まかないに出すために、まるまると太ったトマトを切り刻む。

一定の調子でまな板が音を立てる。



「で?結局の所、どっちに抱かれるのがイイわけ?」



カウンターに片肘を着きながら、煙草をくわえて

店主弁天は悪びれもせず、そう聞いた。

この男、手伝いもせずに…というか、

実際良いご身分よろしく、おそらく早い話…暇なのだろう。

は心中で面食らいながらも、すっと顔を背けて無視を決め込んだ。


「……」

「オイ」

「……」

「んだよ。無視すんな!」

「弁天、あなた、気付いてらっしゃらないから言って差し上げる。

 頭わいてるわ」

「フツーに考えてキョーミあんだろ」


がはあ…とあからさまな溜息を吐いて見せても、

この弁天という男が、自分の興味を持った事に対して

そう易々と諦めるわけがないであろう事は、にも解っていた。

弁天は口角を上げて笑った。


「……じゃあ当ててやるよ」


がその迷惑な申し出に否を唱える前に、

弁天の細い指に唇を押さえられた。

そして。

煙を深く吸って、吐き出して――耳元で一言。



「……九尾の方が――断然イケんだろ?」

「っ弁天!!!」



顔が燃えるようだ。

反射的に身を引くと、弁天は煙草をふかしてしれっとしている。

落ち着け、落ち着け――これはからかわれているだけだ。

――弁天の酔狂には、慣れっこである。


「顔赤いぜ?」

「っ…本当に悪趣味」


こんな事でほいほい心を乱されても、弁天を喜ばせるだけなのだ。

だが、しかし、頭ではよく解っているのにも関わらず、

顔から熱が引かないのは、指摘されたそれが――あながち嘘ではなかったからだった。

ただ――おそらくそれはが幼少期に慣れ親しみ、

恋い焦がれた容姿だからという程度の差異なのだろうとは思う。

これをファザーコンプレックスと笑われようが知ったことではない。

そこに血のつながりは無いのだし、

紺之介とて幼子への同情というよりむしろ

に恋してしまったからこそ引き取ったようなものである。

だから言ってやった。


「……ひとつ……覚えておいて」


弁天はまだ半分からかったように、首を傾げて見せた。


「紺はねーー」


ええ。妖艶に微笑んで。


「どっちも上手いのよ」


弁天は目を微か見開いて口笛を吹いた。


「……おー。だってよ!  オイちゃんと聞いたよな?」


そう唱えると、どこからともなく――

まるでの背後に覆い被さるが如く――

ふわり、と、話の中心人物こと白狐が姿を現した。

相変わらずへらへらと。食えない顔をして。


「男冥利につきるねぇ…嬉しいこと言ってくれるじゃない」


は立ち尽くして――更に、真っ赤になった。


「最低…!最低!!!」


嗚呼、ハメられた。

まんまとしてやられた。

もはや成す術は断たれたも同然である。

穴があったら隠れたいとはこの事だ。

は手で顔を覆い、足を踏みならした。

楽しそうなのは男どもである。

この、質の悪い、卑劣な、愛すべき――。


「……ひどい…バカ…さいていよ…、」


泣きそうだ。

白狐はそんなこと重々承知で、

顔に添えられているの両手首をそっと拘束すると、

顔をのぞき込み、少し身を屈ませて、眉を垂らして見せた。


「ゴメンゴメン…ちょっと困らせたくなっちゃって」


愛する女の瞳は涙に揺れている。

そんな目で恨めしそうに睨まれても、ただ闇雲に狐を喜ばすだけである。


「ゴメン、ね?」


白狐は自分より幾分か小さいの肩を、自分の胸の中に優しく抱き寄せた。

そして今度は強く抱きしめながら、にだけ許した甘い声音でそっと耳に囁いた。


「……お詫びに今日は――どちらも試させてやるとしよう…のう?

 ――


の心臓はかつて無い程に跳ね上がり、

聞き捨てなら無い発言に、二の句も告げられずに口をぱくぱくさせた。

ぎらりと魔性の眼光で勾引す、真白の狐。

そんなを見て、にやにや笑う弁天が無償に腹立たしくて、

後でその自慢のピンヒールをへし折ってやろうと心に決めた。





みっともないと解っていても

そんなご褒美に、人知れずいけない喜びを感じているのだから…

嗚呼哀れなこの――恋奴隷。





















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一応、長編の「桜、麗しき宵月の如く」の主人公を前提に書いております。
威勢を張ってみたんでしょうけれど、四巨頭に敵うはずありません…あらゆる意味で←
弁天のピンヒールは多分折られたと思うし、
そんな事しても生かしておいてもらえるのはさんだけだと思います。

20100913 呱々音