一日の終わりにちょっとした《業務》を片付け、報告のためアジトへ戻ると、

イライアスは彼の仕事ぶりに非常に満足したと言わんばかりの表情で、

「ご苦労だったアンソニー」と言った。

アンソニーはその言葉にうっとりと口端を持ち上げる。

思い出したように、イライアスは更に付け加える。


「ああ、忘れるところだった。

 明日は彼女が帰ってくるんだったな。

 一日暇をやる。迎えにいってやれ」

「ですがボス、」


イライアスは遮るように掌を掲げ、首を振る。


「他の者を護衛に付けるから問題ない。

 良くやってくれているんだ。

 一日くらいお前たちに休みをやったって罪にはならないさ。

 今は“ここ”に隠れてるくらいしかすることもないしな」












翌日、思いがけず休暇を手に入れたアンソニーは、

それもある意味「休め」と命令されたようなものだが、

彼のボスの配慮は、結果としてとても有り難いものだった。

ニューアーク空港の込み合ったカフェでエスプレッソを飲みながら、腕の時計を確認する。

そうやってたった5分の間に彼は3度もそうやって、

自分の手に委ねられた時間を持て余していた。

柄にも無く、多少の期待感が胸で暴れているせいもある。

だが彼の涼しげな表情から、そんなことはまるで見て取れない。

大きく胸の開いたワンピースを着たブロンドの女が彼に色目を使ったが、

彼はこの日ばかりは目の端ですげなくあしらった。

迎えに来た人物の乗った便の到着予定より、

大幅に早く着いてしまったことに心中で苦く笑いながら、

たまには《なにも起こらない》時間を過ごすことも悪くない――と思い始めていた。






エスプレッソにも飽きた彼は、時間が近づくにつれ更に落ち着かなくなっていた。

――こんな姿をボスが見たら呆れるな。

到着ゲートには様々なところで、ハグやキスが飛び交っている。

走り出して抱きつく者、歓びに泣き出す者、

小さくささやかだが鼻で笑ってしまうにはひどく愛しい光景だ。

ふと目に入ったのは今にも泣き出しそうな小さな子供の姿。

――はぐれたな。

その細い首が今にももげてしまいそうなほど、せわしなく、

しきりに首を振って消えてしまった親の姿を探しているのだ。

こういう日でもない限りできないことだと思いながら、アンソニーは膝を折り、

努めて優しい甘い声で語り掛けた。


「坊主。ママを探してるんだろ?」


唯一の理解者を得たとばかりに、彼の顔はみるみるうちに安堵と嗚咽にふうふうと息を吐く。


「ママったらかってにいなくなっちゃったんだ!」


アンソニーは肩をすくめる。


「だったら自分で見つけりゃいい」


男の子の身体をいとも簡単に持ち上げると、肩車をしてやった。

まるで立派な灯台のように、くるりと周囲を見渡しながら、

少年は今まで不安げな表情をしていたのが嘘のように、

一生懸命に目を凝らし、母親の姿を探している。


「トミー!」


遠くから聴こえた母親の呼びかけに、アンソニーは反射的に微笑んだ。

母親は生意気な息子から勝手に居なくならないでと怒りをぶつけられながら、

優しく彼を抱きしめ、アンソニーに何度も御礼を言った。

振り返って何度も手を振る母子に、アンソニーもそっと手を掲げた。


「……あなたもそんな事するのね」


気配すらなかった場所に、待ち望んだ人物の声を捉えて、彼は表情を作る暇もなく振り返る。



名前を呼ばれた人物は、まるで花を咲かせたように嬉しそうに笑うと、

アンソニーの首にしがみついた。


「会いたかった」

「俺もだ」


閉じ込めるように彼女を抱きしめる。

柔らかい温もりと、待ちこがれた香りを感じるため、目を閉じながら。

首に抱きついていた彼女の手付きが、抜け目無く彼の身体を這い始めたので、

彼は涼しげに口端を上げたまま、彼女の手首を掴んで身を引いた。


「こんなところで始めてどうする気だ?」


失敗を誤摩化すネコのように、は甘ったるい表情で、首を傾げた。


「キスもしてくれないの?」

「少なくともその手には乗らないな」


アンソニーは彼女の荷物をテキパキと預かると、あごで駐車場に向かうよう促した。


「例の《オフィス》に向かうのかしら」


アンソニーは機嫌が良さそうだった。


「いや。ボスが今日は休めと言ってる。

 お前の仕事も明日からだな」


は年に一度だけ、ニューヨークを訪れることをイライアスに許可されている。

目を付けられぬよう過度の接触を避けなければいけない身でありながら、

イライアスにとって必要不可欠な手足であった。

様々な技で彼の懐を温めて肥やすのが彼女の仕事である。

ブルース・モランの腹違いの妹は、スイス国籍を持つ、頭のキレる才女だった。

昔からアンソニーにひどく懐いていたが、

まさかそのまま身体を使い合う関係になるとは思わなかったと、ブルースは頭を抱えていた。

己の欲や命より、イライアスを最上のものとして忠実に動くアンソニーが、唯一望んで手に入れた。

それこそがこのと言う名の《幸運の星》だった。

車に乗り込んだ途端、荒っぽく情熱的に唇を塞がれて、は息も出来ず、

恍惚と意識がまどろむ熱に、素直に身を委ねる。

駆け引き上手なイタリア男が、互いの欲望に収拾がつかなくなる寸前で唇を解放し、妖しく微笑む。

続きはもう少し後でという意味だ。

は乱れた髪を整えながら、少しふて腐れて見せた。


「で?今回はいつまで居られるんだ?」


エンジンを噴かしながらアンソニーが聞く。

するとは美しい眉根を寄せ深い皺を刻んだ。


「アンソニー…もしかしてあなた、聞いてないの?」


その問いかけが、明らかに違う意味を持っていることは彼にも解った。


「どういうことだ」


は首を振る。


「滞在はいつまでになるかわからないわ。

 イライアスからの指示よ。

 今の《状況》に対処するためには、いずれ私の力が必要になるんですって。

 だからしばらくこの街にいるわ。

 少なくともブルースの事務所に重役として転職するくらいにはね」


アンソニーは何も言わなかった。

ただハンドルを無心に動かしながら、でさえ汲み取る事の困難なポーカーフェイスで、

妙に緩急を付けてブレーキとアクセルを踏み分けるので、

彼女は先ほどの激しいキスとそれが同じリズムであることに気付いて、

また身体が熱くなっていくのを感じていた。


















































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このあと滅茶苦茶セックスした。

ということで。

父性コンプレックスのある人に父性を見出すのが好きです。

子供をうまく扱う恋人を見たら、きっと彼女もアンソニーと一歩進んだ関係を持ちたいと考えるんじゃ無いかな〜なんて。

「プレゼンティメント」=【伊】予感

ナオさんへ!愛を込めて〜!

20150712 呱々音