今宵もオペラ座に足を運んだ人々へ、かけがえの無い栄光に溢れた一握りの時間を盗み与え、

は目眩く喝采を、一身に浴びた。

たくさんのバラやユリがステージへと降り注ぎ、例え幕が下がっても、その拍手は鳴り止む事を知らない。

その花を、まだ小さなバレリーナたちがひとつひとつ拾い集めて、

心地よい汗を拭いながら楽屋へ向かうの後を追いかけてきた。

「マドモアゼル・、今日の貴女の成功へのお花です」

は後ろから、畏まった愛らしい声を掛けられて、立ち止まり振り返った。

少し走ったのだろう、小さなバレリーナ2人は、小さなその肩で息をして、

そのピンク色のサテンシューズと同じくらい頬を桃に染めて、一生懸命にを見つめていた。

はにっこりと微笑むと、自分の妹たちに話しかけるように、とても優しい声で言った。

「ルイーズに、ナジュ。走らせてしまったのね?わざわざありがとう」

すると彼女たちは待ち構えていた女性の笑顔の眩しさに、一層頬を染め、今度は恥ずかしそうに笑う。

「だけど今日はいつもより随分、早かったのね!

 いつもは私が楽屋で、お衣装を脱ぎ終わった頃に届けてくれるのに。

 今日はお花が少なかったのかしら?」

が悪戯っぽい顔を作って、おどけて見せれば、バレリーナたちは嬉しそうに声を立てて笑った。

「違うの、早く嬢にお花を渡したかったから、いつもよりうんと早く集めるよう頑張ったんです」

「ええ解っているわ、だから私、こんなに嬉しいのね!

 もちろん持ってくるのが早かったからじゃないわ?

 きっと、可愛い小さなバレリーナたちの思いやりのせいね。

 さあ…2人とも楽屋へ寄っていらっしゃいな。

 いつもより早い分の御礼をさせてね。マダム・ジリーもきっと許してくださるわ」

その小さな手一杯に抱えられた花束を受け取ろうとすると、少女たちは楽屋まで持って行きます、と言って、

その滅多に立ち入れない歌姫の楽屋に、どきどきと、しかしとても誇らしい気持ちで入れてもらった。

は花束を受け取ると、ソファに腰掛けるよう勧めた。

気の利いた言葉に甘え、丁寧に包装されたチョコレートを摘み、紅茶を啜る少女たちの目には、

何もかもが美しく、輝いて見えた。

前日の公演の花束の山も、随所に綺麗に飾られていた。

花瓶が足りなかったのだろうが、とても上品な水差しに挿してある花までもが、とても華麗でらしいと思った。

とても手馴れた様子で、衣装を着替えたが屏から姿を見せれば、

その姿さえも、小さなバレリーナにとってはとても憧れるものがった。

優しく微笑んで、彼女たちの空いたカップに紅茶を足そうとしたに、少女たちは慌てて席を立った。

嬢、どうもご馳走様でした。私たちとても楽しかったです」

本当はずっとここで楽しい一時を過ごしていたかったが、彼女らとて、

公演を終えたばかりのプリマドンナに、迷惑を掛けるほど無作法では無い。

は、その小さな人たちの優しい心遣いに、ふっと頬を緩めると、クッション下からそっと…

可愛らしい刺繍の施された匂い袋を、2つ取り出し、2人の小さな手に持たせた。

「この間私が作ったの、使いかけでごめんなさいね…」

少女たちの驚き、直後、嬉しそうな顔と言ったら―…!

の申し訳なさそうな様子を差し置いて、とんでもない、と首を横いっぱいに振りながら言った。

「そんな!嬢の使いかけの方が、私たちとても嬉しいわ…!」

「そう?嬉しいわ、この匂い袋に入れたお花は、貴女たちが運んでくれたお花よ。

 枕の下に入れてね。きっと良い夢が見れるわ。運が良ければ"音楽の天使"の夢も」

「音楽の天使?天使は嬢以外にいるの?」

とても興味深げな瞳が、の目を覗き込む。

は頬を染めてにっこりと笑った。

「ええもちろん!それに、私に歌を教えてくれたのも天使なのよ。

 だから貴女たちも、素敵な歌を聴けるかもしれないわ。その素直さのご褒美に」

その話が本当か嘘かは別にして、の言ったことを信じ無い愚かな二人ではなかったので、

何度も御礼を言って、それは嬉しそうに、パタパタと仲良く廊下を走って帰っていった。

その様子を見送ると、は幸せそうな溜息をひとつ吐き、部屋のドアを閉めた。


「………―全く君という娘は…、"音楽の天使"の許可も得ずに、仕事を増やしてくれたようだね」


何処からとも無く、魅力的で威厳に溢れた不思議な声が、楽屋に響き渡る。

は反射的に肩の方を見たが、もちろん特に意味は持たない行為だと解っていたので、

おとなしくソファに腰掛けると、言葉を続けた。

「ごめんなさいエリック。でも…まんざらでも無いでしょう?

 二人はとても大切な、私のお友達よ」

"影"はふぅと溜息を吐いたかと思うと、いつ現れたのか解らない…ソコに、立っていた。

「…まあいいよ。は滅多に私に頼み事をしないからね」

"影"は―…いや、もう"影"では無い…、

その立派なマントを羽織った背の高い男は、白い仮面で笑い―確かに笑ったのだ!―

自分の教え子であり、最愛の恋人でもある、のわがままを聞き入れた。

彼はオペラ座では俗にファントム―怪人―と呼ばれ、怪奇な現象と噂、そして素晴らしいオペラを提供していた。

そして誰もが惚れ込む歌姫までも―…彼によって、長い年月を掛け育まれていたのだった。

その数奇な存在を目の当たりにした人間は、たちまち正気を失う程に怯え、ファントムの存在を拒絶する。

しかしこの娘…だけは、決して怪人という名の人間を、拒んだりしなかったのだ。

それを境に、怪人は愛しいだけに、エリックという名前を名乗るようになった。

エリックは今宵の成功の証に、上質なヴェルヴェットの薔薇を一輪、差し出して笑った。

「素晴らしかった」

にとって、エリックから与えられる賛辞の言葉は、他の何者からの賛辞よりも、意味を持っていた。

どんなに著名な新聞記者、評論家からの誉も、彼女の崇拝する男からの言葉に比べれば、

さした意味も持たず、また魅力的でも無かった。

エリックのたった一言と、一輪の赤い薔薇があれば、丸々一本分歌い上げた疲労感も、

たちまち穏やかな満足感へと姿を変えてしまう。

「今夜も、エリックのために歌ったの」

受け取った薔薇にキスを落として、恥じらいながらそう告げた―…その時だった。

愛し合う恋人たちの、甘い時間を割くように、楽屋の扉がコンコンと叩かれた。

すっかりしらけてしまったエリックは、小さく溜息を吐くと、の白い手の甲に口付けを残し、

速やかに部屋を後にした。

とても信じられない光景かもしれないが…エリックはその大きな鏡の中に、帰っていったのだ!

がとても名残惜しそうに、大きな姿見を見つめれば、それに応えるように、鏡が穏やかな声を発した。

、解っているよ。私は今宵も、鏡の向こうの世界で君を待っていよう―…』

それを聞いたのいじらしい様子と言ったら…!

彼女は満足した様子で向き直すと、何度目かのノックに呼ばれ、鍵を回し扉を開けた。

「はい、どなた―…まあ…!シャニー伯爵様、」

扉の向こうには、どこか熱っぽい瞳を称え、凛々しい姿をしたフィリップ・ド・シャニーが、

何フランするかも想像出来ぬほど素晴らしい、愛らしい白薔薇の花束を抱えて立っていた。

彼はが姿を見せると、洗練された、とても感じの良い微笑を浮かべ、軽く会釈をした。

「マドモアゼル・、とても久々に貴女の歌声を拝聴しましたよ。

 とても素晴らしい―…貴女はパリの誇りです」

あまり若すぎない彼は、とてもロマンチックな言葉を使っても、不思議と違和感を覚えさせない。

流石のも「身に余る光栄ですわ」と、失礼の無い態度で彼からの賛辞受ける。

もしどこかに、身分も人柄も申し分ない伯爵からの、厚意や差し出された花束を、

断る理由と方法があるのなら、教えて欲しいくらいだった!

「シャニー伯爵様、いつイギリスからお戻りに―…?」

伯爵はが楽屋へ招き入れる素振りを、ちゃんとその目に確認してから、

色とりどりの花の飾られたその部屋に、足を踏み入れた。

彼は勧められたソファに腰掛けながら言った。

「2日程前に。しかし―…ほんの少し観ない間に、嬢はまた、歌が上手くなった―…」

伯爵の口調は少し砕けたものになり、も少し微笑んで見せた。

「シャニー伯爵様にそう言って頂ければ、幾分か自信も付きますわ」

彼は待った、と言いたげに手を翳すと、の目を真っ直ぐ見つめながら、こんな事を口にした。

嬢…どうか。そろそろ私のことを気兼る事なく、フィリップと呼んでください」

「そんな―…、出来ませんわ」

「いいから。私は貴女を、と、」

「私の事はどうとでも。しかしシャニー伯爵様、」

フィリップは少し強い口調で、彼女の言葉を遮った。

は困っていたが、ようやく諦めた様で、戸惑いながら彼の名を呼びなおした。

「……フィリップ様、」

フィリップはとても満足した様に笑うと、そろそろ時間も、と言って、立ち上がった。

そして、まだ少し困った表情を浮かべているの手を取ると、彼女が気付くより早く、

の唇にキスをした。

ふいに起こったその出来事に、は身を引き、触れた所に手を当てると、顔を朱に染めた。

とても無礼な行為であると、が怒り出しても、何も悪い事は無かったのだが、

例えそれに腹を立てたとて、よく出来た彼女が、そういった取り乱す態度を取らないのを

フィリップは解っていた。

「私はという素敵な女性に、心底惚れてしまったのですよ」

フィリップはふっと笑うと、再度小さく会釈をして、何事も無かったかのように、楽屋を後にした。

は憤慨も出来ず、しかし顔を赤らめ、もう何も言えずに、ただ白薔薇を睨む事しか出来なかった。

「…ああ、なんて事―…」











その晩、は縋る思いで、エリックの待つ地下深い場所へ行こうとした。

しかし彼女の知り得る地下への扉はどれも、の事を拒絶するように、

堅く堅く閉ざされていて、びくとも動かなかった。

は今まで、エリックにこんなに悲しい態度を、取られた事が無い。

きっと彼は見てしまったのだ…!あの一方的に起こった事故を―…!

は何度も何度も鏡を叩き、苦しそうにその名を呼び、泣き声を上げたが、

その夜、扉が応える事は無かった。

可愛そうに…は鏡に震えるその身をぴったりと這わせ、

いつまでもいつまでも涙を流していた。

結局は、朝になって訪ねてきたマダム・ジリーによって、すっかり日が昇った事を教えられ、

その姿を見て、一体どうした事かと心配されるまで、

そうやってずっと、エリックが現れるのを待っていたのだ。

「ごめんなさいマダム・ジリー、もう大丈夫、」

白粉を叩いて、すっかり顔色の良くなったの顔を見て、

マダム・ジリーはようやく安堵の溜息を漏らしてくれた。

「エリックに…ちょっとした誤解を与えてしまって…。

 でも彼きっと解ってくれるわ」

昨夜エリックにプレゼントされた、一輪の薔薇を手に、は穏やかに、そう言った。

マダムは少し口元を緩めると、の肩に手を添えながら、優しい声で言った。

「エリックはきっと、今夜も貴女の舞台を楽しみにしているはずよ」

は返事の代わりに笑顔を作ってひとつ、頷いた。

マダムは言葉を選ぶようにして続けた。

「ルイーズとナジュが、昨日、枕元で歌う天使の声を―…聴いたそうよ」

は少し驚いたが、それはどんな風だったかとマダムに聞いた。

「天使は…それは素晴らしい声で歌った様だけど、でもなぜかとても哀しげで…

 二人はとても心を痛めながら、小さな涙を流して、話してくれたのよ」

「ああ…!もしかして、怖い夢を見たと言っていた?」

「いいえ大丈夫、哀しげだけど、とても美しい夢を見たと言っていたわ」

はホッと胸を撫で下ろすと、バレリーナたちの楽屋へ向かうマダムを見送った。

エリックの薔薇を化粧台の上に置き、それを見つめながら、今夜のメイクを始めた。











は歌った。

それはいつもよりも激しい感情の込められた、幾分か哀しい物だった。

だが哀しみは、時に歓びなどよりも、ひどく人々の心に訴えかけるものだ。

エリックを失ってしまったのかもしれないという不安に苛まれながら、

は息をするより早く、その思いを吐き出した。

どんなに辛くとも、きっと折れはしないだろう…はプリマドンナだ。

しかし、今の彼女の喘ぐ様子は、客席の心を大いに満足させても、

密かにその歌声を聞きに来たエリックにとっては、酷い罪悪で心を苦しめる行為だった。

これ程に悲痛なの嘆きを―…彼は聴いたことが無かった。

エリックは後悔するより早く、闇に隠れ、涙を流した。

のこんな歌は―…聴くに、耐えない…、私は―…」











痛める様な歌い方をした訳では無いのに、この喉はもう潰れてしまうのでは無いかと、は思った。

皮肉にもいつもより多く浴びせられた歓声と花の雨は、の耳には切ないくらい届かなかった。

彼女は小さなバレリーナたちに「今日の花は、貴女たちの楽屋へのプレゼント」と言って、

身体を引きずるようにして、舞台を後にしたのだった。

廊下の途中で、今宵も華々しい成功を収めたを待ち構えていた、フィリップに呼び止められた。

は一瞬その身を強張らせ、それを見たフィリップは、可笑しそうに笑った。

「昨日の私の態度のせいだね?…すまなかったね。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」

はそっと俯き睫毛を伏せると、もうあんな冗談はよしてくださいね、と呟いた。

それを聞いたフィリップは大変真面目な顔になり、それは違う、とはっきり言った。

、私は本気だよ。私がそう言う言葉を、軽んじる男で無い事は…君も知っていると思ったんだがね」

それを聞いたは、どこかで期待していた…それがフィリップの気まぐれでは無い事を知り、

今日彼が差し出す白薔薇の花束は、には受ける事が出来なくなってしまった。

「フィリップ様、私には…将来を誓い合った、大切な男性がいます」

「…ええ…もちろんお噂は聞いていますよ、」

フィリップは少し軽蔑的な口調になった。

「貴女は恩師と恋仲にある…と」

それはまるで、姿の見えない相手を静かに攻撃するような言い方だった。

「見た所…その方は貴女に指輪のひとつも誓ってはいない様だ。

 それに何より―…その方の御姿を、誰も見たことが無い」

はその顔に、ショックを浮べた。

フィリップは悲しそうに目線を落としたが、しかし先程より更に強い眼差しを向け直し、の手を握った。

「人目を忍んで育む愛など―…、女性を幸せにはしませんよ。

 そんな物…には似合わない、」

彼がそこまで口にした所で、はとても静かに、はっきりとした口調で言った。

「私は例え、死して引き離されても、あの方の隣で―…ひとつの愛を歌っているでしょう」

それは、この世で一生聞くことが出来ない、天使の声程に澄んだ、とても誠実さの溢れる声だった。

彼はとても衝撃を受けた面持ちになり、若干の懐疑を露わにしたが、

紳士的な道徳が、苦しげにの手をそっと開放した。

「………マドモアゼル、昨日の無礼をお許しください。

 私は…軽率でしたが、正直、後悔はしていません。貴女を愛していますよ」

フィリップは…お別れの白薔薇の花束を、の胸に抱えさせて言った。

「…―に愛されている、その男が羨ましいよ」

フィリップはくるりと背を向けると、小気味いい足音を立てて、ホワイエの方へと歩いていった。

は小さな声でひとつ、ごめんなさい、と呟き、その少し重たげな足を引きずって、楽屋へと戻っいった。

丁度その時、廊下の向こうから、バレリーナを数人連れて歩いてくるマダム・ジリーの姿が目に入り、

微笑んで駆け寄ろうとした―…その時だった。

張り詰めていた緊張の緩みのせいか、激しい頭痛と眩暈に見舞われ、はその場に倒れてしまった。











は…貴方の愛を受ける様になってから、目に見えて変わったのよ。

 昔からとても繊細な子だったけれど…今度はその繊細さを使って、

 まるで貴方という存在の中を、循環する喜びに目覚めたみたいだった。

 貴方をとても愛しているのね―…。

 …エリック。貴方が思っている以上に、の精神は、貴方と共にあるのよ」




マダム・ジリーはそう言いながら、純白のシーツに横たわり眠る、規則的な呼吸をするの、

柔らかい髪の毛を、そっとそっと撫でた。

エリックは母親のような仕草をしてみせるマダムの横に立ち、同じようにの顔をじっと覗き込んでいた。

彼にしてはとても珍しく、少々きつい言われも、黙って受け入れているようだった。

「こんなになるまで―…一体あなたたちの間に何があったというのかしら」

マダムはまだあまり顔色の優れないの頬に手を添えると、ゆっくりと席を立ち、

蝋燭の明かりを手元に分けると、エリックに「あとは頼みますよ」と言い残し、静かに部屋を出て行った。

まだ目を覚まさないの横に腰掛けると、エリックは深く溜息を吐いた。

「…私は、愚かだ…」

―裏切りという行為に傷付くのは、決して自分だけでは無かったのだ―

目の前に横たわる女性が、自分の魂に共鳴し、そして自分を心底愛しているのだと思えば…、

どうにもならない愛しい感情で、エリックの胸は引き裂かれそうだった。

エリックは、の美しい寝顔が、まだどこか不安そうな顔色をしているような気がして、

思わずに触れてやりたくなった。

シーツから覗いた、その白く華奢な手を、そっと握ってやる。

すると、まだ意識の無いはずの手は、乞うように彼の手を握り返した。

エリックは、それによって、自分が安堵する音が、聞こえたような気がした。

「…―リック」

うわ言の様に漏らされた声に、宥める様な穏やかな口調で返事をした。

「ああ―、ここにいるよ」

の瞳はうっすらと開かれ、しかし虚ろに握り締めた手を目にすると、幸せそうに微笑んで、

今度は確かな声で、また愛しい人の名前を呼んだ。

「…―エリック、」

「うん」

「…エリック、」

「…―うん」

ああ良かった―…と呟いたに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

エリックはとても弱い顔で微笑み、を見つめながら言った。

「…―あの男は、の薬指に、指輪があれば納得するようだね」

はぼんやりとフィリップの言った事を思い出し、エリックを見つめながら言った。

「…聞いていたのね」

「音楽の天使は、なんでも知っているものさ」

はくすくすと笑うと、彼の手に頬を摺り寄せた。

「…キスの事、ごめんなさい」

哀しそうに弱々しくそう漏らしたの唇を、今度はそっと、エリックの口が塞いだ。

「…愚かな私を、許してくれ」

剥がされた唇が、まだ触れそうな位置で、エリックは許しを請い、を見つめる。

は微笑み、エリックの頬に手を添えると、彼の唇を啄ばんで、優しい口吻で返事をした。











が地下の家に帰り、ゆっくりと眠りたいと懇願したので、

エリックはの身を軽々とその腕に抱え、永遠に続きそうな地下への道を、慣れた足取りで歩いていた。

ふとが言った。

「エリック…とても傷付いていたものね」

エリックはそう問われて、素直に返事をする程、質問に興味を抱かない男ではなかった。

「それはもちろんそうなんだが―……なぜそう思う?」

は微笑むと、意外な人物の名前を口にした。

「ルイーズとナジェ。

 あの子たち、貴方の哀しそうな声を聞いて、涙を流したみたいだったから、」

エリックはとてもばつの悪そうな表情を浮かべた。

「………おしゃべりなバレリーナたちだ」

「でもきっと"音楽の天使"を慕ったと思うわ。

 エリック。彼女たちを訪ねてくれて、ありがとう」

そう言うとは一層強く、エリックの首に抱きついた。

エリックはその歩調を決して乱すことなく、しばらく何も言わず、淡々と歩いていたが、

結構な間が空いたところで小さく、いいんだ…と口にした。















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"Liliana. 1th anniversarry!"

リースさまよりリクエスト頂きました!

大変に…遅くなってしまいました…(真っ青)

申し訳ございません!本当にごめんなさい!

そして書いたことのなかったフィリップを提供してくださり、

とても感謝しております!!

さてリクエストいただきました内容は…

「ヒロインとエリックの同居生活で(微妙な沈没)

2人とも恋人同士(これは多分大丈夫)

突然地上でシャニー伯爵(フィリップ)がヒロインに恋心を持ち(ギリギリ)

エリックが伯爵と対立して色々起こるが(完全な沈没)

さらにエリックとヒロインは、更に愛を深める(ギリギリ)」

…色々起こらなかった!!!(涙)(スライディング土下座)

ごめんなさい…お気に召さなかったらごめんなさい…!!

お詫びと御礼の気持ちで、とても長い話にしてみました。

またどうぞ、素敵なリクエストを振ってくだされば嬉しく思います。

どうもありがとうございました!

ご連絡先が解らなかったので、すべてここで失礼しました!

愛を込めて。

20070823 狐々音



ここで不要かもしれませんが、映画版のみの方への補足で、

フィリップ・ド・シャニー伯爵は、ラウル子爵の歳の離れたお兄さんです。