と彼らの出会いを知りたければ、

ちょうどきっかり20年前まで遡れば良い。

アイルランドで1番肝っ玉の据わった女性から、マクマナス兄弟は生まれた。

父親は初めからいなかったが、彼女はへこたれもせず

やんちゃな天使たちの尻を叩いて育て上げた。













兄弟が5歳のとき、近所のマリアばあさんの家に小さな女の子がやってきた。

マリアの孫娘――それがだった。

は生まれてこのかた3歳になるまでダブリンの施設で育ったという。

斡旋人が気をきかせてマリアを見つけ出さなければ、

は自分に肉親がいることも知らず、

尿くさい子供たちとぬいぐるみを取り合い、

髪の毛を引っ張られながら育ったことだろう。

マリアの娘は2年前に交通事故で亡くなっていた。

子供の存在に関してなんの言付けもなかったから、

マリアは大層驚いたはずなのに、

あいにく彼女はアイルランドで2番目に肝の据わった女性だった。

片眉をちょっと上げただけで、ためらうことなく、かわいい孫娘を引き取った。

はほとんど言葉をしゃべらず、どこかぼんやりとしていることが多かったから、

マクマナス夫人もまた、ためらうことなく幼い息子たちに“役目”を与えた。


とおばあさんに親切にするんだよ。

 この町のバカな連中はわかってないが、私はちゃんとわかってる。

 あの子はお前たちくらい素晴らしい子なのさ。

 あんたたちが守るんだからね」


母は口を酸っぱくしてそう言い含めてきた。

人に揶揄われたり、突き飛ばされたり、物を隠されたり、

そういうことにもまったく動じないは、

小さな子供たちのコミュニティでは“変わり者”扱いされる。

マクマナス兄弟は校内一の悪ガキでもあり、正義の味方でもあった。

大いにバカをやるが、ここぞという時の振る舞い方を知っていた。

彼らはが“正しいこと”を知っていた。

本当はよく笑うことも、その笑顔がたまらなく愛らしいことも、

世界で1番豊かで優しい心を持っていることも。




お酒が大好きなマクマナス夫人とマリアばあさんは、

歳が離れていながら大親友だった。

マクマナス夫人の燃えるようなジンジャーヘアと、

マリアの奇抜な新緑色に染め上げた髪は、

タフなアイルランドの象徴そのものだった。

どちらも威勢のよい口調で、男も舌を巻くほど豪快な性格を持っていた。

一見そうは見えない教育熱心な双子の母の求めた教育を、も一緒に受けて育った。

兄弟の母親のことをロシアのスパイだったと言う人もいれば、

英国貴族の末裔だと言う人もいた。

真実をいくつも想像させるマクマナス夫人は、ミステリアスな名役者には違いなかった。

双子の間には、彼らにしかわからない彼らだけの言語が存在していたが、

は自然とその言葉を覚えて行った。

よく3人で小さな頭をつきあわせては

「いいかげんにしろ」と怒られるまでおかしな話をしたものだ。

クリスマスはマクマナス家と家、必ず一緒にお祝いした。

元気のよすぎる、腕っ節も強い兄弟は、を自分の大切な妹のようにかわいがった。

そうやって3人はぴったりと寄り添い片時も離れず、育ってきた。




孫娘が成人になるのを待っていたかのように、マリアばあさんはある冬の朝、

ひっそりと自宅のベッドで息を引き取った。

はひとりぽっちになったが、死は尊いものだから、泣かなかった。

だが彼女がとても淋しい想いをしていることを兄弟は知っていた。

3人助け合って生きて行こうと“彼らの言葉”で誓い合った。

その矢先、消息も知れず死んだとさえ思われていたの実父が、どこで聞いたか、

マリアの少しばかりの遺産を手にした顔も知らない娘をあてに、この町にやってきた。

押し入る形で居座ることを宣言し、と二人きりの生活を強要した。

ある時は耐えがたい暴力を振るわれ、その時、首に深い傷を負ってしまう。

投げつけられたビール瓶が砕け散り、彼女の細く折れそうな首を直撃した。

白く薄い皮膚は、赤に滲んだ。

駆けつけた双子の怒りはすさまじいものだった。

父親は顔がわからなくなるほど殴られた。

彼らの目的はの奪還そのものだったから、彼女がしくしく声を漏らし

「ここから離れたい」と懇願すると、コナーは更に父親を殴りつけ

「二度との人生に関わるな」と男にまくしたて唾を吐き付けた。


《「あんたたちが守るんだからね」》


――そうさママ。俺たちにしか、この子は絶対に守れないんだ。

マーフィーに抱えられ、は大好きだったはずのマリアの家を逃げ出した。




コナーとマーフィーはを連れてアメリカへ渡ることを決意する。

それは結果として自然に思えたし、とても簡単だったとすら感じた。

ふたりは精肉工場で、はドクの店で働きだす。

そこで遠い異国に身を寄せ合う、たくさんの仲間たちに出会った。

アイルランドの根底をたどれば見えてくる。

厳格な教えを持つ国柄だ。

ゆえに20世紀初頭以来、アイルランドからのアメリカへの移住者は後を断たない。

夢を追う者、勘当された者、出稼ぎ。

自由を求める世界中の“はみ出しもの”が皆アメリカへ逃れてきた。

情に厚い彼ら――とくにイタリア人のロッコと3人は、すぐに家族のように打ちとけた。






サウスボストンのとある廃ビルの5階。

同じフロアの、もともとは掃除用具の保管庫だった場所がの個室だった。

シャワーはないから兄弟の部屋に浴びにくる。

水しか出ないこともしばしばだったが、気楽な暮らしが性に合っていた。

双子はのなだらかな胸も、ふっくらとした腰も、

肌の白さも知っていたが、その甘さは知らなかった。

にしてみても、裸同然の姿でビールを飲んだり

タバコを吹かしたりする兄弟とじゃれ合うのに、抵抗を覚えたことはなかった。

二人が仕事あがりにドクの店へ立ち寄る日は、は閉店するまでドクを手伝えた。

サウスボストンの夜道は危険だから、

ベテランの商売女でもない限り、女の一人歩きは厳禁である。

ドクの店で、マクマナス兄弟がちょっとカウンターに座り、

チョコレート色のビールを飲みだせば、すぐに仲間が集まってくる。

まるで吸い寄せられるかのように、そこは騒がしい笑いの耐えない楽しい一夜の宴だ。

ボストンの夜風を寒い寒いと言いながら、3人手をつないで家路を急ぐ。


「今日は?」


タバコの煙をふっと吐き出しながら、マーフィーが聞く。

はコートを脱ぎながら、いかにも眠たげに目をこする。


「そっちで寝る」

「よし、どっちの布団で寝たい?」


コナーはいたずらっぽく笑った。

答えはひとつと決まっているのに、前振りをせずにはいられないのだ。


「3人いっしょ」


マットレスを並べて毛布にくるまり、男たちはを守るように腕をまわし、

身体をぴっとりとくっつけて眠る。

アメリカに来てから、寒い日はこうやって眠り始めた。


は猟犬にままままま守られた、ふわふわのちっちゃなウサギだ」


ドクはいつもこう言った。

は家以外の場所では、首筋に残ってしまった傷跡を気にしてスカーフを取ろうとしない。

あるいは首の隠れる服を好んで着るようになった。

コナーとマーフィーは外にいると殊更、の白い首筋が見たくて見たくてたまらなかった。

ある日マクマナス兄弟は、の傷と同じ場所に聖母のタトゥーを入れて帰宅した。

彼女は彼らの優しい“思いやり”を瞬時に悟って涙した。


「どうだイカすだろ?」

「“マリア”だよ。

 いまも俺たちといっしょにいる」

「相変わらず酒も飲む」


げらげらと笑う双子がにじゃれつき、ちょっとくすぐってやれば、

感極まって落ちる涙も笑い声にかき消された。

そうして彼女は彼らを見習い、首の傷を覆うように同じタトゥーを彫った。

以来、はしばらく忘れていた“祖国での自分”を思い出した。

警戒心は徐々に薄れ、本来の自分を取り戻して行った。

それこそがマクマナス兄弟のずっと信じ続けた“正しい”の姿だった。




日曜日の礼拝のあと、食材の買い物を済ませて家に帰ると、兄弟はまず服を脱ぎだす。

はマーフィーのつま先を熱心に見つめていた。

マーフィーが目線を下ろすと、合点がいく。

靴下からはみ出しているつま先を動かし、おどけてみせる。


「穴の空いてない靴下はコナーがとっちまった」


コナーは意にも介さないと言いたげに、タバコをくわえて笑っている。

は自分の部屋からクッキー缶の裁縫箱を取ってくると、

マーフィーの靴下を軽くひっぱって脱がせた。

くすぐったかったようで、マーフィーはケラケラ笑いながら裁縫箱を覗きこむ。


「それでいいや。そのピンクので」


ピンクの糸で靴下を繕ってもらう。

なぜなら裁縫箱の中には、他にパープルの糸しか入っていなかったから。


「“おんなのこ”の靴下だな」

「黙ってろ」


はリスのように手元でちくちくやりながら、嬉しそうにはにかんだ。


「パープルの糸より、ピンクの方が断然かわいい。マーフっぽい」


マーフィーが手を掲げ、は応えるように彼とハイタッチを交わす。


。今度は俺のために緑の糸を買っといてくれ」


コナーが微笑み、鼻をくっつけてくれば、は一層嬉しそうに笑った。

マーフィーはあくびをして、うん、と身体を伸ばすと、

そのままマットレスに寝そべって、の髪を指に絡ませ玩びながら、

ダークグレーの靴下のつま先がピンク色になるを待った。


「コナー、ビールで口をゆすがないで」


目端に困った癖をとらえては、何度注意してきたことか。

それでもやめないのは百も承知だった。

コナーとしては無意識なのでいちいち肩をすくめてみせる。


「飲んじまうんだ。いいじゃねえか」

「その口でキスしないでね」


双子はピンク色の糸をそっと噛み切るに顔を寄せると、

それぞれ桃色の頬に優しいキスを落として、

彼女を抱きしめマットレスになだれ込む。

シミだらけの天井を6つの瞳が見上げる。

一ヶ所だけ丸く切りとるように、紺碧のペンキが塗られていて、

アイルランドで共に見て育った短い夏の星空が描かれていた。

アメリカに来たばかりの頃、兄弟が描いたものだ。

すべてはを元気づけるためだった。

もちろん彼女がとても喜んでくれたことは言うまでもないけれど。

ピンク色の糸でちぐはぐに縫われた靴下を見て、マーフィーは満足そうだった。


「いいね。これ気に入った。ありがとう

「……マーフ。片っぽよこせ」

「あらあら?どうちたの?“コナーちゃん”?

 おまえさっきまで馬鹿にしてたくせに!」


ピンクの糸で繕われた靴下の形見分けならぬ、痛み分けだ。

マーフィーがコナーに飛びかかる。

じゃれ合って床を転がる子犬の兄弟そのものだった。

――わかっている。

が触れたものすべてに《意味》が在る。

あらがっても無駄だ。《愛着》を感じ《慈しみ》が生まれる。

聖なる女性は、彼らにとって世界でただひとり、だけ。























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いわるゆ《聖遺物》みたいなものを感じているのかも。
ここからまた違うお話が書けたらいいなあ。

20140906 呱々音