あんなに楽しみにしていたパーティーも、

こうなってしまうと憂鬱でならない。

なぜかと言えば。

ママも来るからだ。

もちろんママに罪は無い。

でも…。

アーチーとママのおしゃべりする姿なんて、今はとても耐えられそうにない。




「…――い、おい。聞いてるのか?」

「……、ごめんなさい聞いてるわ」


いらつきながらもどこか心配そうに、アーチーに顔を覗き込まれた。


「大事な日なんだからしっかりしてくれよ?

 ――どこか具合でも悪いのか」


胸が張り裂けそうだった。

いつもそう――彼は優しい。

私にだけなのだと思い込みたくなるくらいに。

精一杯の笑顔で首を振る。


「いいえ。どこも悪くない。

 …そのスーツ本当によく似合ってるわ、アーチー」


アーチーが盛大に溜息を吐き、何か言いかけたその時。

ジョニーが華麗に舞い込んで来た。


「さあ行こうぜ相棒。

 会場は満員御礼。ロックな客で溢れ返ってる。

 いいかげん出てかないと興醒めもいいとこだ」

「急かすなジョニー。

 も、ほら立て――パーティーだ」
















ジョニー&アーチーの最強タッグは言わずもがな

地主や経営者、議員、そしてこの裏を生きる者たちから

熱いラブコールで受け入れられた。

レニーの独裁制を打ち崩した2人だ。信念と心意気を持っている。

(もちろんその気になればレニー直伝の“魔法のステッキ”だって振れる)

掌が真っ赤になるくらい拍手をし続けた。

ふたりとも本当に素晴らしいスピーチだったと思う。

何があっても、彼らを支えて行きたい。

私は人知れず、強く強く心に誓った。

挨拶を終えるとジョニーはそのままステージに上げられ、

熱心な客の要望に答えてご自慢のロックンロールを披露。

久々に歌うジョニー・クイドの声に、誰もが踊り狂っていた。

私は各界の客人、そしてママとシャンペンを飲んでいた。

離れた場所で客に挨拶をしているアーチーと目が合うと、

長い足を軽快に伸ばして、彼はにこやかにこちらに来た。


「お久しぶりですミセス・。ようこそ来て下さいました。

 今宵も美しい貴女にお会いできて光栄だ」


彼の長く美しい指がスマートにママの手を取ると、

華奢な手の甲に小さなキスをひとつ落とした。

目眩がした。

ママは魅力的だ――それは認める。

だから仕方の無いことだ。

でも――でもなんで――なんでこんなことに――?

私の顔色が悪いことに、ママが気付く。


「どうしたの、?あなた顔が真っ青よ…!」

?――おい、大丈夫か?」


アーチーの声がまるで壁の向こうから聞こえるみたいにくぐもって耳に届く。

一生懸命笑って返そうと思うのに、私の足は冷たく棒のようで、

どんどん動けなくなって――…。

馬鹿で大げさな貧血女みたいに足から崩れたかと思うと、

アーチーの腕にいとも容易く抱えられていた。

ママの小さな悲鳴が聞こえたけれど、アーチーは丁寧にそれをなだめた。


「ミセス・。どうか落ち着いて。

 軽い貧血でしょう――あとは私が」


まだ上手く返事すらできない私は、そのまま奥のVIPルームへと運ばれた。
















ジューンの持って来てくれた冷たい水が喉を潤す。

意識してゆっくり呼吸を繰り返す。

アーチーがいとも容易く人払いしたVIPルームは

遠くの方からジョニーのシャウトが聞こえるものの、

思いのほか煩くはなかった。

ソファは革張りの特注――ミッキーはなかなか良いセンスをしてる。


「――気分はどうだ」


大人の男ですら怖れる、あのアーチーが。

私のために膝を折り、心配そうに顔を覗き込んでいる。

悪顔だけど――品の良い整った綺麗な顔だ。

見慣れているくせに、私の心臓は性懲りも無く暴れ出した。


「…ごめんなさい、こんな大切な日に。

 少し休んでいれば良くなるから。

 主役なんだから――もう行って?アーチー」


彼の目を真っすぐ見られなかった。

気分の悪さで誤摩化せていたら良い――。

こんな気持ちを見透かされても最悪なだけだ。

けれどアーチーは隣に腰かけて気怠げにタイを緩める。


「今の主役はジョニーで充分だ」


――確かに。

ライヴはヒートアップそのものだ――ジョニーのばか。

自分の膝小僧を必死に見つめて、奥歯を噛み締める。

私の横顔を熱心に見つめるアーチー。

彼の長くて骨張った指が、躊躇いがちに私の肩を撫でる。


「……なんで泣いてる」

「……苦しくて」


深い溜息がひとつ。


「質問を変えよう。

 ――その苦しみの理由はなんだ」

「…言えない」

「いいから」

「知られたくない」

「言え」


むきになって、ついに彼の瞳に捕まる。

アーチーの射抜くような目――本気の目だ。

こうなるともう冗談では済まされない。

震える唇を無理矢理動かした。


「アーチーは…――10年前、離婚したって聞いた」


彼の顔色が変わる。


「短い結婚生活だった、って。

 なにか理由が…あるとしたら――それは…、」


やっぱり、知られたくなかったのだろう。

彼の表情が険しくなって、とても悲しそうな目をする。


「パパが死んだのが10年前。

 ねえ――アーチー…これって偶然?

 アーチーは……ママのこと、好きだったの?」


胸が痛くて千切れそう。

彼の瞳を縋るように見つめて、私の目からは大粒の涙が落ちた。

目の前の彼がゆらゆら揺れている。

アーチーは私の両の手首をきつく掴むと、

まるで恫喝するような声で、静かに吠えた。


「いいか、

 俺は、お前がまだおしめをしてる時から、

 お前のことを知ってる。

 クソガキジョニーのお守りついでに、

 お前と一緒に動物園にも行った。

 アイスクリームも買ってやった。

 風船だってそうだ。

 入学祝いのパーティーだって出席した。

 それは全部親父さんとの取引を円滑にするための社交辞令か?

 ――ああ例えそうだとしても、だ。

 お前にとって、俺は、“アーチーおじさん”

 そうだろ?」


なにも解ってない子供に言い聞かせるみたいな口調だ。

この小さな恐怖の正体が、アーチーに対してなのか、

それともこの先に待っている話のせいなのか。

彼に手首を拘束されて、何とか話を聞いていられる状態なのだ。


「いいか?ただの“アーチーおじさん”だ――、

 ただの“アーチーおじさん”じゃなきゃいけないんだ。

 俺はを見守って、育ててやる、“アーチーおじさん”。

 そういう誓いを、ずっと自分に立てて来た。

 どうして、お前は、いつも、ソレを、理解しようとしない!」


アーチーは声を荒げたが――反して泣き出しそうな表情をした。

きつく握った私の手首に、苦しげに額を添える。

まるで懺悔するみたいに。


「…――俺が彼女と離婚れたのは、

 お前のママに惚れてたからじゃない」

「…――うん」


彼の頭に、そっと口づけた。

私たちはきっと、この会話を続ける勇気が欲しくてたまらないはずだ。

彼がゆっくりと顔を上げると、強かな瞳があった。

その眼差しで、また私の心を徒に揺さぶる。


「…俺がムショにぶち込まれてた、クソみたいな4年間。

 は毎日のように訪ねて来てくれたな。

 とりとめの無い話で一生懸命、励まそうとして、

 時に俺の代わりに小さな胸を痛めて、

 涙まで流して――本当にいじらしいかったよ」


気付けば互いの鼻先がくっついてしまいそうな距離に彼がいる。

鋭く射抜くような彼の瞳の奥が、なぜか濡れて輝いて見えた。


「…――キスしてもいいか」


苦しげにそう呟く彼に、小さく頷いて唇を捧げる。

まるで飢えた獣みたい。

それでもどこか紳士的だから困る。

もし立っていたならとっくに腰が砕けてる。

熱に浮かされて、翻弄されて、ほだされて――。

感じた事のない大人のキスだった。

未知の味わいと、息苦しさ。

切なく離れる唇が恨めしかった。
















アーチーに手を引かれて、フロアに戻ると

妙にご機嫌なママは彼に向かってこんな事を言った。


「いつを引き取ってくれるのかと思って、ずっと待ってたのよ?

 随分時間がかかったわねえ」


さすがはママだ。

アーチーは返す言葉が見つからず眉間を抑えている。


「娘は生まれた時からアナタの事が好きなんだもの」


艶美に笑うママは麻薬みたいにセクシーだ。


「……ええ――知ってます」


アーチーもアーチーだ。

そんな普通の表情で何をしれっと返しているのだろう。

妙に恥ずかしかった。

丁度ジョニーの演奏が終わる。

喝采とジョニーコールで会場は割れんばかり。

ジョニーはステージから下りると愉快そうに近づいて来た。


「ニヤニヤしないで。ジョニー」

「諦めな。俺は生まれつきこういう顔だ」


アーチーと私を交互に見て、一言。


「ふたりを見守ってきた俺としては、

 もどかしくって何度もキレそうになったんだが…。

 良かった、やっとくっ付いた、おめでとう。

 で――?お前らは何こんな所でボサッとしてんだ?

 さっさと帰ってセックスしろよ!」

「ジョニー!!!」

「――ジョニー。

 お前もたまにはまともな事が言えるんだな」

「アーチー!!」


金切り声を上げる私に、更にジョニーはトドメをさす。


「いいからさっさとヴァージン貰ってもらえよ!」

「あんた最低!よくもそんな事…!殺してやる!」


――最悪だ。

目の端で恐る恐るアーチーを見る。

ああ!ほら!あまりに酷くて固まってる!

どうしてくれるのよ。

アーチーの目元は――暗くて読み取れない。

居たたまれなくなって、ついに私はアーチーの手を取って

浮かれまくったバカ騒ぎのクラブを抜け出した。

――もちろんジョニーには中指を立てて。
















ターボに送ってもらう車中でも、私たちはしばらく無言だった。

その沈黙を裂いたのは――アーチー。


「…――本当なのか?

 でも――…付合ってたヤツがいたじゃないか」

「どれも2週間で別れてるのに?」

「俺が知ってる限り5人はいた」

「ボブは外してよ。

 パーティーのパートナー役を頼んだだけだもの」

「あいつはソーセージとボールが好きだしな」


アーチーの肩を小突く。

そのまま冗談めかして彼の顔を見上げたつもりが、

まんまと真摯な瞳に射抜かれてしまう。


「…――自分の口から打ち明けたかったわ。

 だって…こんな歳まで経験ないなんて化石も同じじゃない。

 言いづらくって……それに、」

「それに?」


顔が熱い。

目を背けて俯いてしまう。

アーチーはむせ返るほどに抗えない色気で、

私を威圧する――わざとだ。


「…私はアーチーに貰って欲しかったけど、

 もし…――抵抗があったら」


そういう男も居た。


「…――参ったな」

「…――ごめんなさい」


彼の口から溢れる悩ましい溜息は、

許容とも呆れとも取れる。

不安げにアーチーの顔を覗き込む私を見て、

彼は満足げに口端を上げた。

そしていつもと同じ――最高にセクシーな声で一言。


「――“アーチーおじさん”に任せておけ」











シーツの上。

ミステリアスな照明。

ディプティックのキャンドル。

20年越しの男と女。

真のロックンローラは

こうして全てを手に入れた。




















































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お粗末様でした。

一応年齢を計算して書いてます。

アーチーが45歳でさんが24歳くらい(あくまで目安)

ジョニーのリハビリに4年かかってるって設定で書いてます。

もっと格好良いアーチーにしたかったです。ごめんなさい。

ジョニーに「ヴォンヴォヤージュ」って言わせたかったなあ(笑)

20120420 呱々音