買い物を終えて帰路に着く。

アベニューの露店のガラス窓に映る自分の姿を見た。

ソレを這う滴る雨の雫は、ガラスに映る自分と重なって、

まるで泣いている様だ、と思った。

でも私は知っている。

神様は雨の中に宿っていると。

ああ神様、私は彼のために、早く帰らなくては。












、君は泣かないんだね」

ガイ・フォークスの仮面を付けた男が、ぽつねんと言った。

しかしその手はわしゃわしゃと動かされ、

びしょ濡れになったの頭を、丁寧に拭いていた。

「あら?なんで私が泣く必要があるの…?」

Vは呆れたように、はあと溜息を吐いて、

ソファーの横に置かれた、同じくびしょぬれの塊を指差した。

「お気に入りのトレンチコートが水浸しになっても、

 泣き言ひとつ言わない女性がいるのかと思ってね」

はVの言葉の意味を理解して、ああ、と続けた。

小さな手に包まれたホットミルクが、柔らかい湯気を立てている。

「いいのよ…コートはクリーニングでどうにでもなるわ。

 それよりも折角買ったパンや雑貨が駄目にならなくて本当に良かった」

頬を染め、嬉しそうにそんな事を言うを、Vは心底、愛しく思う。

全く…年頃の娘なのだから、普通、大事にしていた服が汚れたら、

腹のひとつも立てるだろうに…

その服を、いつも買っている、ただの食品の雨傘代わりにと包み、

自分と服をびしょ濡れにして、当たり前の様に帰ってきたのだから…

なんて奇想天外…、そして見上げたものだ。

「しかし?取り留めて何か高価な品物を買った訳ではないのだろう?」

「そうね…、だいたいいつもと同じ物を買ったわ」

「そんな物なら余計に、アベニューで易々と買えるだろう。

 そのトレンチコートは君の甚く気に入っていた一品じゃないか。

 食品が雨に濡れる代価としては、些か高価すぎやしないかな?」

「そうね…雨宿りをすれば良かったのだけれど…どうしても早く帰りたくて」

「なんでまた…」Vが言葉を続けようとしたにもかかわらず、

は思い出したように、くるりとVの方を向いて、嬉々として言った。

「そう!そうなの!どうしてもパンを食べてもらいたくて…!」

満面の笑みでVの手からバスタオルを奪うと、ソファーにポイッと投げる。

そして自分のコートが濡れるという代価で守った、

例の食品の紙袋を丁寧に漁った。

驚きつつも、興味をそそる”代価の理由”の正体を見極めるべく、

Vは口元に手をやって、袋の中身を覗き込んだ。

これこれ!と言って、大切そうに差し出されたのは、

ロンドンでは珍しく、美味と噂される、名店のフランスパンだった。

………そう…ただのフランスパン。

「こんな街だけど…ここのパンだけは美味しいって有名じゃない?

 このパン、すぐに売り切れてしまうし…。

 焼き立てのうちにヴィーに食べて欲しくて…」

雨で熱を奪われたフランスパンは、の甲斐あって、まだほんのりと熱を持ち、

大変芳しい香りが、Vの鼻を突いた。

私に食べさせたいという一心で、いつもより少し早く家を出て、

フランスパンを買うご婦人の行列に並んでいるの姿を想像する。

それだけで、チクチクとしかし激しく、胸と脳を圧迫する熱に襲われる。

なんという愛すべき愚かさ…そして優しさ。

総ては自分への愛情の成し得る事、と思うと目尻が熱くなった。

Vは、自分との間にフランスパンを挟んで、優しく抱きしめた。

思わず声を出して笑ってしまう。

こんな馬鹿なことが、とても嬉しい。

彼女の甘い優しさの香りで、自分の身体が満ちていくのが解るのだ。

もVに抱きしめられながら愛らしい声でクスクスと笑った。

「可笑しいと思ったでしょう?でもいいのよ、パン、食べてみてね」

そう言うとは、Vの仮面にちゅっと軽く挨拶を残して、

「着替えて、洗濯してくるわ」と言って、

コートと共に奥の部屋に消えていった。

の意図は、その間にパンを食べておいてと言う事。

Vはその手に受け取ったただのフランスパンが、

ほんの一瞬だけ、まるで自分たちの子供か何かではないか、

という様な類の、独特の何か別の、可愛らしい物に見えた。

Vは小さく自嘲して、そっと仮面を外した。

遠くから流れてくるの鼻歌を聴きながら、

その大切なフランスパンを、丁寧にカットして、

サトラー議長の貨物からくすねた、最高のワインと共に、

舌の上で転がした。






「…心優しいの私の女王陛下に、乾杯」




























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アメリカからはるばるVのサントラが届いたので記念に…!
どうしようもないですね。解らない人には全然解らないし。
きゃっほう。
鼻歌は「I Found A Reason」で。

20060325 狐々音