すっかり重くなったトランクを蹴り上げる様に部屋に押し込めると、

は満足そうにギリーウォーターを飲み下した。

しもべ妖精の運んで来た冷たい飲み物は、手の中で汗をかいている。

我輩も同じ様にそれを飲み下してはいるものの…既に心はここに在らず。

これから待ち構えている問題の事で、頭がいっぱいだった。

ホグワーツの新学期が始まるまであと1週間前。

夏休暇中、各地の薬問屋を歩き回り、平年より遥かに種類豊富な量の素材と薬品を手に入れた我輩とは、

ささやかだがとても重要な、ある任務の事で頭がいっぱいだった。

それは――薬品保管庫の整備、である。

通常、1年間耐えうる量のありとあらゆる薬品、そして素材をストックしておく。

足りない薬品は煎じて作り足し、予備も含めて薬草と素材の補充を行う。

当然ながら、この在庫の管理も我輩との職務内容に含まれている。

生徒達が舞い戻る前に、教師はこの任務を終わらせる手筈になっていた。

とは言え、平素この保管庫に立ち入り、薬品を使用する人間は我輩だけなので、

ある程度の使用状況は把握しているし、使用頻度の多い薬品は普段から手前に出してある。

場所、位置、量、全てと言えば嘘になるが――だいたいの薬品は問題なく答えられるだろう。

そう――今までなら。

と言うのもここ数年の厄災然り、全てはあのポッターの登場のせいである。

この薬品保管庫の使用頻度は上がるは、薬品を盗まれるは、

あまつさえ人狼のため脱狼薬まで煎じるハメになろうとは…!

誠に遺憾である。

そういう訳だから、我輩ひとりではどうにも困難だろうと、の手を借りる事にしたのであった。

結果として夏休暇のすべてを二人で過ごす形となった訳である。

こうして大仕事――薬品作りは、幕を開けたのであった。
















狭い薬品保管庫に丸2日閉じこもり、手分けして調べ上げた不足リストに目を通して、我輩は発狂した。


「ッポッターめ!最後の最後でここまで手を焼かせるとは…!」


は美しい笑みを浮かべると、少し困ったように言った。


「全部が全部、ハリーのせいって訳じゃないわ。

 マダム・ポンフリーも去年は薬品の消費が多かったって仰っていたし」

「その薬品とて大概はこのリストに含まれているのだ。

 全く――あと5日で全てとは言わぬが、あらかた作るとなると――」

「寝ている暇なんて無いわね」

「左様」


短く返事を発したと同時に、我々は実に迅速に動き始める。

早々に薬品作りに取り掛からねばならぬのだから――。







基本的に作業は分担して、各々の鍋で薬品を煎じ、大量のリストをひとつずつ消化していく事にした。

鍋には絶えず灯が焼べられ、忙しなく動き回り、実験部屋は凄まじい暑さになった。

我輩もも作業に夢中になると飲食や睡眠を忘れる傾向がある。

まあ――それでもは、我輩を気遣って可能な限りスコーンやマフィン、

焼き菓子などを手元に置いておくように努めてくれたが――。

おかげで何とか生き延びていた。

常時、鍋の様子を見ている人間が必要になるため、仮眠は交互に入れ替わる形を採る。

そうして3日、4日と過ぎ――驚異的な早さを持ってして、薬品はせっせと精製されていった。

努力の甲斐あって、最終日の5日目には、精製に時間と手間の掛かるものだけを

残すところまで漕ぎ着ける事が出来た。

最後は二人で作れば済む。


「…――幸い1ヶ月程度あれば出来る薬だな」

「良かったわね。半年とかじゃなくって。

 ――乾燥ミモザとこうもりの脾臓…刺草の刺もいるわね。私、取ってくるわ」

「ああ。頼む」


随分疲労も溜まっているだろうに――だがは相変わらずそういった影を我輩には一切見せない。

嘘を吐かれている気分にはならないが、そのの我輩への態度は、

いつだって絹のような優しさを持ってして、この身の卑小さを悟らせる。

人生の半分以上の時間を共に過ごして尚、の存在する日々は、新鮮さを欠く事がない。

肉体的にも精神的にもの存在の美しさには、心地よさと愛しさが混在し、今なお我輩の心を焦がして止まない。

我輩の為したこの罪を、過ちを、そして烙印を――、

代われるものなら喜んで無垢の身を差し出し、購おうとする愚かで心優しい、最愛の女性。

思えば初めて彼女と過ごす事が叶ったこの長期休暇は、

この呪われた一週間も含めて――なかなか悪く無いものであった。

否、上出来だった――真実に、良い旅であった。

共に同じ物を見、聞き、味わい。

飽き足りないばかりか、我輩は幾度となくあの肌を味わった。

甘く孤を描く腰の線、飾りの付いたふくよかな胸、匂い立つうなじ、形良い唇。

確かだと言うのに、目を離すと消えてしまいそうな程に、淡い天使のような存在。

疲労のせいか――こんな湿やかな事をつらつらと考えながら、鍋を見張り――。

気がつけばを見送り出してから既に1時間近くが経っていた。

…さすがにこれはいくらなんでも遅すぎる。

我輩は鍋に蓋をし、火に一定の強さに保たせる呪文を与え、薬品保管庫へと向かった。
















「――遅い。一体何をしているのだ貴様は」


とりあえずそんな事を適当にぼやきながら分厚い扉を開けると、

狭い保管庫で大量の素材を広げているの姿が目に入った。


「あ…!ごめんなさい」


部屋一面、所狭しと配置された薬草の山を見回す。


「…――自暴自棄にでもなったか?」

「残念ながら違うわ。

 ほら――この薬草棚のチェックが抜けてたみたいなの」


綺麗な字でメモを付けているの手元を睨む。


「――どれくらい足りない」

「んん。今作っている薬には足りないわね…まあ…いいわ。

 まとめて発注しておきましょ?私が取りに帰っても良いし」


の家はダイアゴン横町で薬問屋を営んでいる。

あの界隈で有数の薬品数を取り揃えている、非常に優秀な店である。

はメモを取り終えると白い杖を一振りさせて、床を埋め尽くしていたあらゆる素材を

全てもとの場所に戻した。


「……つまり、今この現状で我輩たちに出来得る仕事はすべて終わったと言う事か」

「そういう事ね」




盛大な溜息を、ひとつ。




「…

「なに?」

「――許せ」


何を許すのだと聞かれる前に、の手首を掴み、薬品棚に向かって組み伏せる。

伏せる…といってもこの部屋は狭い。

壁に寄せるとか押し付けるとでも言った方が適切だったか。

首筋を吸いながら、長いスカートの裾をたくし上げて、すかさず太腿を這う――。

この恋人は背中への衝撃に、その美しい顔を歪めて見せこそすれ――案外冷静だった。


「ちょっと。なに興奮してるのよ」


――さすがというか、なんというか。


「…――貴様という奴は…もう少し気の利いた言い方は出来んのか」

「私、シャワーを浴びたいの」

「諦めたまえ。生憎もう始まっている」

「ちょっと。勝手に始めないで下さらない?スネイプ“先生”、

 《これ》は独りでなさる事じゃなくってよ」

「…――つまりこの場所は然したる問題では無いと?」

「大有りよ。狭い薬品保管庫だなんて。普通じゃないわね。

 あらまさか偉大な薬学教授は自ら手製した媚薬でも盛って下さるおつもりだったのかしら」

「ほう――?」


今まで動じる事も無く、慣れたやりとりをしていただったが、

我輩の表情を見て、しまったという顔をした。

明らかにのミステイクだった。

の目をじっと見据えたまま我輩の杖が掲げられるのを見て、慌てて阻止する始末だった。


「ストップ。ごめんなさいセブルス、今のは忘れて。お願いだから」

にそんな性癖があるとはな」

「無いわよ。

 ここでセックスしようとしてる人に言われたく無いわ」


このやり取りをいつまでもこなすゆとりを、あいにく今日の我輩は持ち合わせていない。

拘束していたの手首を解放すると、再び柔らかく拘束し、苦し気に手首に口吻けた。


「……7日も触れてない」

「…………諒解ってる……――ほら……――きて、」


の抵抗は甘んじて頽れた。

彼女が我輩に与えた口吻けは、優しく、甘く、まるで慰めるようなものだった。

始めはうっとりと花の香りを嗅ぐ様に――そして徐々に互いを求めて激しいものへと変貌していく。

この時ばかりは欲に狂う獣と罵られても否定しないだろう。

導かれるままに肢体の曲線をなぞり、足の付け根に指を滑り込ませる。

の身体が小さく跳ねる。


「、…――馬鹿者、濡れ過ぎだ」


涙をたたえて頬を染める。

羞恥に顔を背けるが――残念ながらそれは効果的な仕草だと言わざるを得なかった。

あとはもう己の欲求のままに、白い肌を味わい、愛撫を持って翻弄し、

声を漏らすまいと喉の奥で必死に押さえつけている、その愛らしい鳴声を引き出してやれば良かった。

時折は抵抗して見せるものの、それもこの状況では無意味に等しく、煽っているのと大差なかった。

蠱惑する肉体に腰を打ち付ける。

薬品棚が微かに軋む。

押し殺した嬌声が、意図せず喉を零れ落ちる。

血が沸き立ち朦朧とした意識の中で、ふと思う。

平素こういう趣味は無いが、薬品の匂いが肺を満たすというのも――、








「…――なかなか悪く無い…なんて思ってないわよね」


石畳の冷たさが背中を冷やし、汗ばんだ肌を慰める。

我輩の胸にくったりと頭を預けては続けた。


「二度とこんな所でしないわ」

「おやおや先生――お身体に堪えましたかな?」


さりとてこのような場所で年甲斐も無く淫蕩に至った事は、さすがに反省していなくもなかった。


「ベッドが良いわよ」

「…――同感だ」

「生徒が居なくて良かった」

「呪文がある」

「んもうセブルス!」

「冗談だ」


ふてくされたの身を起こして、乱れた着衣を直してやる。

柔らかな髪を指で整えてやると、損ねた機嫌も幾分か回復してきたようだった。


「…本当にもう――絶対こんな所で」


短い溜息を吐いて、なだめる様に返す。


「解った解った――の言う通りにする。もうここでは抱かん」




まあ…――媚薬に関して言うのであれば、可能性が消えた訳でも無いのだが――。

今回は良かろう。

それはまた別の機会に――取っておくことにしよう。



















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“薬品保管庫ネタ”でリクエスト下さったみよし様へ。

連載『少女に謳ったキリエ』の続編設定で書かせて頂きました。

先に梨紗さまへ書かせて頂いた『この灯が消えぬように』とも繋がります。

管理人「薬品保管庫なんてエロい事しか思い浮かびません」

みよしさん「好きにしろ」

いざ揚々と書いてみたは良い物の、どうにも性欲旺盛で汗臭い、

ただの下品なスネイプになってしまった感が拭えません、誠に申し訳ない。

お許しを頂けて光栄でした…!いつもありがとうございます!

お粗末様でございました。

【追記】“リヒアンノン”はケルト神話に出てくる金髪で美しい女神の名です。

20110705 呱々音