刑務所――そこはが堂々と訪問できるような場所ではなかった。

だが人目を偲んででも行く必要があった。

どうしてもカワードに会わなくてはならない。

黴臭い古めかしい鉄格子に仕切られた部屋で、はカワードを待った。

誰とも告げられていなかったのだろう。

の姿を認めると、カワードは驚き、そして安堵し、悲しげに微笑んだ。


「…――まさかこんな所で貴女にお会い出来るとは」


返事の代わりに柔らかく微笑んで見せる。


「カワード様に聞いていただきたいことがあって参りました」

「それはそうでしょう――ここは貴女のような女性が来る場所じゃない」

「…――先日レストレード警部から、

 …あの方の身につけていた遺品を受け取りました」


カワードの表情が曇る。

彼もまた忠誠を誓った主に裏切られ、そしてその主を失った、哀れな犬。

それでもカワードがブラックウッドの死に絶望していると、

レストレードから聞いた。

――同じだ。

そう思ったからこそ、はここまで足を伸ばしたのだ。

ハンドバッグからレースのハンケチを取り出すと、

丁寧にくるみを開け、カワードの方へ差し出してやる。


「…――カメオ――?」


そっとロケットを開き、再度カワードへ差し出す。


「…――貴女の……写真」


は眉を垂らし、今にも泣き出しそうな表情で、

カメオをまたバッグの中へ大切そうに仕舞いこんだ。


「…――カワード様。私のお腹には……、」


彼女の視線は怯えるようにうろうろと宙を彷徨う。

震える手のひらで、下腹部をそっと撫でて――。


「まさか――あの方の――?」


はまだ周りには知れていないというが、

かといってお腹の子の本当の親を言うつもりも無ければ

子を手放す気も無いと言う。


「――私の子だと言うんだ」


カワードは咄嗟に諭す。


「あの方の名を出すリスクに比べれば。

 そのお腹の子はどうであれ不幸な父親を持つ事にはなるが、

 いや――もちろん貴女がそのリスクを負えるというのなら…だが」






お腹の子は獄中のカワードの子という扱いになった。

父親は大層嘆いたものの、不徳の娘子を財力と権力で守った。

そしてついにカワードの父親と共謀し、

周到な根回しと保釈金を山と詰んでカワード本人を獄中から救い出した。













出所の日、身重のは忍んでカワードを迎えに出向いた。


「おかえりなさい」

「…ああ」


交わした言葉は短い物だった。

とカワードの間にはブラックウッドの亡霊が存在していた。

それでも二人にはこうする以外、選択余地は残されていなかった。
















     ・



     ・



     ・


















初夏の夜風はこと涼やかな物だった。

寝息を立てるわが子をそっと揺り籠に寝かしつけて、

は思わず頬を緩めた。

カワードは開け放っていた窓をそっと閉めた。

そよそよと揺れていたカーテンの薄布が動くのを止める。


「…――本当によく寝ているな」


そう呟くと、いくらか無骨な指で恐る恐る幼子の和毛を撫でてやった。


「……あなた、どうかなさったの?」


カワードはばつが悪そうに手を収めると、首を振った。


「いや…何でもない。

 私達も休もう――が、その前に。少し付き合ってくれないか。

 この子を起こしても悪いからね。まず部屋を出よう」


それを聞いた乳母が、あとは私が、と深く頭を垂れた。


「ひどく泣くようなら構わず声を掛けて下さいね。

 ――お前もしっかり休むのですよ?」

「承知致しました。旦那様、奥様、おやすみなさいませ」


過ごしやすい晩だ。

家の中はすっかり静まり返り、とカワードの足音だけが耳に届く。

カワードは紳士らしく扉を開き、妻を先に入れてやった。

円卓に常備してあるスコッチを2つのグラスにほんの少々注ぐと、

片方をに差し出した。

子供が生まれてから半年、カワードが檻の外へ出て十ヶ月が経っていた。

血の繋がらぬ我が子――だが思いの外、自分は上手く愛せていると思う。

手を煩わせることもあるが、可愛いものだと思う。

自分の血が通わぬ存在だと言われようが、

あの時――この決断を下した自分を恥じた事は一度もない。

偽りの隠れ蓑として、とその子供を――ブラックウッドの落とし胤を、

頼りないながらにしっかりと庇護してやらなくては――と。

そう想って――。

カワードはグラスの中身を煽ると、意を決したように告白した。


「……君を抱きたい」


は微か目を見開いて、カワードの瞳を見た。

しかし彼は目を逸らしてしまう。


「…いや――すまない。忘れてくれ。

 君の心に宿る人を愚弄した――どうか今言ったことは」

「あなたは――、」


は掠れた声でそっと遮った。


「あなたは私に…女として興味が無いのかと…」

「まさか!そんな事は――!

 …いや――だから、そう――忘れてくれ」


は困ったような泣き出しそうな顔で、恥じ入るカワードの腕に手を添えた。

観念したように、彼は訥々と言葉を続けた。


「私は決して、同情から妻を娶ったのでは無いし、

 ――ましてやその女性の心が、別の者へ向いていると知りながら、

 妻に女を望み、従属させるなど――。

 一昔前の私ならやりかねないが…」

「私は――あなたが私の心だけでなく、

 この身体に――あの方の影を感じるのを恐れていたのです…」


カワードは夕星がごとく輝くの瞳を眩しそうに覗きこむと、

その小さな顎を捉えて切なげに尋ねた。


「では――私がその影を厭わぬと言ったら――?」


の瞳がふるりと揺れる。


「あなたに身体を開かぬ理由は――もう…どこにもありません」









大胆に動く身体は男に従順で、けれども決して媚びることはなかった。

――これがあの方の愛した肉体か。

実際にこの目で見たかの如く、脳裏に浮かび上がる亡者と女の番う姿。

柔らかい肉に食い込んだ爪、真珠のように白い肌が鬱血する。

杏色の髪を鷲掴み、喉の奥まで使わせて育った雄を硬化させる。

恥じらいに隠れていたはずの小さな芽を長い指は探り当て弄び、

浮いた腰を引き寄せ、無垢な肉襞を裂いて腰を打ち付ける。

――あの方はどんな風にお前を愛した?

――どこをどんな風に愛撫した?

華奢な肩をそっと撫でて、到底叶うはずもない“あの方”の残り香を探り当てるように、

くん、と鼻を鳴らしながら口づけてやる。


「…――甘い、な」

「そんなこと…」

「君は甘い――


抱き寄せて、肌を吸い付け合う。

隙間も許さぬほど、腕を、足を、身体を絡め合い、

深い場所を貫き、肉体の悦びに溺れる。

果てるまで何度絶頂を迎えたかわからない――。

安心しきった子供のように、互いの額を寄せ合って。

まどろみに侵食された頃には、もう空は白み始めていた。



































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20120525 呱々音