結局のところ、“ミス・の復帰を祝う会”はその日の夜には催されなかった。

それはいつものことだった。

BAUに事件が舞い込めば、解決するまで現地に詰めることになるのだ。

その日の晩に事件が解決する場合もあれば、

現地の捜査本部と宿泊先のホテルを行き来するだけの7日間を過ごすこともある。

(もっともホテルのベッドで眠れれば、それは良い方だ)

だから例え大切な同僚の復帰を祝うパーティーを綿密に計画し、

店も予約も全て完璧に整えたとしても

――そしてその計画が無事に開催できる見込みが初めからほとんど希望薄だとしても――

それは全て《事件次第》なのだ。

残念ながら彼らは慣れていた。

この“呪い”とも言える使命感によって、彼らは少なからず犠牲をはらいながら生きている。

妻、子供、恋人、家族、友人――。

ある程度の“慣れ”は致し方ない――が、それでもロッシは密かに心を痛めていた。

最初は見事に一匹狼を気取っていた彼にとっても、

いつしかこの《BAUファミリー》は唯一無二の特別な形となっていた。

もちろん、仲間ではあれどあくまでも同僚であり、これは仕事だ。

だが犯罪者の心理と行動を、加害者以上に深く読み解くスキルを持つ、

一見すれば無敵艦隊のエリート軍団と思われがちなBAUの面々は、

事件のたびに《直面》しているのだ。

《解決》の代償に《何か》を喪う。

それは常に心のどこか一部を削り取って支払われる。

だから皆、コーヒーブレイクの合間や、帰りの車中、プライベートジェットの機内で、

無意識に互いのカウンセリングをしてしまうのだ。

悩みを聞き、自分はどう乗り越えたかを反芻する。

「こんな言葉がある」だとか、「そう感じることは罪ではない」だとか、

このチーム以外の人間には到底理解の及ばないダメージが、

悲しいかなこの世には無限に存在するから――。

それ故に。

ロッシは今回の事件で心身ともに傷ついたであろうと“ファミリー”のために、

ささやかながら息抜きを与えてやりたかったのだ。

――だがやはりうまくいかないものだ。

その一言を誰一人として口にすることはないが、共通の想いには違いなかった。

がアンダーソンに撃たれたあの晩以来、

治療に専念するの穴を埋めようとチームは

一丸となっていつも以上に必死に事件に打ち込んで来た。

仕事に熱中するのは好ましいことだが、ある意味取り憑かれたようだったとも思う。

皆のかわいい妹分であり、チームの根幹を担う優秀なプロファイラーである

不在というのは、いつしか相当な痛手となってチームを圧迫していたのかもしれない。

病床にいたとは言え、の体力がどこまで回復したのかは

現場での様子を観察するしかない。

同じように他の同僚たちも、穴を埋めた分の代償が身体に出始めてもおかしくないのだ。

シカゴ郊外で起こった実に厄介な猟奇殺人を解決したのと同時に、

ロッシはセクション・チーフであるストラウスに電話を掛けていた。


「ああ、エリン――いやいや、こっちは決着がついた。万事解決したよ。

 だがちょっとばかり心配なことがあってね。

 そこでひとつ提案があるんだが――なに、そこまでひどくはないさ。

 うちのチームの日頃の活躍に免じて、寛大な心で対処してくれたらと思うよ」





















は疲れ果てた身体を、一番隅っこのリクライニングシートにねじ込むようにして目を閉じる。

久々の現場は相変わらず悲惨なものだ。

無事解決出来たとは言え、ピリピリとした疲労感が神経を高ぶらせ、

まだ心と身体の端々が落ち着かなかった。

隣に誰かが座ったのを感じたが、

それがリードであることは目を開けずとも手に取るように解る。

今回の復帰最初の事件で、は改めて感じた。

やはり自分の居場所は《ここ》であると。

このチームでなくては駄目だ――このファミリーでなくては。

にしても、ちょっと頑張りすぎたかもしれない。


「――


頭の上の方からリードに名前を呼ばれて、

出来るだけ煩わしそうに見えないよう意識しながら、は重たい瞼をあげた。

彼の手には、キャラメルフレーバーの高級アイスクリームが乗っかっていた。


「休むにしたって、これ食べてからにしなきゃじゃない?」

「ああスペンサー。なんて素敵なのかしら」


まるで永遠の愛を誓うための指輪を受け取る少女のように、

ほどよく氷の纏り付いたカップアイスクリームを受け取ると、

はとびきり愛らしく微笑んで言った。


「これにコーヒーがあれば完璧」


するとどこからともなく現れたエミリーが横から大きなカップをスッと差し出して、

リードを見て口の端をいたずらっぽく上げた。


「ほうら言った通りでしょう? 天才くん。

 は絶対コーヒー欲しがるって。まだまだ甘いわねぇ」

「でもいつもは欲しがらない」


リードは胸の前で手を動かしながら、言い訳がましく返す。

コーヒーを受け取りながら、は肩をすくめた。


「だってキャラメルフレーバーよ?」

「常識ね」


永遠に腑に落ちないミステリーに眉根を寄せ、

納得いかずにいぶかしむリードを見て、他のメンバーもつかの間の談笑に興じた。











BAUオフィスに着いたのは21時より少し前。

これはなかなか上出来だった。

街に繰り出すことは出来ずとも、家に帰ってたっぷり時間を掛けてシャワーを浴びながら、

滞在で貯まった洗濯物を片付ける時間はある。

オフィスでファミリーの帰りを待っていたのは、

チームの太陽と言っても決して過言ではないラッキーガール、ペネロープ・ガルシアと――、

普段あまり歓迎されることのないエリン・ストラウス。

とんでもなく不釣り合いで奇妙な組み合わせのブロンドコンビを見て。

モーガンは密かに吹き出しそうになっていた。

(もちろんそのポーカーフェイスの下にうまく隠したが)


「おかえりなさい!」


緊張でやや上擦ったような声を期待していたメンバーは、

ガルシアが嬉々として皆を迎えてくれたことを不思議に思った。

ストラウスは相変わらず上司たる所以のキリッとした目つきで、

疲れ果てているであろうホッチナーのチームの顔を見渡した。

ロッシに目配せをして、ストラウスは厳格を重んじる相変わらずの口調で話し始める。


「おかえりなさい、ホッチナー捜査官、みんな――ひどい顔ね。

 早速だけどとても重要な任務を与えるわ」


うんざりしたようにモーガンが溜息を吐く。


「今度はどこです」


すると今にもスキップを始めそうなほど明るい声で、ガルシアが一歩前へ出る。


「大丈夫よモーガン。今度は私も一緒だから」


ガルシアとストラウスが顔を見合わせて、

ついにストラウスの上司の鉄仮面もやんわりと微笑んだ。


「明日から1週間、あなたたちには休暇を過ごしてもらうわ。

 見たところこのチームの人間は、ここ数ヶ月まともに休んでいない人たちばかり。

 みんな酷い顔よ。そうでしょうロッシ捜査官」


皆が一斉にロッシを見る。


「デイヴ――あなたの提案でしたか」

「お節介な助言をしたまでだよホッチ。

 ヘンリーやジャック、君も、そしてそこの復帰したての《お嬢さん》も」


ロッシはひと際声に優しさを滲ませて、掌を見せる。


「チーフに感謝することだ。エリン、ありがとう。感謝するよ。

 ――それで、だ。ひとつ提案がある。

 今回は俺に仕切らせてくれないか」

「一体どんな計画が飛び出すことやら」


ストラウスは眉を上げながら、思い出したように付け足した。


「心置きなく休暇を過ごせるように伝えておくと、

 あなたたちが留守の間、クーパーのチームが特例で控えてくれるわ。

 ――これならあなたたちも安心でしょう?」

「《レッドセル》なら何の心配もいらないですね」


そんなJJの一言に、チームは皆同じ気持ちだった。

小さな罪悪感を抱いていたの顔色がようやくマシになる。


「ありがとうございます――ストラウス部長」


を見ていると、放っていけない想いがするから困ったものだ。

ストラウスの中で燻っている母性本能が、いつだって彼女の耳元で囁きかける。

その度に彼女は密かに、この孤高のプロファイラーたちがを可愛がるのは無理もない話で、

そしてこの独身貴族を気取る洒落者のイタリア人が、

まるで父親のように目を細めるのを、呆れながらもどこか微笑ましく思うのだった。



































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現場復帰で本来のペースにモチベーションを持っていくのに、

やっぱりちょっとくたびれていて、それを言わずとも察するファミリー。

20140217 呱々音