「なぜ君は僕の嫌がることをするの」


Qはマグカップの中身を睨みつけながら、予てからずっと抱えていた疑問を投げかけた。

彼女の口からどんな答えが返ってくるものか、Qにはいくら考えても解らなかったから。

マグカップの中に入っているのは、彼が頼んだこともない飲み物。

ミント入りのホットチョコレート。


「嫌がる必要なんてないわ」


鼻先をマグに近づけたせいで、Qのメガネのレンズが白く曇る。

彼はますます腑に落ちないと言わんばかりに顔をしかめた。


「僕は紅茶が飲みたいのに」

「たまには違うものを飲んでもいいと思うけど」

「これ、歯磨き粉とチョコレートの匂いじゃないか」

「あら。飲んでみなければわからないじゃない」


明らかに不愉快そうなQを尻目に、

は涼しい顔でミントフレーバーのホットチョコレートを飲み下す。

彼はそうやってしばらく、恨みがましげに彼女を睨みつけていたが、

愛用のマグカップになみなみと注がれたチョコレートを見つめながら、

ふうと息を吹きかけてから、マグの中身をぺろりと舌先で味わってみた。


「……」

「どう?」

「美味しい…」

「ほら」

「……かもしれない」

「Qの意地っぱり」


若きクオーター・マスターはミント入りのホットチョコレートがお気に召したようだ。

――飲んでみればなるほど、そんなに悪くない。

とくに開発の具体的な作業に掛かりきりで、一息つきたい今なんかには丁度よい。

Q課の最年少リーダーと、最年少職員が仲良く並んでホットチョコレートを啜っている。

その前を皆、奇妙なものでも見るように通り過ぎていく。


「ここは幼稚園じゃないぞ」


そんな007の言葉をはきれいに無視したが、Qは007の背中を目で追った。


「これもっと飲みたいな」

「だめ。あげない」


Qの素直な申し出を、はこれをまたきれいに却下した。


「……なぜ君は僕の嫌がることをするの」

「その答えは世界で一番簡単よ」

「じゃあ教えて」

「それはいけないわ。自分で考えなくちゃ」


白いマグカップの内側に残った茶色いリングをじっと睨みつけながら、

Qは一番簡単な答えに飛びついた。そしてその答えをそっと呪った。


「――僕のことがきらい」


は何も言わなかった。

イエスともノーとも返さなかった。

沈黙は肯定に似ているから、Qはもはやその答えこそが真実なのだと半ば信じかけていた。

彼女はおもむろに首を傾げる。


「……強いていうならその逆ね」


に照れた様子はなく、彼女の言葉に面食らって固まるQを残してさっさと離れていく。

Qは手に包んでいた愛用のマグカップをそっと机に置くと、

少しずれ落ちたメガネを上げて、カーディガンの裾を直し、ひとつ咳払いをしてから、

つい先刻自分たちの前を通り過ぎていった007を探しに部屋を出た。




















































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チョコレートの風味を支配するミント。

ある意味、最高の調和。

個人的にミントのホットチョコレート好きです。美味しい。

20130224 呱々音