|
靖国通りに出てタクシーを拾う。 丑嶋が行き先を告げる。 帰る場所は同じだった。 はぼんやりと霞む、外のネオンを見ていた。 日本に帰って来たんだと、改めて実感する瞬間だった。 落ち着くといえばそうなのだが、この街のネオンには、 どこか長居してはいけないという気にさせる力がある。 にとってそれはひとつの安堵だった。 まだそう感じられる自分がいることが、重要なのだ。 落ち着くだとか、帰る場所だとか、そんな風に馴染みすぎたときには、 たぶんそれはきっと、手遅れだから。
おつりはコイツに渡して」
ついでに煙草でも買って来るだろう。 2人でタクシーを使って帰る時はできるだけこうしている。 もちろん用心してのことだった。 丑嶋には女の気配が無い方が良いのだ。 いつかはバレる。 だが先送りに出来るならその方がいい。 女がいると知れれば、それは弱みに使われる。 は8120円の釣りを受け取り、先にマンションに入って行った。 ポストから手紙を抜き取って、抱える。 一度留守にすると結構な量になる。 ほとんどどうでもいいダイレクトメールなのだが、迂闊に棄てられないので、 必ず部屋に持ち帰って、シュレッダーに掛けてから棄てる習慣がついている。 元はの方が先にここに住んでいた。 丑嶋はマメに引越をして、所在を一カ所に置かないよう努めている。 闇金業、敵も五万といるとなれば、自然とそういう生き方になるのだ。 だからある時、そろそろ引越しをと考えていた丑嶋に、 が冗談でマンションの1フロア上が空いたよと口にしたら、 彼は本当にそこに越して来たのだった。 は一度自分の部屋に戻ると、ヒールを脱いでクロックスに履き替えた。 大量の郵便物をとりあえず家の中に置いておきたかった。 携帯と鍵だけ鞄から抜き取ると、階段を使って急いで1フロア分を駆け上る。 良かった。まだ家主は帰っていないようだ。 丑嶋から預かっている鍵を使って急いで中に入る。 ウサギにやる干し草の匂いがした。 は鍵を掛けようとしたが、それには至らず丑嶋が帰って来た。
が顔の前に慌てて手を掲げてきたので、丑嶋はそれを簡単にはらった。
「ですよね…でもお願いだから、あとちょっとだけ私に付き合って 全然気付いてないフリしてて。 あとハイ、これさっきのおつり」 「はいはい」
は光の早さでリビングへ向かったかと思うと、今度は何やらキッチンへ行って、 ごそごそと《ネタ》の仕込みを完了させた。
「もういいよ〜」
大方察しが付いてはいたが、丑嶋がリビングに現れるや否や、 パン!とクラッカーの破裂音が鳴り響き、紙テープがはらりと頭に掛かる。 部屋を占拠しているのは浮かれたバルーン。 テーブルの上にはキャンドルの刺さった、ケーキとシャンパン。 そのケーキの上にはウサギの砂糖人形が乗っていた。 言わずもがな、もちろんバルーンもウサギである。
呆気なく引いてやろうとした。 だが丑嶋はまんざらでも無いようだった。
「かおちゃん」
角度を変えて、またひとつ。 そっと手を回すと、待ちこがれた温もりがそこにあった。 |
20151118 呱々音
―――――――――――――――――