ロマンとミッキーはクラブの経営、作曲、プロデュース…

そしてジョニーのバンド時代にはマネージメントをしていた。

実は彼ら、4年前の[政権交代]に運悪く巻き込まれた被害者だったりする。

(それもこれもすべてはジョニーのせい!)

薬中ジョニーの奔放な振る舞いを発端に、あれよあれよと多くの人間が巻き込まれ、

――ひいてはレニーの裏切りと金で築いた帝国も崩れ去ったという。

さてそんな問題児ジョニーの脱ジャンキー祝いも兼ねて、

ジョニー&アーチー、新たな2トップの就任祝のパーティーが開かれる。

会場はもちろん、ジョニーの希望したロマンとミッキーのクラブで。

表向きは身内でささやかに、と言ったところ。

普段の仕事をこなしつつも私は週末のことで頭がいっぱいで、

今日もこのままジョニー&アーチーのスーツの仕立てに

付いていくお役目をまんまと授かったのだった。

足取りも軽く車に乗り込むと、ジョニーとアーチーを迎えに

オフィスに乗り付ける。
















ジョニーは鏡の前で長い腕を広げると「見世物ピエロだな」と言った。


「パーティーの衣装なんだもの。

 派手で良いわ。それより格好良くキメてよね」


ジョニーは煙草を銜えると「任せとけ」と軽やかにポーズを決めた。

さてここ仕立て屋アルマのフィンは、レニー時代からのご贔屓。

アーチーはジョニーを見て少し首を傾ける。


「黙ってりゃ良い男にも見えるだろうに。

 お前は本当にもったいないヤツだな」

「なんだよアーチー。オレに妬いてるのか?」

「バカ言っちゃいけないな “お嬢さん”」


アーチー特有の返しだ。私は密かにこれが好きだった。

人の良いフィンは柔らかく微笑むと「じゃあ次はアーチーだ」と言った。


「こっちのフィッティングルームを使ってくれ」

「アーチー。預かるわ」


私が手を差し出すと、アーチーは着ていたジャケットを手渡す。

その一連のやりとりがとても自然だったので、フィンは更に笑顔になった。

アーチーが隣の部屋へ消えたのを良い事に、

ジョニーのおしゃべりな口がペラペラと回り出す。


「なあ――お前はいつアーチーに好きって伝えんだ?」

「…余計なお世話よ」

「けどよ?オレが知ってる限り、はずーーーっとアイツに惚れてる」


私は顔を歪めると、思い切って質問で返した。


「アーチーはなぜ結婚しないの?」

「かなり昔にしてたけどね。3ヶ月で別れてるよ」

「…奥さんのことが…いまだに忘れられないとか?」

「それはないな。自分から別れてくれって突き放してたよ。

 思い返しても…ひどかったな〜ありゃ。

 超のつく美人はアーチーに泣きついて、

 おまけに気の振れた演技のサービスつき。

 自殺未遂まで演じて見せられたってのに、

 当のアーチーは頑なに別れるって譲らなかった――いやあ懐かしいぜ」

「――もしかして」

「あいつはノンケだ。それに浮気もしてねえ」

「じゃあなんで、」


ジョニーはぷかぷかと煙草を吸うと、天に向かって大きく吐き出して一言。


「本当のところなんて誰にも解らねえよ。

 …心の中に忘れられない女でもいたんじゃねえの?」


黙って聞いていたフィンがうんうんと頷くと、

とてつもなく上品なスーツに着替えたアーチーが

隣の部屋から颯爽と登場した。

無言で鏡の前に立つと、真剣な眼差しでスーツの端々をチェックする。

フィンの質問に受け答えし、いくつか注文をつけて、

ようやくジョニーと私の方を向いた。


「さあジョニー。お前に“正解”を見せてやろう」

「ムカつくぐらい似合ってるぜ、アーチー」


ジョニーがわざと悔しそうに手をヒラヒラさせる。

確かに――ムカつくぐらい。

それくらい、フィンの仕立てたスーツは彼によく似合ってる。

手足の長さを引き立てるような洗練されたデザイン。

ものすごく――セクシーだった。


はどうだ」

「…――見蕩れた」

「なら良い――フィン、これで行こう。

 ボタンだけこっちのヤツに変えてくれ」

「かしこまりました」


――なら良い?


「 “なら良い” んだってよ?」


ジョニーがこそこそと耳打ちをしてきたので、

私はなんの迷いもなく彼の足を踏んづけてやった。
















ルブタンのピンヒールで一日いじめ抜いた足を投げ出して、

シャンペンを飲みながら大好きなCDをかける。

私だけの空間が出来上がる。

考えごとをするにはもってこいだ。

――ジョニーの言った事は正しい。

私は物心ついたときからアーチーのことが好きだった。

彼が「お嬢ちゃん」なんて呼んでくれている頃から。ずっとだ。

「お嬢ちゃん」はいつしか「お嬢さん」になり、

パパの死をきっかけに「」になった。

昼間ジョニーの言っていた言葉が引っかかった。

こんなに付き合いの長い私でさえ、

アーチーが結婚指輪をはめているのを見た事が無かったから。

だから私はてっきり、アーチーは結婚しない主義なのか、

はたまたそれに相当する理由を勝手に推測してきた。

でも――ジョニーは言った。

――“アーチーは結婚していたことがある”と。

たった3ヶ月で幕を閉じた結婚生活とは

彼にとってどんなものだったのだろう。

束縛、墓場――そんなものだったのだろうか。

そして――なぜ呆気なく別れるに至ったのだろうか。

他人などには決して理解することの叶わない理由があるのだろう。

でも――それは一体、いつだった?

こんなに長い付き合いだけど、彼の結婚も離婚も

私は一切知らなかった。

いや、アーチーだってこの世界の人間だ。

人に知られないようにしていたのかもしれないけれど。

――“心の中に忘れられない女でもいたんじゃねえの?”――

その重要な部分を思い出しぞっとした。

良い歳して馬鹿みたいに幼い私の恋心は、決して実ることなど無い。

そうと理解っていても――ジョニーの吐いた言葉に恐ろしくなった。
















木曜日。

私は翌日のパーティーの打ち合わせのために

ロマンとミッキーのクラブを訪れていた。

業者の出入りやらアルコールとオードブルのセッティングやら、

細かな打ち合わせはずっとアシスタントのジューンとしてきたから、

今日はロマンとミッキーに最終的な確認を取れれば良かった。

瓶ビールを片手にミッキーが言う。


「しっかしエリートコースまっしぐらでやっていけたが、

 わざわざアーチーのお抱えさんになるなんてなァ」

「それだけアーチーに惚れてるって事だろ」


ロマンがあまりにも楽しそうに続けるものだから、

私は思わずビールを吹き出しそうになった。

ジューンが艶やかに口端を上げて笑う。


「はやく言っちゃえば良いのに」

「…――おい嘘だろ?あんたらとっくにデキてんのかと思ってたぜ?」


私はぐいっと口元を拭うと、書類の山を鞄にぶち込んだ。


「お生憎さま。じゃあ私もう行くから。

 くれぐれも余計なこと吹聴して回らないでちょうだいね。

 一度、平手打ちを試してみたいと思ってたところなの」


ビールを呑み込んで黙ってしまったロマンとミッキーの後ろで、

ジューンが愉しそうに笑って手を振った。


「わかってるわ。また明日ね
















早々と切り上げてしまったので、何とは無しにスピーラーへ足を向けた。

1時間くらい時間を潰せるだろう。

誰もいないなんて事はほぼ無い。誰かしら居る。

顔パスで上へ入れてもらうと、案の定いつものメンバーがゲームを楽しんでいた。

今日はビリヤードらしい。


「やあ、明日のドレスは用意したのかい」


フレッドがにこやかに聞いて来た――勝っている証拠だ。

ギネスを飲みながらボブの隣に腰かける。


「なんだよ。珍しく浮かない顔だな」

「わかるの?」

「わかるさ。当ててやろう――…アーチーだ」


私は開き直って思い切り大きな声を出した。


「もう!なんなのよ皆して…!

 そんなに私ってアーチーのことが好きそうに見えるの!?」


ワンツーがボールから目を離して戸惑いの声を上げる。


「え…嫌いなのか?」

「……好きだけど」


マンブルズが言う。


「アーチーだってそろそろコールガールは卒業して、

 ひとりの女性に絞ってもいい頃だと思うぜ」


フレッドが思い出したように続ける。


「確か…あのべっぴんさんと離婚してもう10年経つんだったか」

「…――10年?」


フレッドがしまったという顔をした。


は…知らなかったか…?」

「…いいえ。離婚のことは知ってるわ。大丈夫よ」


優しく微笑んでみるが――そうか…彼は10年前に離婚したのか。

ジョニーの言っていた言葉が蘇る。

――“心の中に忘れられない女でもいたんじゃねえの?”――

なんだ。

そうだったのか。


パパが亡くなったのが――10年前。


アーチーは――。


――ママの事が好きだったんだ。



































next


















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ダダ漏れっていう。

20120420 呱々音