「………………嫌だあ」 きっとまだ眠くて目もまともに開けられないのだろう。 それなのに礼二郎は、私の細腰あたりに腕を巻き付けて放そうとはしなかった。 「…礼二郎さん…そらいい加減になさって下さいな。一度放して下さらないと、」 これは子供をあやす時に似ている。 思わず従兄弟の所の赤ん坊を世話した時の事を思い出す。 ―桃色の頬、御乳の匂い、私の指を掴んで放さない小さな御手手―…。 「…ん?赤ちゃん?」 …―嗚呼油断した。 「………見た、のですね。…そうですわ。従兄弟の所の男の子です。今年で3つに」 「おお!随分可愛い顔をしているから女の子かと思ったぞ」 その口調だとどうやら先程よりは血行も安定し、眠気はましになった様だった。 「ねっ。礼二郎さん、もういいでしょう…?放して下さいな?」 「嫌だあ嫌だあ」 「んもう。これではまるで貴方の方が赤ちゃんみたいよ」 「そりゃあそうだ!」 意外なことに礼二郎は自信満々の調子で云った。 「何せ僕らは今、なあんにも着ていないからね!生まれたまんまの姿だ!」 「…ッんもう!礼二郎さんのお馬鹿さん!」 そういう問題では無いのだ! そういう問題では無いのだが―…事実は事実なのだ。 「僕は馬鹿じゃないぞ!至って理に適った行動だ!」 礼二郎は怯むことなく、更に強く腰を拘束した。 ちらりと肩越しに自分の腰辺りを見やる。 色素の薄いさらさらふわふわとした髪と、長い睫毛―…しばらくせずとも大きな瞳が私を見た。 「…そうだ。はそうやって…僕の事だけ考えていれば良いのだ」 もう…何も云いますまい。 私はデリケエトな赤ん坊に触れる時と同じ様に、優しい手付きで礼二郎の頭を撫ぜた。 「…解りました。今日はもう諦めます…。本当に―…仕方の無い殿方ですこと…」 「そうだそうだ!何のための自由業だと思ってるんだ!」 「自由業って―…私は構いませんけれど、礼二郎さんは探偵でしょうに」 礼二郎は"探偵"という肩書きで辛うじて世間様に関わっているのだから…自分で自由業などと言ってしまっては、 何だか見も蓋も無い様な気がした。 私は…否私こそが"自由業"と称すには相応しいだろう。 …―旧華族の女流の画家など。自由業と云わず何と云うか。 「ふん、今日の僕はもう探偵じゃないぞ」 「礼二郎さんたらまたその様な事仰って…。和寅が泣きますよ」 尚も礼二郎の形の良い頭を撫ぜながら、苦笑気味に和寅の名を出した。 「探偵じゃないのでしたら…今日の礼二郎さんは、だあれ?」 もうこうなれば彼は大きな赤ん坊以外の何者でもない様な気がしてきた。 揶揄っている訳ではないが、私はつい数時間前の熱っぽい行為の事などもうすっかり忘れていた。 その罰が当たったのだろうか。 私に纏わりつく白く長い彼の腕がふいに力を無くし、今度はその腕で後ろから身体ごとすっぽりと拘束された。 素肌を晒したせいで、自分が随分と冷えていた事を知らされる。 掛布を身体に巻き付けていた分、礼二郎の体温の方が幾分か温かかった。 「今日の僕は、」 わざとだった。 耳元にその美しい口を宛がい、彼はそっと、優しい声で、囁く。 「の旦那様だ」 「……礼二郎さん?」 この人は…また理解に苦しむ事を云ってくれる。 「うん…うん!そうだ旦那様…それはいいな!うん!よし!じゃあ早速始めようじゃないか!」 何が善いのか全然解らず、少し頬が染まっているのも覚悟の上、思わず礼二郎の正面に向き直った。 「その…旦那様というのは、」 礼二郎のそれはもう始まっていた。 私が正面に向き直ったのを善い事に、ちゅという愛らしい音を立てて額に口付けをした。 「そのまんまの意味だよ。さあ!僕は決めたのだ!」 「っですから…何をお決めになったの?」 「赤ちゃんを作ろう!」 「あ、あ、あかちゃん?」 考えても見ない言葉の羅列に、思わず金魚の様に口がぱくぱくした。 「そうだよ!僕らはこれから至極とうとーい子作りというものに励むのだ!」 私はきゅんと自分の乳房が疼く様な感覚を覚えた。 それを本能で嗅ぎ取ったのか偶然だったのか、はたまた油断ならぬ隙に何時ぞや記憶として見たのかは 定かではないが…とにかく…。 "旦那様"を宣言した礼二郎はもう無邪気な赤ん坊で居てくれるつもりは無いのだ。 礼二郎はこの上無く美しい物を愛でる様な笑顔で私を抱きしめると、それはそれは自信たっぷりに云った。 「僕はを愛している」 …―嗚呼なんて勝手な、愛しい、旦那様であろうか。 しかし私こそ…改めるべきなのだ。 彼からは…乳飲み子の匂いはしないのだから。 目を閉じて、礼二郎の首筋に鼻を押し当てる。 …嗚呼矢張り、そうだ… 彼からは…立派な男の匂いしか… 嗅ぎ取れなかった。
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あの…その…解っているので…
雄に成り下がりたいだけだろうとか云わないで上げて下さい(土下座)
見も蓋もなーい!
甘たれの榎木津が好きです。
良い子だー(悦)
20071023 狐々音
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