「マシンを派手にぶつけるのって決して気分のいいことじゃないわ」

「当然だ。我が子も同然なんだから」

「最低の気分よ…もう二度とクラッシュなんかしない」

「その体験はシュミレーターに任せよう」


翌朝、とニューウェイが同じテーブルで朝食を摂っていると

ヴェラが少し心配そうな表情で声を掛けに来た。


「おはようヴェラ。朝食がまだならここに座るといい」

「おはようございますエイドリアン。

 サーヤもおはよう。気分は…どう?」

「かなり良くなったと思う」

「クリスチャンももう来るはずだ。

 いま撤収チームの様子をチェックしてるよ」

「――いつも通りですね」


レース明けの月曜日は、ホテルの朝食が食べられる歓びの日だ。

モーターホームの食事も悪くは無いが、たまにはこうして優雅にコーヒーを頂きたい。

ヴェラが席につくのと同じくして、ホーナーがテーブルに合流した。

どこからどう見たって優雅な朝食の一時を共有しているに違いない。

だが4人は自ずと集まった。

昨晩起こった“問題”に言わばある種の解決をもたらすために。


もクリスチャンも怒らないで聞いて欲しい」


話の口火を切ったのはニューウェイだった。


「英国へ戻ってきた当時、にはあまり友達がいなかった。

 うちの息子たちとはそこそこ上手くいっていたようだけどね。

 それでも同世代と居るよりは、私みたいな大人の側に居たがる子だった。

 私はずっとのことを、あまり激しく感情表現しない子だと思ってた。

 だが――そうではなかった。

 たまたまそういう環境がなかっただけだ。

 まだ学生だったを初めてレッドブルに連れてきた瞬間に解った。

 クリスチャンにもひと目でそれが解ったらしい。

 一流の機材とエンジニアと技術の揃ったこの場所は、

 にとって何よりも有益で、未来を担う力になるだろうと。

 それ以来ずっと、の1番の理解者はクリスチャンの役目だ」

「エイドリアン、君だってそうだ」


ホーナーがそう返すこともわかっていて、あえてニューウェイはやんわりと首を振った。


「私は先輩ではあるがね。あとは父親か。

 皆とは少し違うな。

 いずれ親離れを見守ってやらなきゃいけない立場だし、

 それを誇りに思って生きていた。

 だがクリスチャンは違う。

 客観的な立場から、いつもを理解しようとしてくれる。

 ヴェラ、君もだよ。

 ずっと孤独に生きてきたこの子が、

 今じゃ家族同然の大切な友と仲間をたくさん得て輝いてる」


は何も言わずに黙ってその言葉を聞いていた。

春の暖かな雨粒のように、凍えた土にくまなく染み込んでいくような、愛のこもった安らかな言葉。


「ありがとう…エイドリアン」


そう呟いたの声は涙に濡れていた。

ニューウェイの肩に顔を埋めて甘えている。

それを見つめるホーナーの口端も反射的に上を向く。

ヴェラは決意したように口を開く。


「ボスと私が協力すれば、必ず最後までを支えきれます」


ホーナーは肯定するように頷く。


「その点に関してはもヴェラももう心配しなくていい。 

 に不安を与えたのは…すべて私の責任だ」

「違うわ。私が弱すぎるから」


縋りつくの手をそっと握って、ホーナーは諭すように続ける。


「危うくうちのチームの良さを殺してしまうところだった。

 “家族”は支えあっていかなくちゃね。

 結果として回避できて良かったと思ってる。

 ありがとう、











2週後――13戦目、シンガポール市街地コースでのナイトレース。

ホテルからホスピタリティまで移動するホーナーの後ろには、の姿があった。

ニューウェイとヴェラ、そしてファミリーのほんの些細な配慮が、

彼らがふたりだけでディスカッションをする時間を与えてくれる。

それだけでは幾分もタイムを伸ばし、順位を上げ、笑顔でいられる。

否応なく緊張感が沸き起こるピットガレージ内でさえ、

彼女がエンジニアとして動き回っていた頃のように1番心落ち着く場所に戻りつつある。

ドライバーに闘志とやる気がみなぎっていると、クルーたちにも必然的に伝染するものだ。

ピットタイムは順調に2秒台を叩きだし、

コースを出るときピットウォールのホーナーと視線を送り合うだけで

失った体力すらも戻る思いがした。

これはF1。すべてが順調とまではいかないが、チーム内ではエースとセカンドの立場を

更に有耶無耶にさせるようなタイトル争い――取り合いの状況が続いた。

嬉しい悲鳴ではあるが、周囲からは「ここまで来てエースドライバーの決断をしないのは

チーム代表として優柔不断だ」と囁かれ続ける。

が気を揉むのはレースやタイトルよりむしろそちらの声だった。

だからとにかくホーナーはボスとして、、ベッテル両ドライバーの

担当チーム全員を集めてのディスカッションを欠かさなかった。

――チームオーダーの問題が起こると誰よりも激怒するのはだから。

もうお解りだと思うが、オーダーの無視は言わば“チャンピオン”ベッテルの得意技である。

レースカーのペースをめぐる問題なら、

ハンドルを握るドライバーの感性というものを信じて得をする場合もある。

もちろん担当レースエンジニアにしてみれば腹の煮えくり返る話ではあるのだが、

そこまではあって然るべき攻防だ。

だがこと順位争いなどの切迫した状況に陥った時、

チーフ・テクニカル・オフィサーであるニューウェイや

チーム代表ホーナー直々のオーダーを無視することは、断じてタブーである。

オーダーを無視された場合、上層部にある彼らの立場や権威を揺るがしかねない。

このタブーにだけは、は昔から牙を剥いてきた。

あの忌まわしい[マルチ21事件]のときも、

いの一番にベッテルを叱りつけたのはだった。



「あなたの仕事は個人的に勝つことじゃない。

 チームで勝たなければ意味がないの。

 あなたを支えてくれるチームに尽くしなさい。

 マシンがなきゃ、あなたは疾走れない。

 これはあなただけのゲームじゃない。

 私たちはチームプレーをしているのよ」



これにはホーナーとニューウェイも、その辺にしておけとやんわり咎めを入れたが…

ベッテルとの関係がこじれないのは、が仕事上の問題を引きずらない質だからだ。

エンジニアとして培った後腐れのないシンプルな友情が、

とベッテルの間には存在していた。

だから最後の1戦までも、ふたりはトロフィを掛けて全力で疾走しようと強く誓い合った。

F1サーカスは大陸を移動し、海を渡り、最果ての決戦地ブラジルを目指す――。


































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(ウェバーとベッテルの関係も結構好きです)

大人になれないベッテルを叱っテル!

20130613 呱々音