「鬼灯様はおやさしい」


鬼灯の部屋。

ちまりちまりと針仕事をやりながら、の口元は微笑んでいる。

ぴん、と糸を張る。

朱い紅をさした唇を糸にあてがい、ぷつりと糸を切るその姿がやけに艶やかである。

鬼灯はそんな様を見て、美しい、と思った。


「そんな風に言うのは貴女くらいのものです」


───そんなこともないけれど。

地獄というのは曲者揃いのぶっ飛び案件で溢れかえっている。

かく言うこのも、しとやかでありながら大層肝の座った女獄卒である。

第三補佐官の地位に甘んじている理由も、鬼灯が第一補佐官として閻魔の元に仕える理由と似ていた。

いろいろ省いて簡単に言うとすれば、ようは質の似ている“地獄の黒幕”同士、という塩梅である。


「はい。できましたわ。どうぞ」


着物の裾にあった小さなほつれは、縫い目もわからず見事に修繕されていた。

袖を通しながら礼を伝える。


「ありがとうございます。助かりました。

 等割地獄でなかなか珍しいわんわん大乱闘に巻き込まれてしまいましてね」

「そんなのただのふれあい動物園じゃないですか」

「まあそう言えなくもないですが、実際はもう少しどぎついですよ」


針箱を片付けながら、は耳に心地よい声で笑っている。

その指の先には、愛らしい桜色の小さな爪がついている。

ほっそりとした白い手首を、鬼灯は掴んでいた。


「泊まって、いきますよね」


日々忙しく業務を熟すふたりが、こうして一緒にいられる夜は貴重である。

は弾かれた様に鬼灯の目を見ると、頬を染めて、再び目を逸らした。


「……そのつもりで、参りました」


たまらない表情をしている。

このは、男ばかりの職場で伊達に補佐官業務をぶん回してきていない。

普段はとにかく仕事、仕事、仕事。

下の面倒もよく見るし、自分のことは二の次と言ったところも少々ある。

凛々しくて、聡明で、とにかく働き者。

彼女のことを鬼灯の影の右腕と人は呼ぶ。実際過言ではない。


「まったく貴女ってひとは――」


好いた女にそんな表情をされて、喜ばぬ男はいないだろう。

ふたりの時だけに許された、時別な声音でその名を呼んでやろう。


───おいで」


先ほどまで余裕の面持ちであったは、すっかり頬を染め、眉根を寄せ、

惚れた男に名を呼ばれたばかりに、まじないにでもかかったようになっていた。

呼ばれるがまま、吸い寄せられる。

鬼につかまる。


「鬼灯さま」


胸にしっかと抱きついて、その身を強く掻き抱かれて、ようやくの身体は弛緩する。


「様が余計です」

「…ほお、ずき」

「鬼灯」


名を呼び合うたび、胸の灯火がぬくもり熱くなる。


「共にいられて、嬉しい」

「私もです」








ふたりの関係は決して浅くない。

幼い頃、は身体が弱かった。

鬼なのにおかしいと揶揄われた。

なかなか外に遊びにいけぬの元に、鬼灯はひょっこり現れた。

以来、暇を作ってはあししげく通ってくれたのだ。

鬼灯の存在はの宝物だった。

彼の薬草の研究もそれに起因するところがあった。

を治してやりたいと、一念発起し、結果、治した。

すっかり元気になったが迷わず閻魔庁に就職し、自力で昇進し、

晴れて鬼灯の部下となってから、ようやく今の関係に落ち着いた。








鬼灯の大きな掌が、そっとの頬をつつむ。

普段の大胆さからは想像できぬほど優しく。

まるで壊れ物にでも触れるみたいに。

少し身を屈めるようにして、口付けられる。

恍惚とした熱が行き交い、脳が甘く痺れるようだ。





想いに乗じて、鬼灯の舌が、徐々に大胆になってゆく。

呼吸が乱れる。

互いを求めて舌を絡め合って、なまめかしい音が真夜中の部屋に響き渡る。

久方ぶりに得たふたりだけの夜なのだ。

すでに昂り固く熱をあげる雄を求めて、も身を捩る。

男の手が、藤色の着物をたくしあげ、花芯に触れればぽたりと垂れるほどの蜜があふれていた。

が恥ずかしさに顔を隠す。


「隠さないで。私を見て」


言われるがまま、おずおずと瞳につかまりにいく。

水音とともに、長い指が、痛々しいまでに腫れ上がった芯と口を弄ぶ。

まもなくは立っていられなくなって、がくがくと身を震わせながら、気をやった。

今まさに自分に翻弄されるまま快楽の頂に達した彼女の姿を見て、

彼はたまらない愛おしさに襲われ、自分の腕の中にきつくきつく抱きしめる。


「優しくします」


そう言って、の身を寝台に横たわらせ、着物をほどいてゆく。

きつく締め上げられていた着物の下から露わになるった、

ほろりとこぼれ落ちる乳房と、甘く香る肉体がまぶしい。

またがりながら、男も着物を脱ぎ去って、

今一度肌と肌の隙間を埋めるように、抱きしめ合う。

すがるように。愛し合っているのだ。理解る。

どくりどくりと脈打つ自身を、蜜のあふれる熱い泉に沈めれば、

脳天が溶けるような快楽の洪水に襲われる。

抱き合って、乱れて、溺れて、ひとつになって、溶け合って───。

何度も何度も相手の名前を叫びながら、駆け上る恍惚にふたりは果てた。








鬼灯にすがってぼんやりとした幸せの余韻を反芻する。

想いの通った情事のあとは、どちらもできるだけ近くにいたいと思うものなのだろう。

鬼灯も、の小さな角に口付けたり、彼女の頭を無意識に撫でながら頬を寄せたりしている。

が聞いた。


「なぜ、私を助けてくれたの?」


利発で変わった子供だった鬼灯。

外で見てきたさまざまな話を、面白おかしく話して聞かせてくれた鬼灯。

幼いがどれほど救われたことか───。


「貴女のことが大好きで、笑ってほしいと思ったからですよ」


また再び、ぎゅう、と鬼灯の胸に顔を押し当てて、きつく抱きついて、は泣いた。


「ほおずきさまは、おやさしい」


いつでもそう言って心から嬉しそうに笑ってくれるが、鬼灯の宝物だった。


(こんなに美しい生き物が淋しそうにしていたら、悲しいじゃないか)


華奢な身体を抱きしめ返す。


「───明日の休みはゆっくり起きて、現世に遊山にでも行きましょうか。

 久しぶりに上野なんかいいですね。

 あのフェネックの親子、貴女見たがっていましたもんね」


涙を流すの頭を、よし、よし、と撫でてやる。


(大丈夫。決して貴女を一人にはしませんよ)


そうやって、相手のぬくもりにまどろみながら、どちらともなく意識を手放す。

この心地よさは何物にも変え難い。

貴女こそが、愛しい存在。































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きっと弱っちい子供時代を挽回して楽しんだろ!くらいの図太さで、

馬鹿にしたやつらにじんわり制裁を加えるべく黒幕生活を楽しんでいるのだと思います。

鬼灯さまの前ではかわいくなっちゃう甘えん坊さんのお話でした。

なかよしがいいよねー!

20220124 呱々音