そして今宵もまた、貴族の気まぐれな夜会が催されていた。

この社交の場を提供し、主催したのは――カワードその人だった。

カワードはブラックウッドの忠実な飼い犬。

黒き闇の魔術に魅入られた彼の崇拝者である。

犬は主の漏らした一言で、ここまで完璧な舞台を誂えたのだ。

議員や政治に携わる者が集まれば、

自然と形式ばった暗黙のルールにでその場は満たされる。

熱心なおべっかと議論の飛び交う向こう側に、可憐に目を惹く存在が洗われた。

その人である――彼女は今宵もやはり完璧だった。

世間ではもっぱら“行き遅れ”として有名であるらしかったが、

ブラックウッドにしてみれば、それはあらゆる嫉妬のせいに過ぎぬ気がした。

男にとっては、手に入らなかった高嶺の花。

女にとっては、最上級の美と才に満ち溢れた敵わぬ女神。

は招待主であるカワードを見つけると、礼儀正しく挨拶を述べた。


「カワード様、本日はお招き下さり感謝致します」

「これはこれはミス・――お越し下さり光栄ですよ。

 ――ご紹介致します。こちらはヘンリー・ブラックウッド卿」


ブラックウッドはの小さな手を取ると、

彼女の目をしっかりと見つめながら口付けた。


「――お見知りおきを」

「お噂は兼ね兼ね。ようやくお会い出来ましたわ」


その瞬間、どこからともなくトマス卿――、

そして卿が慌てた様子で駆け寄ってきた。

トマスの顔は動揺を押し殺したゆえに真っ赤だった。

卿は慌てふためいたようで、挨拶もそこそこに娘の手を引くと、

まるでブラックウッドからを遠ざけるようにして逃げていった。














!何もされなかったか」

「何てことをおっしゃるのお父様。

 私はカワード様にご招待のお礼を申し上げていただけですのに」


温厚な父の慌てように、の眉間に小さな皺が刻まれる。


「そうじゃない。あの男の方だ――ブラックウッドだ!

 あれはお前にとっても英国にとっても良くない存在なのだ」


はしばらく黙っていたが、父親の剣幕が収まるのを待って、そっと告げた。


「――お父様が心配なさっているようなことは何一つありませんわ。

 だからどうか落ち着かれて。

 そのようにお気持ちが乱れるのであれば、

 私は隣室のご婦人方のテーブルへ参りましょう。

 お父様にはまだまだ皆様とのお話がございますもの」

「うむ――つまらんだろうがそうしてくれ。

 お前の言う通り…まだまだ“仕事”が残っておる」


やんわりとなだめられ、卿は幾分気分を取り戻したようだった。

娘に背を向け、またあの喧騒と欲望の渦巻く社交の場へと消えていった。

は胸の高なりを沈めるように、手袋で包まれた手でそっと胸をおさえた。

先程ブラックウッドがこの手をとった時、彼は抜け目なく小さなメモをに握らせていたのだ。

それとなく辺りを確認し、は胸元に潜ませていたメモをそっと取り出すと、

神経質そうな字で書かれた文を素早く目で追った。




“二階の図書室へ”




は落ち着こうと努めて、深く息を吐く。

なぜか――己の中に“行かない”という選択肢は用意されていなかった。













廊下に逃げると、見つからぬように慎重に立派な階段を登る。

一階の喧騒がまるで嘘のように、二階は暗く静まり返っていた。

コツリ、コツリと自分の足音だけが広い屋敷の廊下にこだまする。

図書室がどこかもわからぬまま、経験と勘を頼りに辺りを見渡し、

恐る恐る足を動かし続ける――すると。

強い力で腕を引かれ、抵抗する間も与えず、部屋の中へ引き込まれた。

思わず声を上げそうになったが、生憎それは想定されていた事らしく、

口元は手のひらで押さえられていた――ブラックウッドだ。

背に本棚らしき感触を感じる。

なるほど、ここが図書室か――は脳の片隅でそう認識した。


「…――失礼」


手をそっと退けると、月明かりだけが差し込むこの部屋に、

ブラックウッドの姿がはっきりと浮かび上がった。

収蔵されている本たちもまた同じように。

小規模な図書室ではあるが、実に立派なものである。

ブラックウッドはまるでこの空間を手懐けた闇の王のように感じた。

もったいぶるような優雅な足取りで踵を鳴らしながら、

から一定の距離を保って、視線だけで見事に彼女を絡めとる。


「来てくれて嬉しいよ――嬢。

 私は今宵、どうしても貴女にお伝えしなければならぬ事があったものでね」

「…貴方との接触をかたくなに禁じられている理由にも繋がりますか」


返事の代わりに、彼は歩み寄る。

まるで蛇か鷹か――睨めつけるように見つけられ、身体に穴が空くかと思うほどに。

意識すればする程、身体が熱い。

ブラックウッドに睨まれて、動きが取れない。

彼の唇が耳元で囁く。


「――君の本当の出生を知っている」


背筋にぞくぞくと走る痺れを感じる。

ブラックウッドは構わず続けた。


「トマス・ロザラムの正妻の不貞の結果生まれたのが――、君だ」


トマス卿の妻アイリスの不貞。

それは13年前、自分を裏切った夫へ当てつけた、かくも愚かな火遊びだった。




アイリスは実兄に相談し、養子を取るなら少しでも血筋の通った子をと提案する。

兄夫婦には子供がなかった。

すでに家督を継いでいる兄は焦っていた。

夫婦はアイリスの提案を受け入れる事を決めた。

そこからある計画が始まる――真実を偽るための計画が。

トマスは「妻は気管を患ったので、森の別荘で療養に励む」

は「妻は念願叶って妊娠した。負担を減らすためしばらく田舎の親戚の家へ行く」

と2人の夫はそれぞれ真実を偽った。

アイリスと兄の妻ソフィアは10ヶ月間、夫と家を離れ人目を偲んで一緒に暮らす事となった。

ソフィアは口の硬いメイドと共に、アイリスの罪深い妊娠生活を見守り続けた。

そうして生まれた子供は、その場でソフィアの手に渡されたのだった。






――いくら不義の出生とは言え。

それでも、不妊に悩む夫婦にとっては念願叶って授かった宝物だった。

子は――と名付けられた。













ブラックウッドは詰め寄り、しっかりとを見据えた。


「どうだね――少しは理解してもらえたかな」


固まり立ち尽くし、見開かれた瞳には得意げに微笑む彼の顔が映っていた。

震える喉を懸命になだめながら、は言った。


「――どうやってそれを…知ったのですか。

 私ですら…3年前、母が死んでから、その事を知ったのです。

 …母の遺品の日記からでした。

 しかしそれが事実か父に確かめたことは…ありません」


ブラックウッドは少し首を傾げる。


「なるほど。知っていたなら話は早い。

 ――アイリスとソフィアに付いて、身の回りの世話をしていたメイドが、

 それを真実と認めたのだ」

「…貴方は…なにが仰りたいのですか?」

「君と私は同じモノだ」


――そう。知っている。

例え告げずとも互いが異質な存在だと――。

匂いで分かる――とてそう感じていた。

ブラックウッドは静かに続ける。


「修道会の主導者であるトマスが、

 妻以外の女と交わって生まれたのがこの私だ。

 妻のアイリスは10年越しの報復のつもりだったのだろうが、

 ――とにかく、君が生まれた」


は眉を垂らし、泣き出しそうな表情でブラックウッドの目を見つめた。


「…――私達は修道会とトマスに運命を弄ばれた、罪深い革命児なのだ」


噛み付くように唇を塞がれる。

抱き込まれた身体は抵抗を示すが、それも最初のうちだけで、

は無意識に唇を動かし、彼の腕をしっかりと握りしめていた。



































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なんとなくブラックウッドは38歳くらいのイメージ。

は25歳くらいかなあ。

20120525 呱々音