柔らかなベッドの上に押し倒され、身体は完全に抵抗する力を失う。

手首をしっかりと抑えつけられて動けるはずもない。

逸らすことなど許さぬと言わんばかりに、

アイリーンの瞳はを見つめ続けている。


「これは誰が一番最初に貴方を奪えるか掛けたゲームよ」


拘束していた手は今度はまるで労るように優しく子猫の頬を包む。

そして慰めるようにバラ色の唇へもう一度キスを落とす。

角度を変え、あやすように、味わうように、煽るように、何度も、何度も。

の瞳から一筋の涙が伝う。

組み敷いたその無垢な身体の緊張を解くように、

アイリーンの手は扇情的にの服の上を這ってゆく。

ブラウスのボタンはまるで爪弾くように意味を失くし、

スカートの裾は恥じらうように波を打ってたくし上げられる。

彼女の手が白く輝く胸を撫で、足の付根を長い指で行き来する。

赤い唇がの首筋を強く吸い上げ、花を咲かせて満足そうに微笑む。

は思わず顔を背けた。


「やめて」


か細い声でそっと漏れでる訴えを、アイリーンは微笑みで受け止める。


「ねえ答えて子猫ちゃん――私が嫌い?」


はついに耐えられず、両手で顔を抑えて涙に肩を震わせた。

咽び泣く姿をうっとりと、けれども同情するように見つめながら、

彼女の愛撫はさらに核心へと導かれる。


――教えて」


の手が彼女の表情を伺うようにそっとずらされると、

涙に濡れた瞳は未知に怯えて揺れていた。

アイリーンの大好きな目だった。


「教えなさい」


淡く濡れる芽を摘まれ、は観念したように首を振る。


「嫌い…じゃない」


初々しく硬さを増したその小さく愛らしい新芽は、

容赦なく弄ばれる。


「っ――だからここへ、来た。

 だけどお願い、もう許して。こんな、こんなっ」

「安心して――すぐ終わるわ」


情熱的な指の動きひとつで、は一瞬にして快楽に打ちのめされた。

自分の下で痙攣する子猫をしっかりと記憶に焼き付ける。

恥じらいに泣いている姿すら、芸術的だと思う。

アイリーンはまるで女神のようにそっと頬にキスを落とすと

紅潮した頬を濡らす雨だれを、レースのハンケチーフで優しく拭ってやった。


「素敵よ子猫ちゃん。やっぱり貴女は最高だわ」


そっと手を引き、身体を起こしてやる。


「私が貴女に教えてあげられるのはここまでよ。

 肉体の快楽を共有しただけ。

 今夜貴女が私に奪われた物は何もないわ。

 ――とても残念だけど」


彼女の手からハンケチーフを受け取り、子猫は長い睫毛をそっと伏せる。


「ゲームのルールが変わったの。

 ある条件が整わないと貴女の“純潔”は奪えない。

 そして今私がこなすべき役目は、

 貴女に綺麗なお洋服を着せて、髪を梳いて、口紅を引いてあげること。

 さあ、準備をしましょう?

 もうすぐ王様と王子様がお見えよ」


の乱れた髪を愛しげに撫でながら、彼女は微笑む。


「…さっきは驚かせちゃってごめんなさいね」


――これが自分の愛し方だから。

意のままに与える恥辱と快楽の優雅。

髪を撫でられながら、は思い出していた。




数ヶ月前のクリスマスのこと。

いくら家が苦手だからと言って、実家に帰らぬ訳にもいかず、

は午前中も比較的早い時間から生家に顔を出しに向かった。

弟とは血の繋がりはないが、自分のことを心底慕ってくれている。

少し合わないうちにまた背が伸びたようだった。

心を込めて選んだクリスマスプレゼントをツリーの下に置くと、

ささやかなクリスマスランチを囲み、早々にベイカー街へと舞い戻った。

シャーロックに父親のセラーからくすねて来るようにと

命じられていた上等なワインを抱えて、221Bの階段を駆け登ると。

そこに居たのは住人たちの姿ではなく――アイリーンだった。

少し驚いたような表情をした彼女の手に持たれていたのは、

口紅と同じ色をした、真っ赤な小箱に入ったプレゼントだった。

――嫌だ。

咄嗟にそう思った。

だがは見てしまった。哀しそうなアイリーンの目を。

――シャーロックに縋りに来たんだ。

何も問わず、責めず。

ただ沈黙を持ってアイリーンを見送らなくては――。

暖炉の上にそっとプレゼントを置き立ち去るアイリーンが、

まるで懺悔する使徒のごとく、最後にそっと告げたのは。


“貴女の顔が見られて良かった”


そしてアイリーンは最初の死を迎えたのだった。




は伏せていた睫毛を持ち上げ、アイリーンの目を見つめる。

自分と同じように彼女もまた盤上の駒に過ぎないと言うのか。

今この身体に与えられた快楽は文字通り、前戯でしかないのだ。

そしてアイリーンはに自分の姿を見ている。

――可哀そうに。

はアイリーンの頬にそっとキスをした。

彼女は目を見開きながらも、泣き出しそうな表情で笑った。

見つめながら困ったようにやんわりと首を振る。


「ほんとに…優しい子ね」


女王に組み敷かれて快楽へ堕ちなかった者はまだ居ない。

だがの献身の為した、たったひとつのキスが

アイリーン・アドラーを魅了したことも、未だかつて無いことだった。



































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アイリーンは母のような、姉のような、恋人のような、親友のような、存在。

20120812 呱々音