死の間際に視るのは記憶の洪水って、本当だったんだ。

ぶつ切りにして記憶の奥へしまい込んだはずなのに、

こうしてみると人生は案外呆気無く過ぎて、

悲しい思い出も楽しい思い出も等しく、自らを慰めようとするものなのか。

――始まりは最悪だったけど、良い人生だった。

そう思った瞬間、記憶はめまぐるしく切り替わる。

ここは――お家だ。

まだ数日しか住んでいないけれど、私のお家。

――大好きな伯父さんと伯母さんが笑いかけて、

この人たちが新しいパパとママの代わりになるんだ。

あれは誰だろう――アーロンだ。

怖くて動けずにいたら、笑いかけて手を引いてくれた。

そして――ああ、そうだ――BAUだ。

今まで知らなかった自分に出会わせてくれた。

まるで本当の父のように辛抱強く見守ってくれた――ギデオン。

みんな喜んでBAUに迎えてくれた――絶対に無くしたくない。

だってここは私が初めて自分でみつけた居場所。

大切な場所――仲間――、大好きなスペンサーの笑顔――。
















  ・



  ・


  ・

  ・














重たい瞼を微かに持ち上げただけで、辺りは急に騒がしくなった。

だがその声の正体は不思議に思わない。

ゆっくりと視線を左右に動かす。

徐々に意識がはっきりし、霧が晴れるように目も冴える。

目を覚まして一番最初に見たかった人たちの顔が、

次々にを覗きこんで、安堵していた。

JJの掌が優しく額を撫でてくれた。

優しい感触を味わうようにうっとりと目を閉じて甘える。


「JJあったかい…」


モーガンが満面の笑みで頭にキスを落とす。


「お帰り不思議ちゃん。待ちくたびれたぜ」


ロッシが溜息を吐く。


「あんなので死なれたら寝覚めが悪すぎるぞ馬鹿娘」


みんな声を出して笑っている。


「ペネロープ…?」


どうやら事件の後、慌てて駆けつけたらしい。

ガルシアのラッキースマイルはにとっても特別だった。


「ガルシアったらこっちが呼び寄せる前に

 民間機に飛び乗ってたのよ?」


そう言ってプレンティスが嬉しそうに笑った。


「…――スペンサーは…?」


心配そうにきょろきょろと目を彷徨わせるを見て、

ホッチナーがやんわりと微笑む。


「ずっとの側にかじり付いてたんだが――廊下にいるよ。呼んでくる。

 ついでに何本か電話を入れてくるよ。

 ヒューバートが心配で死にかけてるんだ。

 早く安心させてやらないと」

「…――みんなコーヒーでもどうだ。

 今一緒に来るならおごってやろう」


ロッシの一声に、みんなは喜んで部屋を出ていった。

気転を効かせてくれたのだ。

誰もいなくなったことを確認し、リードがおずおずと姿を現す。

躊躇いがちに手を振って、ぎこちなく微笑みかける。


「やあ――気分は…どう」

「っ…――スペンサー、」


はぼろぼろと涙をこぼしていた。

安堵と後悔の念でいっぱいだったのだ。

リードはそれまでずっとと2人で築いてきた

大切な感覚を途端に思い出し、我に返った。

彼女の手を取り、顔を近づける。


「大丈夫だよ――僕はここにいるからね」

「スペンサー、ごめんね、」


リードは泣きながら首を振った。


「なに言ってるの。違う。

 違うよ、は悪くないんだ。

 僕の方こそごめん――ごめんね」

「…じゃあもうごめんって言うの禁止ね」

「…うん」


込められる限りの誠実さを言葉に乗せて――。

どうかこの気持がちゃんと伝わりますように。


――ありがとう」
















幸いなことに、現場に救命士が控えていたおかげで

迅速な応急処置を受けられた。

の腹の傷は順調に快方へと向かっている。






後ろ髪を引かれる思いでワシントンDCへ戻ったチームは、

着いて早々、凶悪な殺人事件に引っ張りだこの生活を強いられる。

誰一人不満は漏らさなかった。

だが心の中では皆、ニューヨークの病院に置いてきたの身を案じていた。

本当は一緒にDCに帰って治療したいと懇願していたのだ。

だがの伯父伯母夫婦は、当然それを良しとはしなかった。

地元ニューヨークにいれば自分たちが世話を見れるのだからと

必死に説得を試みた。

その結果、は退院まで故郷に留まることになった。

リードはの居ない穴を全力で埋めようと更に過酷に仕事に打ち込んだ。

彼女のいないBAUオフィスは本当に淋しいものだと思った。

ブラックボードもずっとブランクのままだ。

最初はあまり慣れなかったが、と毎日メールのやりとりをした。

彼女も退屈しているようだった。

伯母さんが差し入れに持ってきてくれたメロンがあまりにも大量だったこと。

2年近く会っていなかった親友が

キティちゃんのぬいぐりみを持って見舞いに来てくれたこと。

ジェーン・オースティンの作品を片っ端から読み直していること。

――でもそれだけでは駄目だということ。






伯父と伯母は大好きです。

実のところ、本当の親よりも愛しく大切に想っています。

忌まわしい事件もありましたがニューヨークは私の肉体そのものです。

でもどうやらそれだけでは満たされないようです。

私の大切な心はすっかりDCの街、そしてあのオフィスの中にあって、

早くみんなの居る場所へ帰ることを望んでいます。

傷を負ったからこそ、私の心身は足りないパーツを求めて

帰りたがっているようです。


追伸:早く一緒にアイスを食べたいよ。






それは唯一手紙で届いたメッセージだった。

これを最後に、からメールは届かなくなった。

だからリードは何度も何度もこのカードを読みなおして、

お守り代わりに持ち歩いた。

の事はいつだって気にかかる。

だが不思議と心配はなかった。

ただ心の奥に芽生えた想いが、日を追うごとに確信へと変わっていくのを感じる。

初めての感情だった。

でももうリードは戸惑わない。

それは深く、寛大で、何事にも代えがたい存在。

脆く弱い部分に、指先と唇でそっと触れたくなるような。

二本の腕でこの胸に優しく閉じ込めたくなるような。

涙がでるほど愛おしい――…。

彼女が帰ってきたら伝えるべきことはもう、理解っている。

――いつかモーガンの言っていたとおりだった。

は代わりの利かない、かけがえの無い存在。






ペンシルベニア州を脅かしていた猟奇事件を解決し、

フライトを終えて人の居なくなったBAUのフロアに戻ると、

エレベーターを降りた所で誰よりも早くリードはそれに気がついた。


「…――だ」

「え?」


誰もが耳を疑って半信半疑で目を凝らす中、

リードだけは確信に満ちた足取りでオフィスに駆け込んだ。

ガラスのドアが開き、リードの席に座っていたが振り返る。

微笑んだ彼女は最高だった。

駆け寄るリードが腕を広げると、は彼の胸へ飛び込んだ。

ふたりは満面の笑みで抱き締め合った。


「おかえり

「ただいまスペンサー」


愛しげにハグを交わすふたりを、父や姉たちは邪魔できなかった。

遠巻きに眺めて皆笑顔でふたりを見守っている。


「やれやれ。やっと進展しそうだ」


ロッシの一言にモーガンが笑う。


「あれ?良いんですか?局内恋愛はご法度でしょう」


ロッシは盛大に溜息を吐くと、呆れたように目を細めた。


「それにしたって、いくらなんでもあれは奥手すぎだ。

 見ているこっちがもどかしくなる。

 “おまえはこの環境とホッチや俺たちの優しさに甘えてぬくぬくしてるだけだ。

 なぜ自分の心を見ようとしない”と

 何度あの馬鹿娘に言ってやろうと思ったことか」

「うん言えてる」


プレンティスとJJが顔を見合わせて頷くと、

ホッチナーが首を振りながら笑って言った。


「あとで一字一句違わず本人に伝えておきますよ」


ホッチナー以外のメンバーはもうオフィスには戻らず、

残りは明日にするという暗黙の了解のもと、

そのまま今来た道を引き返し、帰路へ着いた。

ホッチナーがオフィスへ入ると、ふたりは慌てて振り返ったが、

彼は自分のオフィスへ向かって颯爽と足を動かしながら、

「ああ気にするな。そのまま続けて」という言葉を残して姿を消した。

もちろんとリードは続けられるはずもなく。

きょとんと顔を見合わせて、恥ずかしそうに笑いあった。

上手いなあホッチは――リードは心の中でそう独りごちた。


「スペンサー。わたし、ホッチと復帰の打ち合わせをしてくる。

 ちょっと待っててくれる?」

「うん。終わったらふたりでアイス食べに行こう。

 僕にアイスおごらせてくれる約束だったでしょ」


が天使のような笑顔で返事を返し、

ホッチナーのオフィスへ駆けて行くのを見送りながら、リードは強く思った。

――が好きだ。そして彼女は僕の最愛の人だ――と。



































next


















―――――――――――――――――

なんかふわふわしたお砂糖カップル誕生しそうな予感(白目)

20120729 呱々音