教えてあげる。

“ロックンーラ”とは?

ドラムを叩くことやドラッグでぶっ飛ぶこと?

いいえ違う――それ以上のものだ。

人は何かを欲しがる。

ある者はカネ。ドラッグ。

ある者はセックス。肉体的魅力。名声。

だがロックンローラは?

真のロックンローラは

全て欲しがる。







































ロンドンの裏ではいつだって戦争が繰り広げられている。

レニー・コールはロンドンそのものだ。

昔からこの街のボスであり、ルールであり、絶対だ。

レニーが牛耳るこの街こそ、私の育った街。

私たちの生きる街。

ロックンローラが生きる街。
















スピーラーという店には悪い男たちが集まって、

賭け事や裏の仕事の話をしている。

――彼らはワイルドバンチというチームだ。

15年前、私のパパは当時まだ10歳にも満たない私を、

スピーラーの女主人やワイルドバンチに預けては

仕事のために1、2時間姿を眩ましていた。

――今思えばとんでもない教育法だ。

上流階級の名残が根強く残るお嬢様学校に通っていた私が

どうしてこんなうら若い少女時代から

ロンドンの裏社会に肩までどっぷり浸かっているのかと言えば、

それは一重に最悪に卑劣なパパのおかげだろう。

狡猾で非道な父親は、レニーのビジネスパートナーとして優秀だったと思う。

自分の親ながら、彼には申し分無い商才があった。

ときには血なまぐさい手も使うし、金で抱き込む方法もレニー譲り。

しかし出る杭は打たれるという物で。

パパは正体不明の【密告者】のおかげで禁固10年を食らい、

収監3年目にして心筋梗塞を患って、刑務所の中でその人生の幕を閉じた。

実に呆気ない。

土地を含め、有り余る財産が残されたのは幸いだろう。

未だに感謝してもしきれない。

レニーはパパ以上に卑劣で非情な男だが、

どういう訳か残されたママと私から金を搾り取るような真似はしなかった。

今にして思えばレニーなりに負い目があったのだろう。


そう――レニーこそが20年間ずっと仲間を売り続けて来た【密告者】

シドニー・ショーその人だったのだから!


仲間を売るなんて最もタブーな行為だ。

レニーは身から出た錆で、自らの身を腐らせ滅ぼした。

バイバイ、レニー。そして裏切り者にはぴったりの幕引きだった。

幸い私は過去最悪とうたわれたその[政権交代]に巻き込まれることなく

大学まで立派に卒業した。

――が、相変わらず入り浸るのは裏の世界だった。

よく勘違いされがちだが、銃を片手にドンパチするか

薬を吸う事しか脳の無い人間は、本当の裏社会ではほとんど存在しない。

知識と教養のある頭の良い人間こそ、この世界には必要なのだ。

そして節度を弁えた、欲と野望で金を作れる、

才能ある人物としてロンドンの新しい帝王にのし上がったのが

ジョニー・クイドとアーチーだった。

ジョニーはレニーの血の繋がらない息子。

生まれながらの“毒”だった。

その悪意のこもらない性悪さは、周囲の人間から脅威とされ疎まれる。

誰の手にも負えなかった。

(でも私は小さい頃から彼が嫌いじゃなかった)

もちろんあのレニーにとっても目の上の腫れ物。

実の母親すらお手上げ状態で、結果、精神を病んで自殺した。

刺激的な音楽を世に生み出したロックバンド

クイド・リッカーズのフロントマンだったジョニーは、

超のつくジャンキーに身を落として

おまけにボートから転落死したなんて新聞記事まで書かれたのだから。

実際彼を知る人間は、そんな記事ちっとも信じてなかった。

もちろん当時の私もだ。だってあの彼が死ぬ訳ない。

継父レニー以上の素質が彼にはあった。

とにかくセンスが良い。ぶっ飛んでて、強烈。勘も鋭い。

ロックの精神を尊ぶくせに、まともな教育を受けてきたから教養もある。

レニーの死後、ジョニーはジャンキー用のリハビリ施設に入所して

薬とキッパリと手を切った。

(煙草はやめられなかったらしいけど)


さて――そしてアーチーだ。

アーチーは人生の20年をレニーに捧げて来た。

彼はものすごく優秀なレニーの右腕。

レニーもアーチーの事を「忠犬」だと言っていた。

泣く子も黙ると名高いアーチーの平手打ちも、私は何度も見て来た。

(もちろん私は平手打ちを受けたことなど無いけど)

いつぞのロシア人の絵画が「ラッキーピクチャー」なら

アーチースマイルこそ、仕事の幸運の印だった。

だけど実の所レニーは――アーチーの事も密かに売っていた。

レニーの密告で、アーチーは4年の刑期を食らった。

彼の非情さも、話の解るところも。

アーチーの全ての仕草には、人間のベースがいかに良く出来ているかが滲み出ている。

面倒見の良さも距離感が抜群だし、レニーのフォローも彼にしか出来ない。

パパが亡くなってからも、アーチーは何かと私たち母娘を気遣ってくれた。

父親代わりなんて口が裂けても言わなかったが、

アーチーは私の誕生日には必ず、抱えきれない程大きな花束を届けてくれた。

どんな危険な店にもクラブにも、

もちろんワイルドバンチのたまり場であるスピーラーにも顔パスの私が

レニーやアーチーに出くわすのはかなりの頻度だった。

視界に品の良いスラックスと革靴を見つけて、

更にすらりと長い足を追えば、

いつだってそこにはアーチースマイルがあるのを私は知っている。

彼の笑顔は愛想じゃない。

涼しげな目元で。口端を柔らかく上げて。

余裕があるから笑うのだ。

もしかしたら嘲笑う――でもそんな感覚に近いかもしれない。

【密告者】レニーを葬ったのもアーチーだ。

(彼は本当に手際良く、ボスの“後始末”を面倒みてやったと思う)

今やロンドン裏の顔として君臨するジョニーも、

そしてアーチーも…私にとっては大切な身内だ。

もちろんワイルドバンチのワンツー、マンブルズ。

ハンサム・ボブ、フレッドも。

クッキーだって。

もっともワンツーから汚い言葉を教わったことに関しては

当時ママはものすごく後悔していたみたいだけど。

それでも危ない世界に身を投じる夫を持った女らしく、

ママは私がロンドンの表と裏を自由自在に行き来するのを

一度だって咎めたりはしなかった。

(そして才能だと言ってくれた)

そして今の私はと言えば。

立派に独立して、ジョニー&アーチーのお抱え弁護士として身を立てている。
















「あの“小さな”が今や弁護士先生とはね」


カードのテーブルを囲みながらマンブルズがからかう。


「心強いでしょ。みんなすぐ無茶するから心配で。

 ついにみんなのための弁護士になっちゃった」

「最低な就職理由だな」


ワンツーがそう笑ったのを決して聞き逃さない。

私はすかさず反撃する。


「あらワンツー。

 トラブルに関しては特にあなたが一番ヒドイ」

「違いないね」


ハンサム・ボブが愉しそうに笑い転げる。


「黙ってろボブ。

 誰だよこのお嬢さんに悪い遊び教えたのは」

「お前だろうが」


マンブルズが慣れた口調て付け加え――だいたいこんな感じだ。

いつも通り。

組織という山のてっぺんが新体制になったからと言って、

彼らのようなゴロツキが何か特別な心境の変化を体験する訳でもない。

ただワイルドバンチは各々、シドニー・ショーことレニーによる

密告の犠牲者として刑務所にぶち込まれている。

仲間売りをしたレニーに対して

結果的に恨みつらみも多かったから、

ジョニー&アーチーの堅固なタッグには素直に歓迎を示している。


「――そろそろ行かなきゃ。

 誰が勝ったのかちゃんとメールしてよね。

 次のビール代が掛かってるんだから。

 じゃあね皆――金曜の夜にロマンとミッキーのクラブで会いましょ」



































next


















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まさかの「ロックンローラ」でアーチー夢。

お抱え弁護士になる前に、レニーに長年雇われている敏腕弁護士の事務所で

技をみっちり仕込んでもらっていればいいなと思います(笑)

20120420 呱々音