を見せてこう言った。

 これが僕のファム・ファタールだ――ってな」


取調室の扉が勢い良く弾かれる。

リードが吠えた。


「ガルシアが見つけた。奴の名前はギルバート・アンダーソン」


ホッチナーとは席を立ち、足早に部屋を出る。

コーネルが声を掛けるより早く、は思い出したように立ち止まり、

彼を振り返った。


「…私の名前は

 ――あなたはとても協力的だった」


コーネルは肩の荷が降りたかのように、

とても穏やかな声で、だが明瞭に言った。


「ギルは一度も俺の貸してやった筆を返さなかった」
















取調室の外でリードが待っていた。


「今ガルシアがアンダーソンについて調べてる」


足早に歩いていくの後を追いながら、小さな背に向かって言葉を掛けた。


「――のせいじゃないよ」

「わかってる。

 でも――すぐには割り切れない」


リードはもう何も言わず、

その華奢で大きな手のひらをそっと伸ばすと、

優しく――でもどこかぎこちなく、

の頭をぽんぽん、と慰めた。



































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20120717 呱々音