戦に赴く男在れば、国許にて家を守る女在り。

数ヶ月にも及ぶ戦を終えた伊達軍は、

酷使した身体を引きずりながらも、

皆、郷に帰ってきた慶びで、疲れも吹っ飛ばん勢いだった。

伊達政宗の愛して止まない妹、 は、兄たちの帰りを、それはもう首を長くして待ち侘びていた。

留守を無事に守り抜き、彼ら出迎えるその姿は、程よく緊張も解け、同じく慶びの微笑が零れていた。

「政兄様、良くぞご無事でお戻りくださいました」

一応、藩主の無事の帰りを労って、恭しい文句で出迎えたが…

ー――――ッ!!!!OH 淋しくて死にそうだったぜAngelッ!!!」

この様だ。慣れ親しんではいるが、若干鬱陶しい。

情景反射的に、思わず足を踏ん張って、突進するような"ハグ"に備えてしまう。

政宗は案の定、を思い切り抱き締めると、西洋語を駆使して、帰ってきた喜びを喚き始めた。

無事に帰って来たはいいが―…この兄だけは殺されたとて絶対にただじゃあ死ぬ気がしない。

今回戦地に連れて行って貰えないと政宗に告げられた時、 最後まで哀願し、終いには駄々をこねただが、

兄が珍しく真面目な顔で「お前はここに残り、留守を守れ」と言った。

ようやく自分の身の程を弁え、今回は帰りを待つ事に徹すると約束したのだった。

「その何処で覚えたかも怪しい西洋語を、再び聞けて良かった。お帰りなさい、政兄様」

「hum?所々余計じゃねーか?」

激しい抱擁を少し緩め、HAHAHAと笑う政宗の声が、久しく心地良かった。

、良く留守を守ってくれたな、Marvelous.」

この甘垂れた兄は、未だに妹を溺愛し、 の形良い頭を、愛しげに撫でくり回した。

「伊達の女ですもの、当然でしょ」

そう言いつつ、ふざけ笑いながら兄の手を払うと、不意に政宗の後に控えて居た、頼もしい人影が目に入った。

一瞬にしてその身が熱くなり、胸が囚われる思いだった。

「…さあさ、政兄様。あちらに功を労う宴の準備が整っておりますわ、」

そう言うと、纏わり付く兄をやっとの思いで引き剥がし、

上機嫌でどやどやと奥に消えていく政宗を見送った。

先程から、兄と妹の水入らずの再会を邪魔せぬ様にと、

気の利いた配慮をしていたのは―…政宗の腹心、小十郎だ。

政宗に続き、軍団の兵たちもぞろぞろと城へ向かっていくのを横目に、

小十郎はようやくこちらに来てくれた。

城内に揺らめく篝火の明かりがちらちらと揺れ、

小十郎の顔には、ほっとする橙色の温もりが添えられていた。

より頭1個余り背の高い、小十郎を見上げながら、

無事に戦場から帰ってきた慶びを、独り改めて噛み締めた。

「小十郎も…よく戻ってきてくれたわ、」

些か声が震えてしまった様にも思う。

様、小十郎、只今戻りました」

幼い頃から、父にも母にも兄にも代わり、時に厳しく、そして優しく、の面倒を見てくれた小十郎。

彼もすっかり男としての魅力を醸し出し、そして猛進する兄の横で、その叡智を振るう。

政宗が寄せる信頼と同じ様に、にとっても小十郎は絶対的な存在なのだ。

成長するにつれ、政宗に負けず劣らず、武学共に才を発揮し始めたに、

奥州筆頭にして兄でもある政宗は、思いも寄らぬ命を下した。

を戦の先頭に立たせる、馬を引け」

周囲の反対を受けながらも、小一隊を兄に任され初陣を出し、華々しい成果を収めたのは、1年前だった。

その折、まだ若輩者のに従って動いてくれたのが、小十郎率いる隊だった。

あの日の勝利を境に、は伊達の女として、更に奥州に尽くして行こうと心に誓ったのだった。

しかしそこは妹思いの政宗。そう毎度、陣を率いて戦地へ連れて行かせてくれる訳も無く。

つまるところ、あの妹を愛して止まない竜が、断腸の思いで持した提案だったのだ。

そうまでしてをあの悲惨な戦場へ連れて行ったのは、恐らく意図する物があったのだろう。

政宗曰く「伊達の重みを知れ」と言いたかったのだろう、と小十郎が教えてくれた。

それ以来、藩主政宗のお達し通り、伊達の女として気丈に戦地と領地を行き来した。

今回の戦は戦況も荒っぽく、かなり規模の大きな物となる事が予想された。

覚悟はしていても、信じて待つ事しか出来ぬ立場は、精神的な疲労も尋常では無いのだ。

その不安を打ち消すように、今まさに目の前には、無事の姿で戻ってきた兄や…小十郎がいるのだから…。

感極まって泣き出さぬようにする事で精一杯だった。

「………嗚呼……無事で良かった…本当に、」

苦しい胸から絞り出した言葉は、主君に仕える者としての態度を保っていた小十郎の心を打ち砕くには充分だった。

理性は止める…が、戦場から生き延びて帰れば、愛しい女が身を案じて安堵しているのだ。

ましろの頬を紅に染め、涙を堪えども濡れて伏せられた睫毛が愛おしい。

情すぎる態度が自分らしくないのは百も承知で、小十郎はを強く強く懐に包み込んだ。

互いの身体がこんなに近くても、なおこの距離がもどかしい―。

小十郎の胸に顔を埋めるの鼻には、泥と汗と硝煙と…血の香りが残った。

常に身を弁える堅固な小十郎ですら、互いに惹かれあってしまう刹那には打ち勝てなかった。

それが何時からだったかも、どちらからだったかも、もう解らない。

気が付けばこんなに求め合い、離れていれば身を裂く様に耐え難い。

「………貴方が愛しい、」

の耳元で、小十郎の掠れた声が、小さく吐き出された。

生きる者の命を切り棄て、冷たい屍を歩けば……その反動も大きい。

出来る事なら今すぐにでも、そのやわらかく温かな肌に噛み付きたかった。

そんな思いを聞いたかのように、は優しい声で言う。

「私は逃げませんわ…さあ、宴が待っています。美味しい御馳走で、身も心も満たしてくださいな」

確かに腹も空き、身体も疲労を訴えている。

…しかし、そんな殺生な…と思わず漏れそうになり、名残惜しいが仕方なく身を引く。

「その前に、ひとつだけ、宜しいですか?」

名残惜しさが表れてか、額と額がくっついてしまいそうな距離で、小十郎が囁く。

「…ええ、もちろん、」

頬を染めたははにかみ、恥らいつつも瞳を閉じて、それを待った。

柔らかな唇が、小十郎によってそっと塞がれる。

重ねられた部分が熱を持つと…隙間を割ろうと舌が当てられるのが解る。

ああこのまままどろんでしまえたら―…と思ったところで。

「HEY!そこのcouple, そこでstopだ。続きは後にして、こっちきて酒呑めや!」

いつものタイミングで、楼閣の上から見下ろす藩主にどやされるのだった。

(…接吻まで待ってくれたのは進歩かな…)

苦笑しながらはそう思ったが、

小十郎の方は、己の身の程を弁えぬ甘さと主君への忠義、その他諸々の理性の襲来に、

何とも凄まじい葛藤を受け、恥じるように額に手を当てていた。

「いいのよ小十郎、政兄様も気にしてないわ、」

笑いながら小十郎の腕を引いて、城へ向かって歩き出す。

「それも"今でこそ"…です。本当に…打ち明けた時は…大変だったのですから…」

当時の事を思い出して、も苦笑いを浮かべる。

「もう忘れましょう、さ、政兄様とお酒を呑んであげて?」

はい、と苦笑した小十郎だったが、その小さな手に引っ張られる腕が、たまらなく心地よかった。

最近では、政宗のお咎めも「を泣かしたら承知しねぇからな、understand?」に留まっていたが、

そこは忠義の厚い小十郎…毎回真摯に受け止めては、政宗を面白がらせる。

小十郎を突付いて楽しむ位は、見っとも無いと思いつつも、

政宗にも立場という物も在るので、も目を瞑る事にしている。

案の定、宴の席で二、三軽い灸を据えられたようだが、そんなものは微笑ましい限りなのだ。

実際の問題はそこではなく、例によって小十郎がキレたきっかけは、

すっかり酒が入り、面白半分で二人をヒューヒューと煽った兵たちだった。

彼らがどうなたかは…ここでは敢えて触れないでおこう。
















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"Liliana. 1th anniversarry!"

小十郎を指名した貴方は?

適度な刺激がありつつも、

堅実な人生を歩みたい★タイプ★(そんなんいらん)

うそです(そらそうだ)

本当に貴重なリクエストを…ありがとう(涙)

期待に添えないのが申し訳ないです…(泡)

そして本格的に伊達と小十郎に目覚めさせてくれて

まぢでありがとう(シャキーン!)

朱コたんへ、愛を込めて。

20070610 狐々音




















おまけ

散々鞭を打った身体を、熱い湯で清め、若干濡れた髪を顔に貼り付けた小十郎は

しわひとつ無い寝巻きを、気持ちよく纏って自室へと戻ってきた。

ふうと溜息を吐けば、生きて此処へ戻ってきたのだと何度目かの実感が湧いてくる。

そんな小十郎の背後で、パタン…と微かな音が立った。

襖を閉め、同じように湯帷子姿のが、なんとも絶妙なタイミングで、立っていた。

「…様、」

その声が縋るような声を出してやいないか、ひやりとした。

はその美しい顔をちょっと歪めると、皮肉っぽく言った。

「二人の時は、名前で呼ぶ約束でしょう?」

―…解っている…―。

しかし、その名を呼ぶだけでも、既に己の欲を抑圧していられる自信が無いのだ。

行灯の火できらきらと暖かい瞳を揺らしている、愛しい女にねだられて、

出し惜しむ男など聞いたことが無い…。

自分に言い聞かせると、小十郎はようやっと、その名を呼んだ。

「ああ、済まない…、」

そう言って、思わずを抱き寄せたいと願う自分が、手を伸ばし、彼女の桃色の頬に手を添えた。

「まあ、そんなに髪を濡らして。ほら、拭いを貸してくださいな、」

彼女とて疲れているはずだろう…様々な思いをめぐらせてきたのだろう…

なのにそんなに柔らかに笑うものだから、つい言われるまま、

濡れていない拭いをに差し出してしまう。

わしゃわしゃと音を立てながら、の小さな手が小気味良く小十郎の頭を拭いて行く。

「…疲れているのね、小十郎がしずくで襟を濡らすなんて、本当に珍しい、」

そう言ってころころと笑う声が、心底愛おしく、

この思いのたけが、喉を燃やしてしまうのかもしれない、と思った。

見っとも無いだろうが、とても余裕は無かった。

その細い腕を捕まえ、少々の力で自分の方へ引き寄せれば、

いとも容易く白い肢体が投げ出される。

被さる様に、強引に自分の下にを包む。

「…我慢の無い俺を…笑ってくれ」

洗いざらしの白い首筋に、そっと顔を埋めて呟いた。

組み敷いたはずのの腕はするりと開放され、そっと小十郎の頭を抱いていた。

「…………癒してさしあげる、」

その掠れた声にまどろむ余裕も無く、彼女の方からの接吻で口を塞がれてしまった。

…ああなんて…、

甘ったるい口付けを覚えたんだ、この女は。