「おとうさま、おとうさま。

 ライオネルが泣き止まないわ」


長女クロエは5つになっていた。

ちょっぴりおませさん、愛らしく、利発な天使だ――。

揺り籠を眺めながら、ライオネルと呼ばれたその子、

生まれたばかりの弟をなんとかあやそうとしている。

カワードは優しく言った。


「物は試しだ――そら、こうやって。

 額の、そう…髪の毛を。優しく撫でてあげてごらん?」


クロエの小さな手がそっとそっとライオネルの和毛を撫でると、

幼い弟は先程までのぐずりが嘘のように、すっと瞼を閉じてしまった。


「すごい!なぜ?なぜわかったの?おとうさま」


好奇心と感動にダークグリーンの瞳をきらきらと輝かせ縋りつく。

愛娘を軽々と抱き上げて、カワードは得意げに言った。


「お前もそうだった。

 私が前髪を撫でると、どんなに泣いていても、

 たちまち良い子になったものだ」


父親にしがみついて嬉しそうに笑うクロエを見て、カワードは思った。

――ああ――これで良かったのだ。

とカワードは、飼い主を失くした犬には違いなかったのだ。

弱さを持ち合い、身を寄せ合い、互いを守り合い、必死になって生きてきた。

だがそれも。今となっては――ふたりは同志だった。

夫であり、妻であり。

兄であり、妹であり。

友であり、家族であり。

かけがえのない良き理解者だった。

ブラックウッドの亡霊は決して消えない。

かくも見事に人の心を捕えて止まぬものなのか――。

だが――それを上手く活かす方法を、とカワードは見つけながら生きてきた。

物思いにふけるカワードの背後からやんわりと手が伸びて、

の細い腕が彼の腰にそっと甘えて巻き付いた。


「クロエったら、ずるいわ。

 お母様にもお父様をちょっぴりわけてちょうだいな」


クロエは大きく手を広げると一層楽しそうに笑った。


「だめよ。だめなの。

 お母様にはクロエをあげるわ」


はカワードの腕から、この上なく愛おしげに娘をとりあげると、

幸福そのものという表情で、クロエを抱きしめた。


「大好きよ、クロエ」


戯れる妻と娘を、カワードの逞しい腕が包み込む。

妻の柔らかな赤毛を指に絡め、キスを落としてやる。

幸せの香りを肺いっぱいに吸い込み、この胸を満たす。

うっかり泣き出さぬようにせねば――心の中でひとりごちた。



































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最後までお付き合い下さり本当にありがとうございました。

なんともやるせない夢…もごもご。

ブラックウッドの野望は成就しませんでしたが、

「世継ぎを残す」という至極人の道に適った行為は達成される、

というのが書きたくて。

うちのブラックウッドに“愛”という観念はありません。

存在は認知しているけれど、どういう存在か正体を知らないのです。

同じ罪を背負った彼女を見つけ、魅入られてしまう。

本来ならこの時点で「恋しちゃった」となるのでしょうが、

彼にそういう感情を推し量るスキルは備わっていないのですね…。

カメオの写真も「彼女の写真を持ち歩きたいと思ったから持っている」

という認識にすぎない――でもその正体こそが愛なんだよ、と。

もう少し早く出会っていたら、教えてあげられたのかもしれませんね。

ブラックウッドに心酔しきっているカワードと彼女は同志に思えてなりません。

歪だけれどそこには確かな“想い”があるのでしょう…なんて。



さてさて

下にスクロールしていただくと、二度目の逢瀬の後、

自室に引きこもっちゃったブラックウッド卿の短い懺悔(のようなもの)

が晒してあります。読まなくても繋がります。

本編に入れるとどうしても締まらなかったもので(苦笑)

お粗末さまでございます。

20120525 呱々音











































































































































































































“ブラックウッド卿/独白”






私は闇の魔術を用いて彼女を――を犯してしまった。

浅ましい――。

こんなはずではなかった。

脅しのつもりだった。

だが――彼女は怯えながらも、私の下に組み敷かれる事を望んでいた。

私は再び彼女の身体を味わい――そして確信した。

やはり世継ぎを生むのはこの女しかありえないのだと。

迎えに来たカワードに素気なく後を託し、私はこうして自室へ逃げたのだ。

微かに扉の向こうで音がする。

カワードが言いつけ通り、の世話をみてやっているのだろう。

動揺してはいけない。

事実だ――そう――私が、私の意思で犯したのだから。

だからこの頬を濡らす雫は、私とは一切関係の無い大いなる混乱だ。

強いて言うならば。

この瞬間、私が忌避するのは――彼女の心が私の支配を離れる事だった。






愛するという感覚。

慈しむという感覚。

恋するという感覚。

私にとってそんな感情は全くの虚飾だ。

闇を崇拝し、死を尊ぶ。

計画のための犠牲は厭わない。

私こそがヘンリー・ブラックウッド。

死に取り憑かれた、呪われし忌み子こそが、

この世を掌握する――。






だが――。

どうやら私がを憎からず想っていることは事実のようだ。

この感情をどう伝えれば良いのか。

私はそれを識らなかった。