一定の調子でまな板が音を立てる。
店主弁天は悪びれもせず、そう聞いた。 この男、手伝いもせずに…というか、 実際良いご身分よろしく、おそらく早い話…暇なのだろう。 は心中で面食らいながらも、すっと顔を背けて無視を決め込んだ。
「オイ」 「……」 「んだよ。無視すんな!」 「弁天、あなた、気付いてらっしゃらないから言って差し上げる。 頭わいてるわ」 「フツーに考えてキョーミあんだろ」
この弁天という男が、自分の興味を持った事に対して そう易々と諦めるわけがないであろう事は、にも解っていた。 弁天は口角を上げて笑った。
弁天の細い指に唇を押さえられた。 そして。 煙を深く吸って、吐き出して――耳元で一言。
「っ弁天!!!」
反射的に身を引くと、弁天は煙草をふかしてしれっとしている。 落ち着け、落ち着け――これはからかわれているだけだ。 ――弁天の酔狂には、慣れっこである。
「っ…本当に悪趣味」
だが、しかし、頭ではよく解っているのにも関わらず、 顔から熱が引かないのは、指摘されたそれが――あながち嘘ではなかったからだった。 ただ――おそらくそれはが幼少期に慣れ親しみ、 恋い焦がれた容姿だからという程度の差異なのだろうとは思う。 これをファザーコンプレックスと笑われようが知ったことではない。 そこに血のつながりは無いのだし、 紺之介とて幼子への同情というよりむしろ に恋してしまったからこそ引き取ったようなものである。 だから言ってやった。
まるでの背後に覆い被さるが如く―― ふわり、と、話の中心人物こと白狐が姿を現した。 相変わらずへらへらと。食えない顔をして。
まんまとしてやられた。 もはや成す術は断たれたも同然である。 穴があったら隠れたいとはこの事だ。 は手で顔を覆い、足を踏みならした。 楽しそうなのは男どもである。 この、質の悪い、卑劣な、愛すべき――。
白狐はそんなこと重々承知で、 顔に添えられているの両手首をそっと拘束すると、 顔をのぞき込み、少し身を屈ませて、眉を垂らして見せた。
そんな目で恨めしそうに睨まれても、ただ闇雲に狐を喜ばすだけである。
そして今度は強く抱きしめながら、にだけ許した甘い声音でそっと耳に囁いた。
――」
聞き捨てなら無い発言に、二の句も告げられずに口をぱくぱくさせた。 ぎらりと魔性の眼光で勾引す、真白の狐。 そんなを見て、にやにや笑う弁天が無償に腹立たしくて、 後でその自慢のピンヒールをへし折ってやろうと心に決めた。
そんなご褒美に、人知れずいけない喜びを感じているのだから… 嗚呼哀れなこの――恋奴隷。
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一応、長編の「桜、麗しき宵月の如く」の主人公を前提に書いております。
威勢を張ってみたんでしょうけれど、四巨頭に敵うはずありません…あらゆる意味で←
弁天のピンヒールは多分折られたと思うし、
そんな事しても生かしておいてもらえるのはさんだけだと思います。
20100913 呱々音