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それから数週間経たぬうちに、世間はある事件に沸き立っていた。 怯えと恐怖と混乱を次々と招く事件――5人の生贄が捧げられた殺人事件。 新聞の見出しだけで、は事件の向こう側に ブラックウッドの影を感じていた。 怖ろしい――そう思うのに。 以来、心と身体は夜毎、彼を求めて彷徨い出しそうになる。 たった一夜の過ちを、必然と受け入れた自分の愚かさを、 呪いはすれど悔やむことはなかった。 ブラックウッドの言ったとおりなのかもしれぬ。 始まっているとすれば――それは出生の時からだ。 ブラックウッドにしてみれば、己の因果も知らず のうのうと生きてきた女に過ぎぬかもしれない。 彼がどんな想いでどんな環境で育ってきたのかは皆目わからない。 だが闇の魔術と死に取り憑かれている男の琴線に触れ、 また、いとも容易く彼に陥落した自分は――、 やはり呪われているのかもしれない。
父親の声だった。
つい先刻発行されたばかりの号外だった。 見出しだけで悟る――ブラックウッドが――逮捕されたのだ。
生まれながらの呪い子に間違いなかった――トマスと修道会の最大の過ちだ!」
父親のものすごい剣幕のせいか――否そうではない。 の意識が遠くなっていくのだ。 深く深く、くぐもって――ここではないどこかへ――逃げなくては――! 顔を真っ白にして、は告げた。
後ろ手に部屋の鍵を掛けると、瀕死の想いでベッドまで辿り着き、 身ごと崩折れ、大粒の涙を流し続けた。 ――神様どうか、あの方をお助け下さい――!
父親は娘の弱っていく姿を見るのに耐えられず、様々な手を尽くすも、 その原因がわからぬのでは手の施しようも無くなる。 やがて新聞の紙面に、再びブラックウッドの名が大きく挙がった。
居ても立っても居られず――弾かれたように家を飛び出していた。 父親の静止を振り切り、馬車に飛び乗り彼女が向かった先は、 あの日、彼に身体を開いた場所――カワード邸だった。
あの晩、の後始末に一役買った中年のメイドが奥から出てくると、 問いかけすらせず、そのまま無言で奥へと通してくれた。 通されたのは二階の――書斎。 顔を出したのは白髪交じりの執事長だった。
――が、あと数分お待ち頂ければ。 お帰りの頃と存じます」 「…ありがとう…待たせて頂きます」
部屋の窓からは、立派な庭園が一望できた。 灰色がかった草花をぼんやりと見つめて、ようやく心が少し落ち着いた気がした。 おそらく半刻も経っていないだろう――次に扉が開いた時、 颯爽と部屋に入ってきたのはカワードだった。
大分立て込んだ用がありましてね」
カワードは右手を掲げ人払いをすると、まるで兄が妹を慰めるように、 の肩にそっと手を添えて支えてやった。
貴女の心を苛んでいるのは、彼の…“ブラックウッド卿”の事ですね?」
カワードを見上げ、とにかく必死に懇願した。
カワード卿のお力添えで、あの方の、」
カワードが想像した言葉は、陳腐そのもののセリフだった。 だが――実際彼女が紡いだ言葉は、女の口から飛び出すにしては、 あまりにも物々しく、そして哀しいものだった。
婦人の立ち会いなど論外なのだが――内務大臣のカワードの手配で、 離れた物陰から見守る事を条件に、内々に話が通ってた。 黒いローブで顔まで隠して、身元の判別もつかぬように――との事だった。 カワードはの後ろに控え、自らの善意で付き添ってくれた。 そしてついに――処刑台の縄の前にブラックウッドが現れる。 彼は彼そのものだった。 確信しか持たぬその眼に、参列する人々は皆怯えきっていた。 罪状が読み上げられる。 の手と足の震えは一層強くなる。 彼の名を叫んで飛び出したい衝動に襲われる。 だがそんな想いに感づいたのか、後ろに立つカワードに腕を引かれた。 絶望的な興奮の中、視線は彼に釘付けとなる。
縄が首を締め上げ、小さく痙攣しながら――ブラックウッドは息を引き取った。
――どうやら意識を失っていたようだ。 なぜかすんなりそういう確信が持てた。
「手を貸しましょう――さあ、どうぞ…水を」
カワードはただただ美しい、と思った。
訴えるように、けれども確信に満ちた声で言い聞かせた。
「…――闇の、魔術、」
口元に微笑みすら貼り付けて、深くひとつ頷いた。
あの方の力を侮ってはいけない。 これもあの方の計画の一部なのです。 ――あの夜、貴女を魅了した…あの力だ。 そして貴女はあの方の未来の妻となる女性だ」
カワードはまた、まるで兄のように、指の腹でそっと頬を拭ってやった。
あの方は貴女を迎えにきて下さる――必ずね」 |
20120525 呱々音
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